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第二章
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◆ ◆ ◆ ◆ ◆
漸く王都に到着した。
十一歳になった私は、この風の月から正式に魔法学院の生徒だ。
けれども早目に移動したので、今日から五日後の入学式までは父と宿へ泊まる事になっている。
「初めての長旅で疲れただろう」
「はい。でも、学院を見ておきたくて。我が儘を言って申し訳ありません、父様」
「その程度、我が儘とは言わない。エフェはもう少し甘えてくれても良いのだがな」
「これでも十分甘えています」
「そうなのか」
馬車で二週間掛け、遥々モマイアからやって来た訳だ。
本当に、結構な距離があった。──お尻が壊れるかと思ったのは内緒である。
そんな疲れも何のその。初めて見る王都の雰囲気が珍しくて、私は思わず周囲を見回してしまう。
されども田舎者と言うなかれ。
いくら王都から遠く離れていても、故郷モマイアはそれなりの規模の都市なのだ。
「私も王都には、年に数回しか来ないからな。それに、あまり散策をしない」
「そうなんですね。それでしたら、王都の商店の様子も見たいので、後で一緒にお散歩しませんか?」
「……そうだな。エフェが良いのならば、そうしよう」
「はいっ」
私は父をデートに誘う。──こんな事は初めてではないだろうか。いや、最初で最後かもしれないが。
少しだけ戸惑ったような父が、逆に珍しく思えた程だ。
モマイアでは、仕事人間である父と遊ぶ事など一度もなかった。
姉弟がいるから一人ではないが、他の同年代の子供達は家族で共に休日を過ごす事を知っている。貴族等の上級国民は違うかもしれないが、私達は平民なのだ。
それなのに家族がまともに顔を合わせるのは、誰かが誕生日の時くらい。──解せぬ。
さてそんな内心の愚痴は置いておいて、入学後は三年間会えないのである。
だからこそ、入学式までの時間に父を独り占めしても怒られる事はないのだ。
それならば尚更、この機会を逃すなど有り得ない。──完全に、思い出作りである。
「あれが魔法学院だ」
「……はい」
思考に浸っている間に、いつの間にか学院の正門前に到着していた。
宿から学院まで、徒歩で大した距離でなかったようである。
父に促され、私は門越しに学院の建物を見上げた。
──あれ……。この建物、私……知ってる。
初めて見る魔法学院の建物なのに、眼前にした途端、既視感に襲われる。
「エフェ?」
様子のおかしい私を気にしたのか、父が隣から声を掛けてきた。
けれどもそれに反応が出来ない程、私は自分の中で暴力的に溢れる記憶に混乱する。
目を見開いたまま、直立不動の体勢だった。
──私はこれを知っている。ここも、この先の教室も、あれも、それも……。
そして私は、今まで見てきた夢が実際に起こった『未来の事実』であると気付く。
理由は分からないけれども、私はタイムリープにより、過去の自分に戻ってきていたのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……あれ?」
気が付くと、私はいつの間にか宿のベッドに横になっていた。
記憶に残ってるのは、魔法学院の正門の前に父と立っていた事までである。
状況から察するに、あの記憶暴走の後、どうやら意識を失ってしまったようだ。
「おぉ、エフェ。気が付いたか。気分が悪いとかはないか?」
「あ……はい、父様。すみません、御迷惑を御掛けしたようです」
「迷惑などと言わないでくれ、エフェ。私は父親なのだ。エフェの心配をするのは当たり前だろう」
「はぁ……まぁ、そうかもですけれど」
半身を起こした状態でベッドで座っていると、外出していたような父が入室してくる。
そして妙に優しい雰囲気で話し掛けてくる父に、私はどう対応して良いのか分からなかった。
差し出された水の入ったコップを受け取り、静かに口を付ける。
実はこの王都に来るまでの二週間、あまりにも近い父との距離感に未だ馴染めないでいた。
仕事人間の父は一家の長であるが、私の身近な人ではないのだ。そして母も、姉のニザも同じである。
私にとっての心を許せる家族はルーだけ。勿論、彼にとってはそうでもないかもしれないけど。
「すまない、エフェ。父親としての私は色々と足りないのだろうが、家族を思う気持ちは本当なのだ」
「はい、それは分かっています」
「……倒れてしまう程、お前に無理はさせたくないのだよ。目覚めなかった二日間、本当に心配した」
「無理だなんて……って、え?二日っ?」
「そうだ。学院前で意識を失ったエフェを見て、私は初めて心臓が止まる程の驚きを覚えた」
淡々と話す父の口調からは、全く驚きの様子は見て取れなかった。
けれどももしかしたら、単に父は感情が表に出にくい人なのかもしれない。
というか、二日間も意識を失っていた方が驚きだった。──何て勿体ない事をしたのだろうか。
王都の美味しいものをたくさん食べるつもりだったのに、もう半分の日程を無駄にしてしまったのだ。
漸く王都に到着した。
十一歳になった私は、この風の月から正式に魔法学院の生徒だ。
けれども早目に移動したので、今日から五日後の入学式までは父と宿へ泊まる事になっている。
「初めての長旅で疲れただろう」
「はい。でも、学院を見ておきたくて。我が儘を言って申し訳ありません、父様」
「その程度、我が儘とは言わない。エフェはもう少し甘えてくれても良いのだがな」
「これでも十分甘えています」
「そうなのか」
馬車で二週間掛け、遥々モマイアからやって来た訳だ。
本当に、結構な距離があった。──お尻が壊れるかと思ったのは内緒である。
そんな疲れも何のその。初めて見る王都の雰囲気が珍しくて、私は思わず周囲を見回してしまう。
されども田舎者と言うなかれ。
いくら王都から遠く離れていても、故郷モマイアはそれなりの規模の都市なのだ。
「私も王都には、年に数回しか来ないからな。それに、あまり散策をしない」
「そうなんですね。それでしたら、王都の商店の様子も見たいので、後で一緒にお散歩しませんか?」
「……そうだな。エフェが良いのならば、そうしよう」
「はいっ」
私は父をデートに誘う。──こんな事は初めてではないだろうか。いや、最初で最後かもしれないが。
少しだけ戸惑ったような父が、逆に珍しく思えた程だ。
モマイアでは、仕事人間である父と遊ぶ事など一度もなかった。
姉弟がいるから一人ではないが、他の同年代の子供達は家族で共に休日を過ごす事を知っている。貴族等の上級国民は違うかもしれないが、私達は平民なのだ。
それなのに家族がまともに顔を合わせるのは、誰かが誕生日の時くらい。──解せぬ。
さてそんな内心の愚痴は置いておいて、入学後は三年間会えないのである。
だからこそ、入学式までの時間に父を独り占めしても怒られる事はないのだ。
それならば尚更、この機会を逃すなど有り得ない。──完全に、思い出作りである。
「あれが魔法学院だ」
「……はい」
思考に浸っている間に、いつの間にか学院の正門前に到着していた。
宿から学院まで、徒歩で大した距離でなかったようである。
父に促され、私は門越しに学院の建物を見上げた。
──あれ……。この建物、私……知ってる。
初めて見る魔法学院の建物なのに、眼前にした途端、既視感に襲われる。
「エフェ?」
様子のおかしい私を気にしたのか、父が隣から声を掛けてきた。
けれどもそれに反応が出来ない程、私は自分の中で暴力的に溢れる記憶に混乱する。
目を見開いたまま、直立不動の体勢だった。
──私はこれを知っている。ここも、この先の教室も、あれも、それも……。
そして私は、今まで見てきた夢が実際に起こった『未来の事実』であると気付く。
理由は分からないけれども、私はタイムリープにより、過去の自分に戻ってきていたのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……あれ?」
気が付くと、私はいつの間にか宿のベッドに横になっていた。
記憶に残ってるのは、魔法学院の正門の前に父と立っていた事までである。
状況から察するに、あの記憶暴走の後、どうやら意識を失ってしまったようだ。
「おぉ、エフェ。気が付いたか。気分が悪いとかはないか?」
「あ……はい、父様。すみません、御迷惑を御掛けしたようです」
「迷惑などと言わないでくれ、エフェ。私は父親なのだ。エフェの心配をするのは当たり前だろう」
「はぁ……まぁ、そうかもですけれど」
半身を起こした状態でベッドで座っていると、外出していたような父が入室してくる。
そして妙に優しい雰囲気で話し掛けてくる父に、私はどう対応して良いのか分からなかった。
差し出された水の入ったコップを受け取り、静かに口を付ける。
実はこの王都に来るまでの二週間、あまりにも近い父との距離感に未だ馴染めないでいた。
仕事人間の父は一家の長であるが、私の身近な人ではないのだ。そして母も、姉のニザも同じである。
私にとっての心を許せる家族はルーだけ。勿論、彼にとってはそうでもないかもしれないけど。
「すまない、エフェ。父親としての私は色々と足りないのだろうが、家族を思う気持ちは本当なのだ」
「はい、それは分かっています」
「……倒れてしまう程、お前に無理はさせたくないのだよ。目覚めなかった二日間、本当に心配した」
「無理だなんて……って、え?二日っ?」
「そうだ。学院前で意識を失ったエフェを見て、私は初めて心臓が止まる程の驚きを覚えた」
淡々と話す父の口調からは、全く驚きの様子は見て取れなかった。
けれどももしかしたら、単に父は感情が表に出にくい人なのかもしれない。
というか、二日間も意識を失っていた方が驚きだった。──何て勿体ない事をしたのだろうか。
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