「結婚しよう」

まひる

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第五章

9.いらないおまけがついてきた【3】

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「えっと……、それは難しいです」

 私は視線を落とし、何気にヴォルの髪を撫でました。
 この膝枕の状態って、普段は高い位置にあるヴォルの頭を撫でやすいのです。

「メルはお前と違って人間が出来ているからな」

「そう言うヴォルティ様は如何いかがなのですか?」

「俺は俺だ」

「…………そうでしょうね」

「さ、さぁ。食べましょうか、お二人共っ」

 私は慌てて二人の会話に入ります。──また喧嘩しそうですよ、もぅ。
 お城ではヴォルとベンダーツさんが常に一緒にいる事がなかったので、こう何度もぶつかる場面を見る事はなかったのでした。
 でも良く見ていると、本当に気が合わないという訳ではないのです。──これをじゃれ合いと称するには激しすぎますが。

「あぁ」

 不機嫌そうではあるものの、ヴォルが起き上がってくれました。
 そうしてようやく食事が始まったのですが、不意にベンダーツさんが思い出したように告げます。

「そう言えばこのバニグレール平原とサガルットの町の間に、クスカムという集落があると聞いた事があります。そこは魔力所持者の出生率が高いのですが、精霊の泉と彼等が呼んでいる水源を利用しているそうです」

「クスカム……精霊の泉ですか?」

「はい。正確な情報ではないのですが、言い伝えとしてその名は国史にもあります」

 その話を聞いても、ヴォルは特別反応はしませんでした。でもベンダーツさんは王都の知識をこうして良く教えてくれます。
 私はスプーンを片手に考えました。 
 精霊の泉──ですか。魔力の坩堝るつぼ手懸てがかりになるかもですね。確か精霊さんも魔物も、魔力の溜まったところから生まれると聞きましたから。

「ヴォル……?」

「分かった。行こう」

「はい」

 言葉にしなくても伝わったのが嬉しいです。でも即答してくれたヴォルと違い、何故だかベンダーツさんの表情が冴えません。
 本当に精霊さんと関係があるのか不安に──なったりはしていませんよね、ベンダーツさんですし。

「どうしたのですか、ベンダーツさん」

「いえ。出来れば、セントラルの人間である事を伏せた方が宜しいかと存じます」

「何故ですか?」

「魔力所持者の出生率が高いと言う事は、その分セントラルに徴集されていると言う事になります。家族や大切な人をセントラルに取られたと、私達を恨んでいる人が少なからずいる事でしょうから」

 私の問い掛けに静かに答えてくれたベンダーツさんでした。
 恨まれる程強引に──セントラルの方々は魔力所持者を連れていってしまうのでしょうか。
 でも強制的でなくとも、小さな集落で人員が──更には男手が取られるのは大きな痛手です。

 私の住んでいた農村ではそういった事はなかったと思いますが、やはり夢をいだいて街へと出ていく若者は後を断ちませんでした。

「俺達を知る者はいないだろ」

「名前と顔が一致しなくても、我々の名くらいは聞いた事があるでしょうね。自分達の住んでいる国の第一皇子なのですから」

 ──第一皇子。
 ベンダーツさんに言われて改めて気付きます。ヴォルの出自しゅつじがどうであれ、ペルさんよりお兄ちゃんなのですから間違いではないのでした。

「えっと……じゃあ、偽名が必要なのですか?」

「……面倒だ。メルで良いのではないか」

 そしてベンダーツさんの注意を聞き入れる気のないヴォルでしたが、確かに立場をおおやけにして旅をするには危険が付きまといます。
 それに馬車や騎士達を率いている訳でもないので、悪い方に取られて警戒させてしまうかもしれないとも思いました。──しかしながら、あまり変わった名前呼びは私が間違えて呼んでしまいそうです。

「そうですね、分かりました。ではヴォルティ様はヴォル、メルシャ様はメルと私も呼ばせて頂きます。……そこで鋭い視線を向けないで下さい、ヴォルティ様。やむを得ない判断だと諦めて下さい。そうですね、私はマークといきましょう」

 ──マーク?
 私が首をかしげると同時に、ヴォルの視線もベンダーツさんに向きました。
 ベンダーツさんが私の名前を呼んだ時にヴォルが怖い顔をしたのですが、すぐに気付かれて指摘されていたのには驚きましたが。本当に良くヴォルを見ていますよね。

「まさか、ヴォルティ様まで私の名前をお忘れではないですよね」

「マクストリア・ベンダーツだったな、忘れるか。……マークというつらか」

「面構えは関係ありません。そして私の敬語も外させて頂きます。あ、メルシャ様もそのおつもりで」

 わずかに目を細めるベンダーツさんに対し、ヴォルは嫌そうな顔をしています。立場を秘めるのなら、確かに一人だけ敬語で話すのもおかしな話だとは思うのですが。
 ──ええっ!?今更敬語なしで会話するなんて、物凄く高度なんですけどっ。
 私の本音はこう叫んでいました。
    
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