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第五章
≪Ⅲ≫何故お前がここにいる【1】
しおりを挟む目の前には精巧な石像が立ち並びます。それは人の様々な表情を表していて、喜怒哀楽がハッキリと刻まれていました。──そう、まるで生きているみたいに。
ここの結界とは、これ等を隠す為にあったようです。不必要に人が立ち入らないように、この場所自体を守っているようでした。
「これ……って……」
「あぁ」
私の言葉に、ただ静かに頷くだけのヴォルです。しかも地下だというのに、場違いな程清涼な空気の立ち込めた場所でした。
暫く二人して入口のところに立ち尽くしていましたが、何処からか吹いてくる風に誘われるようにヴォルが足を進めます。
「……ヴォル?」
私は思わずヴォルの腕を引いて止めました。
何故かこのまま彼が何処かに行ってしまう気がしたからです。
「問題ない。奥を見てくる」
「わ、私も行きますっ」
静かに答えてくれたヴォルですが、私は焦りながら告げました。彼を一人で行かせてはならないような、ザワザワとした不安が襲います。
ヴォルの腕を抱き締めるように掴みながら、私は自分の中の不安と戦いました。
「……魔力が溢れている」
足を進めながらも更に部屋の奥の奥に視線を向けているヴォルには、何か私に認識出来ないものを見ているようです。
──ん?溢れる魔力とはどういう事でしょうか。
元々ここにある石像達は人間で、魔力持ちの──しかも精霊に好かれた方々な筈でした。
「枯渇していた筈なのに」
枯渇──、枯れ果てたという意味です。
これ程ヴォルが驚くという事は、以前は無くなっていたのですか?
「誰だっ」
「っ?!」
急に発せられたヴォルの鋭い誰何の声に驚きました。──と言うか、誰かいるのですか?
私は周囲を見回し、石像だらけの地下部屋を確認します。
ここはダンスが出来そうな程広い部屋ですが、飾り気のない真っ白な壁と真っ黒な床をしていました。そのフロアには至るところに石像が並び、仄かに青みを帯びた光を放っています。
所々欠けた石像も中にはありますが、断面は石そのものでした。──いえいえ、生々しくなくて本当に良かったですよ。
「出てこい」
「誰、だって?酷いなぁ。僕が誰だか、知ってるくせにぃ」
再度ヴォルが声を掛けると、何処から入ってきたのか笑顔の少年が現れます。
石像の間から、あたかも初めからそこにいたかのように。──というか、本当に初めからいたのでしょうけど。
「お、お知り合い……ですか?」
私はヴォルの顔と少年の顔を交互に見やります。共通点は──二人共見目が良いという以外は無さそうでした。
年齢も、少年の方は10歳くらいといったところです。銀色の髪が印象的ですが、瞳は青い──皇帝様と同じ色?
「……ペルニギュート。何故お前がここにいる」
ヴォルは少年に静かに問い掛けました。
え──?私は瞬きを繰り返します。ペル……って、ヴォルの弟さん?
「何故って、酷いなぁ。だからさぁ、僕が変えてあげるって言ったじゃないかぁ」
この異常な事態にも全く危機感のない返答です。
しかしながら──変える?
「俺は俺だ」
「知ってるよ。けど、変わらないものはないんだよ?」
何でしょうか。話が読めませんでした。しかも、ヴォルと弟さんの話も平行線を辿っているような気もします。
「僕だって、ほら。こんな力を手に入れたよ!」
笑顔を振り撒く少年の両手から、何故だか黒々とした炎が立ち上りました。──本当に炎?
でもメラメラと揺らめくそれは、まさしく炎の動きのようでした。
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