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第二章

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◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 火の月ゲンドになった。このルトは八週間デイアある為、学院は長期休暇となる。長い休みなので、家に帰る生徒が非常に多い。──食堂も休みになるので、おもに各自が食生活の安寧を求めて帰路につく。
 ちなみに、私の定期考査の結果は上々。このまま八割強を押えていくつもりで、『トップ』は獲得しない方針である。そう、私は最上級クラスから外れたいのだ。
 前回の記憶によれば、最上級クラスは貴族の──それはそれは上位の面々が立ち並ぶ。平民の私からすれば、廊下で擦れ違う事すらない人達だ。

 この魔法学院。第一学年は魔力属性でクラスわけだったが、第二学年は学力わけ。そして第三学年は学力と合わせて、能力も加味したクラスわけとなっている。
 学力わけは、当然ながら定期考査の結果ありき。魔力属性の当然のようにある貴族の子女達は、幼い頃から勉学の為の家庭教師がついているらしい。だから当たり前のように、成績上位クラスは貴族がめる。
 平民はそんな金銭的余裕がない。魔力も必ずしも保有している訳ではない為、無駄な支出をしないように魔力の素質と属性を調べられる鳥呼ぶ声シェナスィンドまでは基本放置だ。
 だが例外は何処にでもあるもので。平民の中でも上位の地位である商家──うちもここに位置する──は、魔力属性をもつ事が多い。それは血筋の問題が一番で、貴族の下位クラスとの婚姻がある為だ。
 そんなこんなで私のような平民は、幅広い中間層に位置する。立ち回りが非常に難解で、上にも下にも目につかないようにしなければならない。

「間もなく到着致します。御手荷物の御確認を御願い申し上げます」

 前方の御者が告げる声に、乗り合い馬車の内部がざわつき始めた。
 例に漏れず、私も実家の帰路についている。行きとは違い、不特定多数の人が乗り合う馬車。王都ギシァーゼから都市モマイアまで、二週間デイアの長旅だった。──お尻が痛くて、そろそろ限界だ。
 ケミシナもトシアも帰省すると言っていた。前回の私は帰る事はなかったが、今回は父の事が頭から離れず帰路についたのである。本当に、この心境の変化には自分でも驚く。

「ほら、エフェ。行くわよっ」
「はい、御姉様」

 馬車が停車した途端、二歳上の姉──ニザに声を掛けられた。
 私もきしむ身体をほぐしながら腰を浮かせ、かかえていた鞄と共に馬車を降りる。

「こっち、こっち~」

 多くの人で混雑する馬車停留場。
 雑多な音がそこかしこから聞こえてくる中で、私はすぐに弟であるルンサコの呼び声に気付いた。
 久し振りだからか、その姿を目にするだけで酷く心が震える。その元気な姿に、輝く瞳に。安堵と共に、きゅっと抱き締めたい気持ちになった。──実際にやったら、真っ赤な顔でぷんすこ怒るのだろうけど。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 その日の夕食時である木の時リロア。久し振りに全員の顔触れが揃い、ニザの誕生会を祝う。
 そして皆の笑顔が交わされていたその時、母がいつものように口を滑らせた。

「エフェ、貴女が男の子だったら良かったのに」
「「「…………」」」

 父も、ルーも私も。また始まったかと、無言で固まる。
 それまで、ニザがあと半年で学院を卒業だからとか。良い嫁ぎ先を探さなくては、とか。そんな話をしていた筈。
 つまりは、主役であるニザの話をしていたのに。何故に急に、矛先が私へ向けられるのか。──しかも、いつもの『呪いの言葉』。
 誰も口を開かなくなった事で、母は不思議そうに周囲を見回していた。

「御母様っ。いつも思ってましたけど、それは言ってはならない事ですっ」
「え?……どうしたのよ、ニザ。そんなに怒らなくても……」
「怒れるような事を、御母様が口にしたからでしょっ?聞いたエフェがどう思うのかを、少しでも考えての事なのかしらっ?」
「そうだな、オユ。もうそれは口にしてはならない。すまなかったな、エフェ。ニザも、もう鎮まりなさい」

 ニザの言葉に驚いているばかりの母。
 父が静かに場を制し、変な感じでそのまま誕生会が終わってしまった。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 男とか女とか。そんな事は私が選べた事ではなかった。幼い頃から言われるあの言葉も、ただただ聞き流すしかなかった。
 母は母なりに、何かしら思いがあったのかもしれない。けれどもそんな事、私には関係のない事で。どうにかしてあげられる事でもなくて。
 いつもいつも、自分が不要な存在なのだと言い聞かされているようで──たぶん、辛かったのだろう。もう自分では分からない事だけど。あの時のニザの言葉に、少しだけ。ほんの少しだけ温かな何かが、身体の真ん中辺りを通過した気がしたから。

 静かに扉を叩く音がして、ニザが私の部屋に入ってくる。ノックする事が珍しいけれど、今の私は何も反応したくなかった。
 明かりをともしていない真っ暗な部屋の中で、ベッド横に腰を下ろしていた私。動かないその背中に、ニザがぎゅっとしがみつくように腕を回してきてはっきりと言った。

「……エフェ。離婚前提で、悪夢に出てくるようなダメ男の子供を作る必要はないから。男の子を産まなきゃなんて、絶対にないから。絶対に、ないから」

 馬車の中で──夢の話を聞かれた私が言った言葉への、彼女なりの返答なのだろう。

 『私は男の子を産まなきゃだから』と告げた時、ニザは何も言わなかった。
 冗談のように──同じ夢の過去に戻っても、子供の為にその男と結婚するのだと私が告げた後だったから。でもすぐに離婚してやるんだって、言い切った私の顔を見た後だったから。

 重なりあうニザの身体は温かくて。本当は暑いのだろうけれど、少しだけ。ほんの少しだけ、心も温かくなった気がした。
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