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第一章
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「もうお出掛けになるのですか?」
「あ、あぁ……」
私は治癒魔法を終えた後、父を見上げながら問い掛ける。
けれども何故か小首を傾げながら、心あらずといった感で応える父だった。私が治癒魔法を放った理由が読めないから故なのだろうか。
父へ治癒魔法を放つのは、あれから初めてだ。──勿論、『あれ』というのは『父行方不明後治癒魔法のち私昏睡事件』だが。
私が治癒魔法を使える事は当然知ってはいたが、あの『生死の狭間からの復活』を可能とする程の能力とは思われていなかった。すぐさま屋敷内で箝口令が敷かれたらしいが、それを知ったのは私が再復活後の事である。
「父様はとても疲れたお顔をしています。本当はもっときちんと身体を休めて欲しいのですが……、今は難しいのでしょう?」
「……そうだな。エフェの気持ちは嬉しいのだが、何分他に困っている商人が多い。商会の出来る範囲で、それを助けたいのだ」
とりあえず子供感を出しつつ、少し意見してみた。当然、素直に受け入れて貰えない事は推測通りである。
父は困ったような笑みを浮かべながらも、仕事へ行く姿勢を崩さなかったのだから。
そして行動理由は他者の為。商会長なのだから当たり前なのかもしれないが、身体が資本なのは商人だろうが商会長だろうが同じ筈である。──つまりは責任の重さの違いか。
「それならばと、少しでも疲れが癒せるようにという私の気持ちです」
「そ、そうなのか。ありがとう、エフェ。だが、無理はしてはならないよ?」
「大丈夫です。父様より無理してませんよ?」
「ははは、これは一本取られたな」
「父様。たかが疲れと思われているかもしれないですが、疲れでも命を縮めます。本当にお仕事を続けたいのなら、休むべき時には休まなくてはダメです」
「……分かった、善処する。本当は妻もそう言いたいのだろうな。ありがとうな、エフェ」
説教じみた言い方になってしまったが、母が告げないのならば私が代わりに口にするだけだ。
過労死だけは、本当に避けて欲しい。これは環境によるだろうが、必ずしも回避不可能なものでない筈だからだ。出来れば寿命をまっとうしてほしい。
私の頭を撫でてくれる大きな固い手は、是非とも婚礼の道で腕を組んで歩いて欲しいものだ。これは夢の中の私が出来なかった、父への想いでもある。
「本当に約束ですよ?私が嫁ぐ時には、父様と花嫁の道を歩きたいのですから」
「…………そうか。まだまだ幼いと思っていたが、確かに子供の成長は早いものだ。エフェ、約束する。休息を心掛けるようにな」
言葉にしないと伝わらないものだ。私は今、はっきりと理解する。
相手を思って心に留めているだけでは、通じる筈もなかった。欠片くらいは届くかもしれないけれど、それでは全く意味がない。
父の寿命まで私には分からないが、これで夢の時より少しでも長く共にいて貰えるだろうか。私の子供をその腕に抱いてくれるだろうか。
「お願いしますね、父様」
「分かったよ、エフェ。では行ってくる」
「……はい、お気を付けて。行ってらっしゃいです、父様」
「あぁ」
柔らかい笑みを浮かべながら外出する父を見送りながら、私は少しだけ父の顔色が良くなった事実を噛み締める。
そしてこの治癒魔法を、夢の中の私より使える事実を感謝した。同時に夢を見て知っているからこそ、今の私があるのだろうと理解する。恐らく夢の中の私が悔やんでいた事が、私を形作っているのだ。──そう、漠然とだが思ったのである。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
火の月がやって来た。この、夫の誕生月は嫌いだ。
本来ならば金銭的余裕がない事もあり、せめて質素に家族だけで祝いたい。出来れば無駄遣いしたくない。でも──。
「飲んでるか~。あ、ほら。そっち、酒がなくなってるじゃないか。おい、早く持っていけ!すまないね、気が利かない嫁で」
貸し切った酒場の中で、私は召し使いのように夫から何度目かの指図をされた。
見栄を張りたいだけの夫は、自分の誕生会を職場や街の人達を呼んで盛大に祝う。それが特に親しい訳でもない事は、常日頃から対人関係の愚痴を聞かされている私は良く知っている。
それなりに開始されてから時間が経過している為、あちらこちらで酔っ払いがクダをまいていた。──先程は助平な手付きで身体に触れられたので、あちらには近付きたくもない。
「飲んで飲んで~」
楽しそうな夫。──けれども、この場にいる人達の何割が彼を心から祝っているのか。
先程から私の耳には、夫への蔑みが数多く聞こえていた。何故本人に伝わっていないのか不思議な程、参加者の大概が『ただ酒』を飲みに来ているのに。
さすがにこのような場所に子供を連れては来られないので、再就職をした治療院の同性の同僚宅で見て貰っている。──はぁ、胃が痛い。
「あ、あぁ……」
私は治癒魔法を終えた後、父を見上げながら問い掛ける。
けれども何故か小首を傾げながら、心あらずといった感で応える父だった。私が治癒魔法を放った理由が読めないから故なのだろうか。
父へ治癒魔法を放つのは、あれから初めてだ。──勿論、『あれ』というのは『父行方不明後治癒魔法のち私昏睡事件』だが。
私が治癒魔法を使える事は当然知ってはいたが、あの『生死の狭間からの復活』を可能とする程の能力とは思われていなかった。すぐさま屋敷内で箝口令が敷かれたらしいが、それを知ったのは私が再復活後の事である。
「父様はとても疲れたお顔をしています。本当はもっときちんと身体を休めて欲しいのですが……、今は難しいのでしょう?」
「……そうだな。エフェの気持ちは嬉しいのだが、何分他に困っている商人が多い。商会の出来る範囲で、それを助けたいのだ」
とりあえず子供感を出しつつ、少し意見してみた。当然、素直に受け入れて貰えない事は推測通りである。
父は困ったような笑みを浮かべながらも、仕事へ行く姿勢を崩さなかったのだから。
そして行動理由は他者の為。商会長なのだから当たり前なのかもしれないが、身体が資本なのは商人だろうが商会長だろうが同じ筈である。──つまりは責任の重さの違いか。
「それならばと、少しでも疲れが癒せるようにという私の気持ちです」
「そ、そうなのか。ありがとう、エフェ。だが、無理はしてはならないよ?」
「大丈夫です。父様より無理してませんよ?」
「ははは、これは一本取られたな」
「父様。たかが疲れと思われているかもしれないですが、疲れでも命を縮めます。本当にお仕事を続けたいのなら、休むべき時には休まなくてはダメです」
「……分かった、善処する。本当は妻もそう言いたいのだろうな。ありがとうな、エフェ」
説教じみた言い方になってしまったが、母が告げないのならば私が代わりに口にするだけだ。
過労死だけは、本当に避けて欲しい。これは環境によるだろうが、必ずしも回避不可能なものでない筈だからだ。出来れば寿命をまっとうしてほしい。
私の頭を撫でてくれる大きな固い手は、是非とも婚礼の道で腕を組んで歩いて欲しいものだ。これは夢の中の私が出来なかった、父への想いでもある。
「本当に約束ですよ?私が嫁ぐ時には、父様と花嫁の道を歩きたいのですから」
「…………そうか。まだまだ幼いと思っていたが、確かに子供の成長は早いものだ。エフェ、約束する。休息を心掛けるようにな」
言葉にしないと伝わらないものだ。私は今、はっきりと理解する。
相手を思って心に留めているだけでは、通じる筈もなかった。欠片くらいは届くかもしれないけれど、それでは全く意味がない。
父の寿命まで私には分からないが、これで夢の時より少しでも長く共にいて貰えるだろうか。私の子供をその腕に抱いてくれるだろうか。
「お願いしますね、父様」
「分かったよ、エフェ。では行ってくる」
「……はい、お気を付けて。行ってらっしゃいです、父様」
「あぁ」
柔らかい笑みを浮かべながら外出する父を見送りながら、私は少しだけ父の顔色が良くなった事実を噛み締める。
そしてこの治癒魔法を、夢の中の私より使える事実を感謝した。同時に夢を見て知っているからこそ、今の私があるのだろうと理解する。恐らく夢の中の私が悔やんでいた事が、私を形作っているのだ。──そう、漠然とだが思ったのである。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
火の月がやって来た。この、夫の誕生月は嫌いだ。
本来ならば金銭的余裕がない事もあり、せめて質素に家族だけで祝いたい。出来れば無駄遣いしたくない。でも──。
「飲んでるか~。あ、ほら。そっち、酒がなくなってるじゃないか。おい、早く持っていけ!すまないね、気が利かない嫁で」
貸し切った酒場の中で、私は召し使いのように夫から何度目かの指図をされた。
見栄を張りたいだけの夫は、自分の誕生会を職場や街の人達を呼んで盛大に祝う。それが特に親しい訳でもない事は、常日頃から対人関係の愚痴を聞かされている私は良く知っている。
それなりに開始されてから時間が経過している為、あちらこちらで酔っ払いがクダをまいていた。──先程は助平な手付きで身体に触れられたので、あちらには近付きたくもない。
「飲んで飲んで~」
楽しそうな夫。──けれども、この場にいる人達の何割が彼を心から祝っているのか。
先程から私の耳には、夫への蔑みが数多く聞こえていた。何故本人に伝わっていないのか不思議な程、参加者の大概が『ただ酒』を飲みに来ているのに。
さすがにこのような場所に子供を連れては来られないので、再就職をした治療院の同性の同僚宅で見て貰っている。──はぁ、胃が痛い。
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