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第一章──百足(ムカデ)──

きゅう

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※ ※ ※

 何がどうして、こうなったのか。ぼくには分からない。その上で。
 事実だけを述べるならば。

※ ※ ※

「はい。潤之介じゅんのすけはこれを読み上げててな。何があっても。ゆっくりで良いから、間違えねぇように頼むぜ?」
「え?あ、うん……?」

 冴木さえきに絡めとられた右手。それに言及する事なく、渡された一枚の紙。
 視線を紙面に落とせば。訳の分からない、片仮名の羅列である。
 ぼくの意思とは関係なく。とにかく、何かをしようとしている冴木だ。
 実際に今は。目の前に巨大百足ムカデがいる事は変わらない。冴木がつくったという、透明なガラス状の壁も。ぼくを。ぼくたちを守っているのだと、認識は出来る。
 事実。あの攻撃音からして、この壁なしに振り下ろされれば。ぼくは一撃でミンチになる。串刺し──も、嫌だけど。一瞬であの世にけそうなのは確か。
 当然。ぼくは死にたい訳ではない。この場で仲間──というか。敵ではないだろう他者は、冴木だけ。
 何を求められているのかは、全く理解出来ないのだけどね。
 そして、ぼくは冴木に言われるがまま。渡された紙を、ゆっくり読み上げる。

「ノウ、マ、ク……サラバ、タタ……」

 片仮名、難しい。
 暗号を読んでいるみたい。もとより、暗号なんて見た事は一度もないのだけど。
 ぼくは間違えないようにと。途切れ途切れになってしまうが。必死に紙面に目を走らさせた。
 冴木は音読し始めたぼくに。さわさわと。妙に優しい手付きで、頭頂部を撫でる。

「ギャ、ティ……ビャク……サラバ、ボッケ……イ、ビャ、ク」

 ぼくは。自分が何の意味があって、これを読み上げているのか。理解はしていない。でも、冴木が。ぼくに、頼むと言ったのだから。
 他に何かを出来る訳ではない。読んでと言われた、紙を読み上げる。
 ぼくは冴木の手伝いにならないと。そう言ったのだけど。冴木は、ぼくが手伝いになると。そう、返してくれたのだ。

「サラバ、タタラ、タ……センダ、マカロ、シャダ」

 冴木とれ合っている右手が、妙に熱を帯びてきた。それでも、紙面を見つめるぼくは。
 目を離したら。絶対──何処を読んでいるか、分からなくなるからっ。
 こんな事で確信出来るの、情けないけど。たぶん。おそらく。絶対。見失うに決まってる。

「ケン、ギャキ、ギャキ……サラバ、ビギ、ナン……ウンタラタ、カンマン」

 読みきった。
 ぼくはそう、ドヤ顔で視線を冴木に──向けた筈だった。
 でも。ぼくが顔を上げた先に、冴木は見えない。
 真っ白。
 右手だけが、凄く熱かった。それだけは分かる。
 そしてその熱が。ギュンと──ぼくから抜けた。
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