「結婚しよう」

まひる

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第五章

6.回避手段【5】

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「あの……、食事の準備が出来たので呼びに来たのです」

「……そうか」

 更なる違和感を感じます。
 余程の事がない限り朝食をいつも一緒に食べていますし、食事時にヴォルが研究室にいる時にはこうして私が呼びに来る事は知っている筈でした。でも今は──。
 入り口の薄く扉は開けられたまま、ヴォルは外に出るでも私を中に招き入れるでもないのです。

「ヴォル?……どうかしましたか?」

 見上げつつ問い掛けました。──薬草の匂いがしますね。
 対するヴォルは反応が鈍く、問い掛けにも答えてくれません。

「中に入れて下さい」

 私は少し強気に言います。
 何か隠していますよ。私はわずかに開いた隙間から身体を滑り込ませました。勿論、強引に扉を閉められるとは思っていないので出来る事です。
 特に抵抗もされず入室しましたが、次にヴォルを見上げた私は凍り付きました。

「…………すまない」

 私の青くなった顔を見たヴォルが一言だけ告げます。

「……っ……」

 それを聞いて、ただボロボロと大粒の涙をこぼす私でした。だって──、ヴォルの……腕が……っ。

「すまない……、メル」

 片腕で抱き寄せられ、彼の胸に顔をうずめます。
 言葉をなくしてしまったかのように、ただ泣くばかりの私。

 ヴォルが羽織るだけにしていた上着から見えた左肩には、痛々しい程に巻かれた白い包帯がありました。そして、その先に続くものが──なかったのです。



「……どうして?」

 掠れてしまった声でしたが、私はヴォルに問い掛けました。
 どのくらい泣いていたのか、私は重くなった瞼を無理矢理開けます。たぶん酷い顔になっているのでしょうが、ヴォルを見上げて彼の揺れる青緑色の瞳を真っ直ぐ見つめました。

「………………魔法石を作る為だ」

 しばらく無言を返されましたが、私が引かない事を察したようでヴォルは重々しく口を開きます。
 また魔法石──何故この国の人は、自分達でどうにかしようと思わないのでしょうか。

「俺がこの国を出る為に必要な対価だ」

 『対価』──皇帝様との話にありました。
 ヴォルが自らの身を削ってでも、必要とするものなのですか。──って言うか、この国を出る?

「あの……、良く分かりません。ヴォルはこの国を出るのですか?」

「あぁ、そうだ」

 眉根を寄せた私の質問は、即座に返されます。──意味が分かりません。言葉が足りなすぎるのですよ。
 何故そのような大切な事を、先に私へ話しては下さらないのですか。私は所詮しょせんその程度の……っ。

「メルは……、一緒に来てくれるか」

 ──はい?
 一人暗い思考に落ちていたので、今のヴォルの言葉が聞き取れませんでした。とりあえず首をかしげます。

「一緒に来てくれるか?」

「あ……っ」

 その問いに元気良く返事をしようとしたら、再び涙があふれて来てしまいました。
 喉も詰まったように言葉が出ないので、とにかく縦に何度も首を振ります。──断る訳がないではないですか。

「そうか。……良かった」

 ホッとささやかれ、再び強く抱き締められました。その途端、私はヴォルが腕をなくした事を改めて思い知らされます。

「でもヴォル……、腕がっ」

 いくら彼が強いとは言え、魔物がいる世界を『片腕』で旅をして何も起こらない訳がありませんでした。

「問題ない。今、ベンダーツに義手を作ってもらっている」

「義手?」

 相も変わらず、ヴォルは事も無げに言います。
 『義手』とは失った手の代わりに装着する人工の手の事ですよね。──というか、ベンダーツさんが作るのですか?

「片腕では、メルを思う存分抱けないからな」

「な……っ」

 ニヤッと笑みを向けられました。この人は本当に強い人です。
 だいたい、今はそんな事は関係ありませんっ。
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