ある日、突然始まったかのように思えたそれ

まひる

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第三章──蟹(かに)──

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「今は様子見だ。おれたちにとっても、ここはが悪い」
「うん……。何もなく、帰ってくれると良いんだけど」

 臥竜がりゅうが周囲を警戒している。ぼくは何も出来ない。見ているだけ。
 ぼくの──守護者ナータとしての存在が、臥竜のストリたる能力を底上げするらしいけど。正直、実感はない。
 実際に前回、電柱百足ムカデの時。ぼくが真言しんごんを読み上げた事で、臥竜の力が増大したらしい。それで、膨らみすぎた百足の悪い力を打ち砕いた。結果的に小さな百足に戻ったから、勝手に逃げていったんだって。
 原理が凄い。でも無闇に殺す訳じゃないのは、少し安心した。
 今は臥竜と、背中合わせで座ってる。視線は互いに海面へ送っていた。全周囲を警戒する為である。

「せっかく遊びに来たのにな」
「ん~……。でも臥竜がいるから、ぼくはあまり怖くないかな」

 動きに気付いて振り返ると、臥竜は苦笑いを浮かべてぼくを見ていた。
 確かに。友達と遊びに来た海で、怪異に遭遇するなんて。偶然といえど、全然喜ばしくない。
 それでもぼくは、考えた上で素直な言葉を返す。化け物あやかしは怖いけど、一人じゃないからだ。

「そか……、何か照れるなぁ。けどおれも、潤之介じゅんのすけがいると心強いんだ。これ、守護者ナータストリの関係だからなのかなぁ。そうじゃねぇと、思いたいんだけどなぁ」
「ん?どうして?」
「あ~……どうしてかなぁ、分かんねぇや。でもおれは、潤之介と一緒が良いな」
「ん、それはぼくも。臥竜と一緒だと楽しいし」
「ははっ、おれも。修行は面倒くせぇけどな」

 カラカラ笑う臥竜。ぼくも自然と笑みがこぼれる。
 こんな状況なのに。驚く程、心に余裕がある。不思議だった。

※ ※ ※

「お~い、兄ちゃんたち~。そんなところで、なにやってんだ~」

 どれくらい時間がったのか。少し離れた海上から、見知らぬ年配の男性が声を張り上げていた。
 太陽が随分高く昇っているから、お昼くらいになるかもしれない。今回はまだ『しろ』に入ってないから、周囲からぼくたちが確認出来ているようだった。
 九時過ぎにこっちに着いたぼくたち。浮き輪の準備が出来て、すぐに浮き島へ泳ぎに来た筈だ。つまりは、三時間近く浮き島ここにいる計算になる。

「あ~……少し前まで泳いでて、今は休憩してました。おじさんは、この辺りの漁師さんなんですか?」
「そうだよ~。もう港に帰るんだが、送って行こうか~」
「あ。本当ですか、ありがとうございますっ。ほら、潤之介」
「ありがとうございます、おじさん。田地たじ名渡山などやま。起きて。漁師のおじさんが、港に送っていってくれるって」
「「お~」ありがたいねぇ、本当」

 優等生口調になった臥竜が応対していたけど。おじさんは、普通に良い人そうだ。ぼくも慌ててお礼を言って、田地と名渡山を起こす。
 怪しくなった海を、もう一度泳ぐ羽目にならなくて本当に良かった。
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