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第一章
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◆ ◆ ◆ ◆ ◆
水の月になった。
この月は気温が上昇してきて、同時に雨の日が多くなる。──私の一番嫌いな時期だ。
ビュンッ、パシャッ。
「っ!」
窓の外、雨の日でも変わらず続く。
まだ肌寒い筈の早朝の屋外で、ルーが剣術の練習をしていた。
あの日からルーは変わった。
私と距離を置くようになり、以前のように甘えてくれない。それでも、私を嫌っているとかそういう感じではないようだ。
親しみを含んだ笑みを見せてくれるし、それ以上に以前よりも気遣ってくれる。ハンカチを差し出してくれたり、扉を開けてくれたり。
何よりも、怪我をしても泣かなくなった。平気だと言って、治療を拒む事も増えたのである。──それでもルーに傷痕が残るのが嫌で、無理矢理治癒魔法を掛けるけど。
何故だろう。やはり、魔力欠乏で倒れた事で、私を頼りないと思うようになったのだろうか。
「おはよう、エフェ姉ちゃん」
「おはよう、ルー。風邪を引かないようにね」
「うん……、大丈夫」
ルーが窓の私に気付き、笑みを見せてくれた。私もそれに応じながら、微笑みを返す。
その途端、視線を反らされた。──解せぬ。
確かに剣術練習をしている最中だから、私に視線をずっと向けている訳にはいかない。
その証拠に、今もルーの木刀は空を切って風切り音が聞こえる。
「………………」
それから暫くルーを見ていたけど、もう私の方へ視線を向ける事はないようだった。
私は釈然としない気持ちを抱えつつ、窓を閉めて再びベッドに腰を掛ける。
「はぁ……」
思わず溜め息が漏れた。
こう気分が乗らないのも、先程の事だけではなく、今日見た夢のせいでもある。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
凄い熱だ。
昨日までは元気にはしゃいでいたのに、今朝起きたらグッタリとしていたのだ。
額に触れた手を通して、子供の体温が異常な高温である事が分かる。
「エモ?しっかりして」
「……マ……ぅ……」
二歳になったばかりの小さな身体に、どれだけの負荷が掛かっているのだろうか。
エモは私に応えようとしてくれたけれど、開いた瞳はすぐに力なく閉じられてしまった。
「貴方、お医者様を呼んで来てくれるかしら。エモが酷い熱なの」
「はあ?そんな金、何処にあるんだよ。俺の稼ぎを知ってるだろ」
「っ……、お願い。それなら薬を買いに行ってきて?」
「だから、そんな金が何処にあるんだっての!治療なら、お前がすれば良いだろうっ。何の為に治療院で働いてたんだっ」
「貴方っ」
「煩いっ。ちょっと出てくる!」
頼ろうとした私が馬鹿だったのか。
怒りよりも、涙が出てくる。
夫は、もう二度も職を変えている。
私は妊娠すると同時に退職していた。
今は子供が産まれたばかりでお金が掛かるが、さすがに幼いエモ一人を家に置いてはいけない。
その為、夫の収入だけでやりくりをしていた。当然余裕なんて欠片もなくて、私がこれまで働いて貯めた貯蓄を切り崩して生活している。それを夫は少しも気にかけていないばかりか、当然のように思っている節が見えた。
治療──勿論、私が出来るならすぐにしている。
けれども私は、治癒魔法の能力が低い。
軽い擦り傷や打撲程度なら治療出来るが、発熱や体内の疾患等に対応出来ないのだ。
もっともっと治癒魔法が上手くて、治療する幅が大きかったのなら──。エモを治してあげられるし、治療院での報酬ももっと良かった筈である。
もっと魔力があれば──。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
夢を思い出して、再び溜め息が出た。
今の八歳の私より、治癒魔法が上手くなかった夢の中の私。
擦り傷はまだしも、裂傷は傷痕が残ってしまうような治癒魔法しか出来なかった。
でも、今の私ではない。
今の私なら発熱も治してあげられるし──と思ったところで、何の解決にもならなかった。
夢はどうせ続くし、夢の中の私が、突然治癒魔法の上達をする筈もないのだから。
重くなった気分のまま、コロリとベッドに横たわった。
それに、連日の雨で交易路で土砂崩れがあったらしい。最近毎日のように、父の帰りが遅かった。恐らく、遅くまでその対応を練っているのだろう。──下手をしたら、泊まり業務になるかもしれない。
そう思ったら、じっとしていられなくなった。
部屋を飛び出し、父の寝室へ走る。
昨夜も闇の時の時間だったのだ。土の時ではさすがにまだ屋敷にいるだろうと思う。
「父様……」
「……エフェか」
だが部屋の前に来た時、既に身支度を整えた父が出たところだった。
思わず顔を見合せ、二人して硬直してしまう。──ダメダメ、固まってる場合じゃないから。
「父様、『痛いの痛いの飛んでいけ』」
「な……」
私は前置きもなしに父の腰に抱き付き、治癒魔法を放った。突然の事に、絶句してしまう父である。
それでも、今見た顔で分かってしまった。酷く憔悴している。かなりの疲労の蓄積と共に、心労も計り知れないだろう。
だからこその、治癒魔法だった。
水の月になった。
この月は気温が上昇してきて、同時に雨の日が多くなる。──私の一番嫌いな時期だ。
ビュンッ、パシャッ。
「っ!」
窓の外、雨の日でも変わらず続く。
まだ肌寒い筈の早朝の屋外で、ルーが剣術の練習をしていた。
あの日からルーは変わった。
私と距離を置くようになり、以前のように甘えてくれない。それでも、私を嫌っているとかそういう感じではないようだ。
親しみを含んだ笑みを見せてくれるし、それ以上に以前よりも気遣ってくれる。ハンカチを差し出してくれたり、扉を開けてくれたり。
何よりも、怪我をしても泣かなくなった。平気だと言って、治療を拒む事も増えたのである。──それでもルーに傷痕が残るのが嫌で、無理矢理治癒魔法を掛けるけど。
何故だろう。やはり、魔力欠乏で倒れた事で、私を頼りないと思うようになったのだろうか。
「おはよう、エフェ姉ちゃん」
「おはよう、ルー。風邪を引かないようにね」
「うん……、大丈夫」
ルーが窓の私に気付き、笑みを見せてくれた。私もそれに応じながら、微笑みを返す。
その途端、視線を反らされた。──解せぬ。
確かに剣術練習をしている最中だから、私に視線をずっと向けている訳にはいかない。
その証拠に、今もルーの木刀は空を切って風切り音が聞こえる。
「………………」
それから暫くルーを見ていたけど、もう私の方へ視線を向ける事はないようだった。
私は釈然としない気持ちを抱えつつ、窓を閉めて再びベッドに腰を掛ける。
「はぁ……」
思わず溜め息が漏れた。
こう気分が乗らないのも、先程の事だけではなく、今日見た夢のせいでもある。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
凄い熱だ。
昨日までは元気にはしゃいでいたのに、今朝起きたらグッタリとしていたのだ。
額に触れた手を通して、子供の体温が異常な高温である事が分かる。
「エモ?しっかりして」
「……マ……ぅ……」
二歳になったばかりの小さな身体に、どれだけの負荷が掛かっているのだろうか。
エモは私に応えようとしてくれたけれど、開いた瞳はすぐに力なく閉じられてしまった。
「貴方、お医者様を呼んで来てくれるかしら。エモが酷い熱なの」
「はあ?そんな金、何処にあるんだよ。俺の稼ぎを知ってるだろ」
「っ……、お願い。それなら薬を買いに行ってきて?」
「だから、そんな金が何処にあるんだっての!治療なら、お前がすれば良いだろうっ。何の為に治療院で働いてたんだっ」
「貴方っ」
「煩いっ。ちょっと出てくる!」
頼ろうとした私が馬鹿だったのか。
怒りよりも、涙が出てくる。
夫は、もう二度も職を変えている。
私は妊娠すると同時に退職していた。
今は子供が産まれたばかりでお金が掛かるが、さすがに幼いエモ一人を家に置いてはいけない。
その為、夫の収入だけでやりくりをしていた。当然余裕なんて欠片もなくて、私がこれまで働いて貯めた貯蓄を切り崩して生活している。それを夫は少しも気にかけていないばかりか、当然のように思っている節が見えた。
治療──勿論、私が出来るならすぐにしている。
けれども私は、治癒魔法の能力が低い。
軽い擦り傷や打撲程度なら治療出来るが、発熱や体内の疾患等に対応出来ないのだ。
もっともっと治癒魔法が上手くて、治療する幅が大きかったのなら──。エモを治してあげられるし、治療院での報酬ももっと良かった筈である。
もっと魔力があれば──。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
夢を思い出して、再び溜め息が出た。
今の八歳の私より、治癒魔法が上手くなかった夢の中の私。
擦り傷はまだしも、裂傷は傷痕が残ってしまうような治癒魔法しか出来なかった。
でも、今の私ではない。
今の私なら発熱も治してあげられるし──と思ったところで、何の解決にもならなかった。
夢はどうせ続くし、夢の中の私が、突然治癒魔法の上達をする筈もないのだから。
重くなった気分のまま、コロリとベッドに横たわった。
それに、連日の雨で交易路で土砂崩れがあったらしい。最近毎日のように、父の帰りが遅かった。恐らく、遅くまでその対応を練っているのだろう。──下手をしたら、泊まり業務になるかもしれない。
そう思ったら、じっとしていられなくなった。
部屋を飛び出し、父の寝室へ走る。
昨夜も闇の時の時間だったのだ。土の時ではさすがにまだ屋敷にいるだろうと思う。
「父様……」
「……エフェか」
だが部屋の前に来た時、既に身支度を整えた父が出たところだった。
思わず顔を見合せ、二人して硬直してしまう。──ダメダメ、固まってる場合じゃないから。
「父様、『痛いの痛いの飛んでいけ』」
「な……」
私は前置きもなしに父の腰に抱き付き、治癒魔法を放った。突然の事に、絶句してしまう父である。
それでも、今見た顔で分かってしまった。酷く憔悴している。かなりの疲労の蓄積と共に、心労も計り知れないだろう。
だからこその、治癒魔法だった。
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