ある日、突然始まったかのように思えたそれ

まひる

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第一章──百足(ムカデ)──

はち

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※ ※ ※

「……け。……のすけっ?……潤之介じゅんのすけっ」

 遠くに聞こえていた声が。実は、超絶近距離である事に気付いて目が覚めた。
 パチリと開いた視界に、超ドアップの冴木さえきがいて。もう一度気絶しそうになったのは、秘密である。

「……ごめ、起きた」
「良かったぜ。そろそろ、おれも限界だったんだ」
「え?…………ぼく。も、もう一回意識飛びそう」
「マジでそれ、勘弁な」

 腕に抱かれるような体勢であった事は。ぼく自身も言及したくないから、見ない方向で。
 それでも。冴木の背後の、真っ黒な巨体まで気付かずにいたかった。
 現状。地面に横たわるぼく。そんなぼくの上半身を抱き上げている冴木。その二人の周囲に、透明なガラス状の壁。極めつけは──壁をぶち壊そうと、巨大な脚を叩き付けている巨大百足ムカデである。
 その音ときたら。ガキン。バキン。ドゴン。それこそ、大型トラックが体当たりしてきてる感じ。立て続けに何台もね。

「でも。ぼくが起きてても、冴木の力にはなれないんだけど」
「いや、これがなれるんだな」
「は?冗談?」
「くくくっ。マジで」

 支えられつつ、ぼくは半身を起こす。地面にお尻をついて座る感じだけど。
 それより、何故こうも。冴木は余裕でいられるのか。まぁ、笑っているのが口元だけなのは同じだけどね。
 それよりも。この透明なガラス状の壁は。

「あぁ、これ?おれのつくってる結界」

 ぼくの視線で気付いたのか、冴木が説明してくれた。壁の向こう側で。ガンガンと脚を打ち付ける百足は放置である。
 何て言うのか。これは、漫画だろう。明らかにフィクションだ。
 ぼくはそう結論付けて。カメラマンを捜す為、視線を周囲へ送る。

「映画とかの撮影、だなんて思ってる?ん~……まぁ、それでもいっか。ん。時短、必須。潤之介、手を貸してくれ」
「手?」

 絶賛現実逃避中のぼくに。冴木は何かの結論を出したようだ。
 全く意味が分からないまま。ぼくは冴木に言われ、自分の右掌を開いて見る。
 そのぼくの掌に。冴木が、自身の左掌を合わせた。
 何だ、これ。いや、手を合わせる事に何ら問題はないのだろうけど。
 スルリと、冴木の指が。ぼくのとは違う、わずかに骨張った指が。何故かぼくの指の間に。何故か、ぼくの!

「ちょちょちょっと!?」
「こんな事で狼狽うろたえんだ?」

 楽しそうな冴木。慌てるぼくの顔を。わざとらしく、小首をかしげつつ覗き込んできた。
 何だか。その余裕そうな顔が。スッゴク、嫌な感じ。
 そんなぼくの思考をよそに。冴木の指が、しっかりとぼくの指に絡まった。つまりこれは、いわゆる恋人繋ぎというものである。
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