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第二章
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「大変です、父様」
「な、何だ。何があっ」
「せっかくの父様と過ごせるお休みが、もう半分になってしまいましたっ」
私は至極真面目に、しかも食い気味に父へそう告げる。
ただでさえ未だ父との距離間を掴めずにいる中、このまま学院入学となってしまえば更に三年間の空白が出来てしまうのだ。
そうなると自分の年齢が嵩む事もあって、二度と素直に距離を縮める事は出来なくなるだろう。現に夢の──いや、タイムリープ前の私はそうだった。
「……何だ、驚いたぞ。分かったよ、エフェ。けれども、せめて今日は休んでいてくれないか」
「むぅ、絶対ですよ?明日と明後日は、絶対にみっちりデートですからねっ」
「うむ、分かった分かった。さあ、お腹が空いただろう。今日はこれを食べながら、明日からの予定を考えようではないか」
「はいっ」
父の説得により、今日一日は大事を取って宿にいる事にする。
けれどもその時間も、思った以上にとても楽しいものだった。
父が買ってきてくれた果物や焼菓子を食べながら、王都観光案内──大都市ともなるとこういったものがあるようだ──を見つつ、明日からの予定に夢を膨らませる。
さすがに大きいだけあって、商店の数は地元の比ではなかった。きちんと廻ろうと思えば、二日間では足りない程である。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「父様、次はあの店です」
「そうだったな。あぁ、あの店は観光案内に載っていないようだな」
「あっ、本当ですね。あそこも行きましょう」
父と二人で、王都の商店街をこれでもかと言う程練り歩いた。
お互いの両手が荷物で一杯になれば、近くの配達所に持っていく。そうして宿まで届けてもらうのだ。
大半冷やかしではあるものの、こうして店から店へと渡り歩いて行く事は私自身も初めてで、とても楽しい。
勿論、父への対応を考える必要もなかった。自然と会話が弾み、笑顔が絶えない。
父もそんな私を面倒がらず、柔らかな表情で歩いて廻ってくれていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
とても楽しい二日間だった。
そうして父と過ごす王都での最後の夜。
思っていたより自分の感情が昂っているのか、なかなか寝付けずに寝返りを繰り返していた。
既に隣のベッドで眠りについている父を見ながら、今日までを振り返る。
思い出して笑みを浮かべていると、不意に学院入学中に父が亡くなった事が脳裏に浮かび上がった。
そして無情にも、葬儀に出る事もなかったタイムリープ前の私である。
本来ならば、学院から一時帰宅出来た。──でもしなかった。
あの時の私に、理由はいくらでもつけられる。
定期考査中だった事。
片道だけでも二週間掛かるから、物理的に葬儀は間に合わない事。
けれどもそもそも、会いに行く理由がなかったのだ。
連絡は『既に亡くなった』という事実であり、二週間掛けて駆け付けても『父本人』には会えない。
普段から家にいなかったから、愛情を受けた記憶も薄かった。──殆ど毎日家にいた母親からですら、私は愛情を感じた事がない。
そうしてタイムリープ前は、手紙を一通だけ家に送っただけだ。特に心を乱す事もなく、である。
そんな事を思い返しつつ、亡くなった理由を思い出そうとした。
時期は──。
原因は──。
焦りからか、私は勝手に潤んでくる瞳が煩わしく思う。
いくら心の距離が離れているからといって、家族なのにそんな事も記憶に残っていないのかと苛立った。
──っ!?
突然、全速力で走ったかのような、バクバクと異常に脈打つ心臓を押さえる。
そうだ、思い出した。
父は私が子供の頃にあった事故が原因で、長く歩く事すら困難になっていたのである。そう、あの私が八歳の時の事故だ。
帰路で魔物に襲われ、崖から転落した馬車に乗っていた父。
胸を強打したようで息も絶え絶えだったが、医師による治療の末に何とか回復する。だがその後も完治とはならず、随分と呼吸が浅くなっていた。
症状としては、歩くとすぐに息があがってしまう。当然、走る事など出来ない。座った状態であれば支障がなかったので、日常生活ではさほど困らなかったようだ。
結果的に仕事から離れる事もなく、変わらず家族としての触れ合いなどは最小限だったと記憶している。
でも、今の私は違った。
好きとか嫌いとかではなく、可能ならば父が天寿を全う出来れば良いと思う。
そして私は机に向かい、父へ手紙を書き残す事にした。
タイムリープ前の父の死因は、買い付けに行った先で土砂崩れに捲き込まれた事。避難した他の仲間は、何とか走って逃げられたのだというのだ。
今の父は、後遺症のない健康的な身体である。当然走る事に支障はないけれども、土砂崩れに捲き込まれそうになって必ず助かるとは言えないのだ。
雨の日が続く水の月。けれども、亡くなった場所までは覚えていなくて。
タイムリープ前の私はそれ程までに父に対して興味がなかったのだと思い知らされる。
──ダメダメ、反省は後で。
勝手に溢れてくる涙を堪えつつ、私は土砂崩れの前兆現象や思い付く限りの回避方法を書き上げた。
朝になったら、これを父に渡そう。傍にいれば治癒魔法を使う事が出来るが、常にそうはいかないのだから。
「な、何だ。何があっ」
「せっかくの父様と過ごせるお休みが、もう半分になってしまいましたっ」
私は至極真面目に、しかも食い気味に父へそう告げる。
ただでさえ未だ父との距離間を掴めずにいる中、このまま学院入学となってしまえば更に三年間の空白が出来てしまうのだ。
そうなると自分の年齢が嵩む事もあって、二度と素直に距離を縮める事は出来なくなるだろう。現に夢の──いや、タイムリープ前の私はそうだった。
「……何だ、驚いたぞ。分かったよ、エフェ。けれども、せめて今日は休んでいてくれないか」
「むぅ、絶対ですよ?明日と明後日は、絶対にみっちりデートですからねっ」
「うむ、分かった分かった。さあ、お腹が空いただろう。今日はこれを食べながら、明日からの予定を考えようではないか」
「はいっ」
父の説得により、今日一日は大事を取って宿にいる事にする。
けれどもその時間も、思った以上にとても楽しいものだった。
父が買ってきてくれた果物や焼菓子を食べながら、王都観光案内──大都市ともなるとこういったものがあるようだ──を見つつ、明日からの予定に夢を膨らませる。
さすがに大きいだけあって、商店の数は地元の比ではなかった。きちんと廻ろうと思えば、二日間では足りない程である。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「父様、次はあの店です」
「そうだったな。あぁ、あの店は観光案内に載っていないようだな」
「あっ、本当ですね。あそこも行きましょう」
父と二人で、王都の商店街をこれでもかと言う程練り歩いた。
お互いの両手が荷物で一杯になれば、近くの配達所に持っていく。そうして宿まで届けてもらうのだ。
大半冷やかしではあるものの、こうして店から店へと渡り歩いて行く事は私自身も初めてで、とても楽しい。
勿論、父への対応を考える必要もなかった。自然と会話が弾み、笑顔が絶えない。
父もそんな私を面倒がらず、柔らかな表情で歩いて廻ってくれていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
とても楽しい二日間だった。
そうして父と過ごす王都での最後の夜。
思っていたより自分の感情が昂っているのか、なかなか寝付けずに寝返りを繰り返していた。
既に隣のベッドで眠りについている父を見ながら、今日までを振り返る。
思い出して笑みを浮かべていると、不意に学院入学中に父が亡くなった事が脳裏に浮かび上がった。
そして無情にも、葬儀に出る事もなかったタイムリープ前の私である。
本来ならば、学院から一時帰宅出来た。──でもしなかった。
あの時の私に、理由はいくらでもつけられる。
定期考査中だった事。
片道だけでも二週間掛かるから、物理的に葬儀は間に合わない事。
けれどもそもそも、会いに行く理由がなかったのだ。
連絡は『既に亡くなった』という事実であり、二週間掛けて駆け付けても『父本人』には会えない。
普段から家にいなかったから、愛情を受けた記憶も薄かった。──殆ど毎日家にいた母親からですら、私は愛情を感じた事がない。
そうしてタイムリープ前は、手紙を一通だけ家に送っただけだ。特に心を乱す事もなく、である。
そんな事を思い返しつつ、亡くなった理由を思い出そうとした。
時期は──。
原因は──。
焦りからか、私は勝手に潤んでくる瞳が煩わしく思う。
いくら心の距離が離れているからといって、家族なのにそんな事も記憶に残っていないのかと苛立った。
──っ!?
突然、全速力で走ったかのような、バクバクと異常に脈打つ心臓を押さえる。
そうだ、思い出した。
父は私が子供の頃にあった事故が原因で、長く歩く事すら困難になっていたのである。そう、あの私が八歳の時の事故だ。
帰路で魔物に襲われ、崖から転落した馬車に乗っていた父。
胸を強打したようで息も絶え絶えだったが、医師による治療の末に何とか回復する。だがその後も完治とはならず、随分と呼吸が浅くなっていた。
症状としては、歩くとすぐに息があがってしまう。当然、走る事など出来ない。座った状態であれば支障がなかったので、日常生活ではさほど困らなかったようだ。
結果的に仕事から離れる事もなく、変わらず家族としての触れ合いなどは最小限だったと記憶している。
でも、今の私は違った。
好きとか嫌いとかではなく、可能ならば父が天寿を全う出来れば良いと思う。
そして私は机に向かい、父へ手紙を書き残す事にした。
タイムリープ前の父の死因は、買い付けに行った先で土砂崩れに捲き込まれた事。避難した他の仲間は、何とか走って逃げられたのだというのだ。
今の父は、後遺症のない健康的な身体である。当然走る事に支障はないけれども、土砂崩れに捲き込まれそうになって必ず助かるとは言えないのだ。
雨の日が続く水の月。けれども、亡くなった場所までは覚えていなくて。
タイムリープ前の私はそれ程までに父に対して興味がなかったのだと思い知らされる。
──ダメダメ、反省は後で。
勝手に溢れてくる涙を堪えつつ、私は土砂崩れの前兆現象や思い付く限りの回避方法を書き上げた。
朝になったら、これを父に渡そう。傍にいれば治癒魔法を使う事が出来るが、常にそうはいかないのだから。
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