ある日、突然始まったかのように思えたそれ

まひる

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第二章──解放者──

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 直系でないと、鹿毛かげの名を名乗れない。だなんて。ぼくは初めて聞いた。
 ベッドでクッションを背もたれに、半分身体を起こして座っているぼくは。ベッド横に椅子を寄せた天照てんしょうさんに、柔らかい声で色々と説明を聞いている。

「通常、鹿毛一族では。光の護り手に選ばれた子供は、神子みことして村の最深部でたてまつられる。男児の場合はおとこ神子、だね」
「奉る、とか。んなの、単に軟禁だろぅが。あやかしの力にならねぇように、連れてかれねぇように」
「……そうなのだけれど。臥竜がりゅう。もう少し、潤之介じゅんのすけくんに寄り添った言葉遣いをしないか」

 端々はしはしで、臥竜が口を差し込んでくる。
 でもそれは結構──穿うがち過ぎな指摘で。天照さんが柔らかく包み込んだものを、引き剥がして丸裸にして踏みつける感じ。
 逆にそれを聞かされているぼくは。そういうとらえ方もあるんだね、と。苦笑いがこぼれる。

「で、潤之介くんがそうならなかったのは。その前に、あやかしと出会ってしまったから」

 天照さんの言葉に。ぼくは真顔になって、小さく頷いた。そして、右の掌を見る。
 そこには小さくない傷痕。ひび割れたように見える、黒い筋。掌の傷痕は手の甲にもあって。何かがぼくの手を貫いたのだと。記憶がなかった時も、それだけは分かってた。

「潤之介は。その時、あやかしにマーキングされたんだ」
「臥竜。言い方」
「しゃあねぇだろ、事実なんだし。その掌の黒いの。あの森で出会ったあやかしの、残滓ざんしだ。つば付けられた感じだな」
「だから、言い方。……こほん。潤之介くん。本来ならば、鹿毛一族の最深部で護られている筈の君は。十五歳の臥竜と、初めて出会う予定だった。鹿毛家と宗颯そうりゅう寺の取り決めでね。ついとなる相手が、それぞれに生まれるのだよ」

 真面目な顔で、二人がそれぞれ話を続ける。
 いや、臥竜はどちらかというと。邪魔してる感じだな。まぁ、天照さんの話だけを聞いていたら。単純なぼくは、言いくるめられてしまうかもだけど。

「それが、鹿毛一族に追われていただなんて。申し訳ない、潤之介くん。我々がもっと早く気付いていれば。……君の掌のしるしは、臥竜の守護印で隠されていたのだよ。十年が過ぎて、それにほころびが出てきてね。近頃、色々とおかしな事が起きていたのではないかい?」
しるし……。そう言われてみれば。今回のような、化け物に出会うとかはなかったですけど。小さな、悪意?少しずつ、理由が分からない事故が身に振り掛かるように……」

 問い掛けのていではあったけれど。確信をびた、天照さんの言葉だった。
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