ある日、突然始まったかのように思えたそれ

まひる

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第三章──蟹(かに)──

きゅう

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「っ?!」

 目に見える黒いもや。実害があるかは不明だけど。どうであれ、そう気持ちの良いものではない。
 だからぼくは思わず、本能的にビクリと身体を震わせた。

「大丈夫だ、潤之介じゅんのすけ。まだ九字くじを戻してねぇから、おれたち自身に結界が張られてる。これは厄災・霊体・呪いなどの様々なモノを遮断する事が出来るから、あの黒いのも届かねぇ」
「そ、そうなの?良かったぁ。ありがとう、臥竜。安心した」

 でも、臥竜がりゅうの対応が早く。両手は印を結んだままだけど、ぼくの不安をあっという間に払ってくれた。それでも、微妙に臥竜の背にかくまわれている感じだけど。
 そんな、ぼく的な安心空間で。先程の巨大かにを、まじまじと観察する。化け物あやかしは、何処からかギチギチという音を出しつつ。全身と口から黒い靄を吐き出して、少しずつ小さくなっていった。
 同時に、周囲の空間が揺らいでいく。

「もう『しろ』を維持出来ねぇようだな。オン・アビラウンケン・ソワカ。オン・アビラウンケン・ソワカ。オン・アビラウンケン・ソワカ。オン・キリキャラ・ハラハラ・フタラン・バソツ・ソワカ。オン・キリキャラ・ハラハラ・フタラン・バソツ・ソワカ。オン・キリキャラ・ハラハラ・フタラン・バソツ・ソワカ。オン・バザラド・シャコク」

 そう言い終わった臥竜は、指を弾き鳴らし刀印とういんいた。どうやら、これで戻るらしい。
 ぼくがパチリをまばたきをした後には。周囲に音が戻っていて、海水浴客たちの楽しげな声も聞こえてきた。

「あ、あれ?あの蟹は?」
「ん?あぁ、小さくなったからな。おいで、潤之介」

 辺りを見回すぼくの腕を掴み、臥竜が波打ち際へ歩いていく。
 テント位置から、十数メートルといったところか。徒歩で十秒程。近付いていくにしたがって、小さな動くものが見えてきた。

「あ、ちゃんとした蟹だ」
「ははっ、そうだな。本来は普通の生物が、悪いものを取り込んでしまったもの。おれは親父から、そう聞かされている」
「……そっかぁ。だから臥竜は、無闇に殺したりはしないんだね」
「あ~……、別に。おれが良い人、って事はねぇからな。あのはらう力自体、貸して頂いてるだけなのさ」

 波に乗るようにして、蟹が自然に戻って行く。その様子を見送るぼくに、臥竜は少し困ったように告げた。
 確かに、全て神様にお願いしている形なんだよね。人間自身の力ではないのだから、それを笠に着て威張るのは違うか。──さすが、寺の跡継ぎ。考えがしっかりしてる。
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