「結婚しよう」

まひる

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第五章

≪Ⅷ≫己が手のように【1】

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「大丈夫か、メル」

 結界を解除して、ヴォルが歩み寄ってきます。
 二本の剣は大きく大地に振るう事で刃の汚れを落としていて、私のそばに来た時には既に鞘の中に戻されていました。

「は、はい……何とか」

 苦笑いしか返せませんでしたが、目の前での対魔物戦を初めて見る訳ではありません。
 さすがにこれだけの肉塊には動揺を隠せませんけれど、それだけここに魔物が多いという事なのでしょう。

「この辺りは城の結界に近いせいか、以前はここまでいなかった筈だが」

「そうですね。私の方にも、これ程まで増えているとの連絡は入っていませんでした」

 ベンダーツさんも刃を拭き清めてから鞘に納めたらしく、今は自分の手をぬぐっていました。
 そしてここはお城から少し離れた森の近くで、商人さん達が利用している街道がすぐそこに見えます。

「増加傾向である報告は上がっているのだろ」

「はい。このところの繁殖期ゆえ、被害が拡大している事は聞いております。冒険者への通達をおこなっていた筈ですが、おかしいですね」

 ハラリと拭いた布を手放しながら、ベンダーツさんは片眼鏡モノクルを上げました。
 どうやら魔物の体液を拭き取った布は捨てるようです。──とそれよりも、魔物が増えているからと冒険者に依頼をしていたらしいですね。減っていないように思えますが。

「えっと……魔物は繁殖するのですか?」

「生物とは違うが、魔力を体内に蓄えて分裂する」

 私の質問にすぐに答えてくれるヴォルでした。
 そうですか、分裂するのですか──。
 私の頭の中に、ミョ~ンと伸びて別々の個体になる魔物が思い浮かびます。微妙な絵でした。

「口から卵として吐き出す種類もあるようです」

「……気持ち悪いですね。でもそれなら魔力の坩堝るつぼを壊しても、本当の意味で魔物はいなくならないのではないですか?」

 ベンダーツさんからの新たな魔物情報に顔がひきつります。だって、発生源を断ったとしても繁殖が出来るのですよ?

「そうだな。だが魔物を絶滅させて良いものかは分からない」

「だいたい、魔力の坩堝るつぼ自体が実在するものか分かりませんからね」

 ベンダーツさんはハッキリとないとは言いませんが、坩堝るつぼの存在に否定的な考えのようでした。
 初めに『伝説上』と言われていたくらいですから、頭ごなしに否定されるよりはマシなのです。

「それでも良い。俺は世界を見たいのだ。この命を掛ける価値のあるものなのか。自分の目で見て判断する」

 ヴォルにとってこの旅は、あくまでも期限つきのものでした。魔法石となった腕が力を失えば、確実に次はヴォル自身が魔法石とならざるを得ないのです。
 選択出来ない運命を目の前に、それでもヴォルは自分を見失わない強さを持っているのでした。──私だったら泣き叫んで、みっともなく命乞いをしてしまいます。

「そうかと言って、無謀な事はおやめください。メルシャ様を連れている事をお忘れなきよう」

「分かっている。だが、もしもの時はお前に頼む」

「嫌です。人を当てにしないで下さい。貴方の大切なものなら、貴方自身が最後まで責を負うべきです」

「…………分かっている」

 ウマウマさんに再びまたがりました。私はこれまでと同じくヴォルと相乗りです。
 何気なくヴォルを振り返りましたが、表情を消して前を見据えているだけでした。

 分かってはいましたが、ヴォルは自分の命を軽く考えています。
 お城に入ってからずっと、魔法石となる宿命である事を言われ続けてきたからでしょうか。

 私なら──。いえ、これはヴォル一人の問題ではないのです。手前勝手な言い分を言わせてもらうなら、私はヴォルと運命を共有しているのですよ。彼のいる場所こそが、私の生きる場所なのですからね。
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