ある日、突然始まったかのように思えたそれ

まひる

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プロローグ、いち

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 森の中。
 木々に囲まれたここは、まるで牢屋のようだった。

※ ※ ※

 ぼくは五歳になり。親戚のじいちゃんの田舎へ、両親と一緒にやって来た。
 そこは、一階建ての大きなお家。
 何かたくさんの大人達が集まっていて、お父さんもお母さんも難しい顔をしていた。
 小さな子供は、ぼく以外にいなくて。学校に行っているような、大きなお兄ちゃんお姉ちゃんはいたけど。ぼくはひとりぼっちの気分だった。

「あ、ちょうちょ」

 それでもとりあえずお利口にしてなきゃと、おとなしく座っていたけど。
 開け放たれた窓からフワリと入り込んできた、真っ黒なちょうちょ。ぼくは図鑑で見た『クロアゲハ』かと思ったけど、何だか少し違って見えた。

「ねえ、ちょうちょ。見てきて良い?」
「あまり遠くに行っちゃダメよ?」
「はあい~」

 お母さんに小声で聞いて。
 他にも何か言っていたような気もするけど。ぼくは視界に入ったクロアゲハに夢中で、見失ってしまうのがしかったんだ。
 お母さんの言葉には生返事をして、ぼくはこのつまらない部屋から飛び出した。
 玄関に行って靴を履いて。建物の周囲を走って、慌ててさっきの部屋側に顔を出す。
 一瞬だけお母さんと目が合って、少しだけ安心したような顔をされたけど。ぼくはそれよりもクロアゲハが気になって。視線を走らせて、部屋の中を見回した。

「あ、ちょうちょ、いた」

 まるで、ぼくがここへ戻ってくる事を分かっていたみたいに。クロアゲハは誰もいない廊下に、ポツリととまっていた。
 そっと、静かに。
 ぼくは、もっともっと近くでクロアゲハを見たくて。靴を履いた足を後ろに投げ出したまま、廊下にお腹をつけて寝転がるようにしてクロアゲハに近付く。

「あ……」

 もう少し──といったところで。クロアゲハは羽根を広げ、フワリと飛び立った。
 ぼくは目が離せなくて、フワフワと舞うように飛ぶクロアゲハを見る。
 それはゆっくりと建物から出ると。ヒラヒラと上へ下へ移動しながら、少しずつこの場所から離れるように飛んでいく。

「あ、ちょうちょ、待って?」

 ぼくは、手の届かない場所を飛んでいくクロアゲハを見ながら。それでも諦める事が出来ずに、もう少しだけ近くで見たくて。
 それで、気付いたら森の中にいた。

※ ※ ※

「……っく……、っ……。……ここ、どこお……?」

 大きな木の根元。ポッカリとあいた穴に入り込んだぼく。
 外はいつの間にか紅くなって。クロアゲハを見失った時には、もう帰る道が分からなくなっていた。
 寂しさと空腹に涙が止まらなくて。少しでも心細さを補えるようにと、ポテポテ歩きながら見つけたそこ。
 身体を丸めてしか入れないような、小さな穴だったけど。小さいからこそ、ぼくを守ってくれているような気持ちにさせてくれた。
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