ある日、突然始まったかのように思えたそれ

まひる

文字の大きさ
上 下
30 / 52
第三章──蟹(かに)──

はち

しおりを挟む
「ここは前回とちがって陸地だから、真言しんごんを唱えるには問題ねぇな。潤之介じゅんのすけ。まだ不馴れだろうから、負担が大きいかもしれねぇが」
「大丈夫っ。ぼくも、臥竜がりゅうの手伝いがしたいっ」

 臥竜は視線の先に化け物あやかしとらえつつ。それでも、ぼくを気遣ってくれていた。
 でも、いつも助けられてばかりいるぼく。出来る事があるのならば、精一杯やりたい。そう思い、ぼくははっきりと申し出た。

「そか、わりぃな。おれもあのレベル相手じゃ、さすがに一人ではらえない。助かる」
「一緒に頑張ろうね、臥竜」
「おぅ。それじゃあ、潤之介はこれを読み上げてくれねぇか」
「分かったっ」

 わずかにぼくを振り返り、笑みを浮かべる臥竜。瞳が柔らかく弧を描く。
 それを見てぼくは。こんな状況でも、少しだけホッとしてしまった。──いけない、気を引き締めないと。
 ぼくは臥竜が差し出した紙片を受け取り、視線を落とす。真言を覚えていないぼくの為に、用意をしてくれていたのだろう。

「ノウマク・サラバタタ、ギャティビャク……サラバ、ボッケイビャク……サラバタタラタ、センダマカロシャダ……ケンギャキギャキ・サラバビギナン、ウンタラタ・カンマン」

 まだ少しだけつっかえるけど。宗颯そうりゅう寺で、天照てんしょうさんの指導を受けさせてもらっているから。片仮名の羅列も、だいぶ読めるようになってきていた。
 でも、読み終えた後。ギュン──って感じで。ぼくの身体の中から、何かが抜ける感じがする。前と同じだ。クラッと意識が薄れてふらつくけど、それを横にいる臥竜が支えてくれた。
 そしてぼくがお尻をつけて座った事を確認すると、ふわりと頭を撫でてくれる。

「ありがとう、潤之介。後は任せろ。ノウマクサンマンダ・バザラダンセンダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カン・マン……」

 そして臥竜は、右手と左手の人差し指と中指をそれぞれ立てていんを結び。不動明王の真言で、中咒ちゅうじゅを三回繰り返す。
 そして右手で。横から順番に縦向きと交互に網目の様になるように空中を切りながら、一振りに付き一字。九字を唱えた。

りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん。我、願う。眼前の悪しき力を打ち砕きたまえ!」

 そして空中を切った後、刀に見立てた右手指は、鞘に見立てた左手に納める。
 するとその大型犬くらいの大きさの巨大蟹から、ブワッと黒いもやが吹き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

続きは第一図書室で

蒼キるり
BL
高校生になったばかりの佐武直斗は図書室で出会った同級生の東原浩也とひょんなことからキスの練習をする仲になる。 友人と恋の狭間で揺れる青春ラブストーリー。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

愛おしいほど狂う愛

ゆうな
BL
ある二人が愛し合うお話。

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

処理中です...