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第一章
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◆ ◆ ◆ ◆ ◆
土の月になった。
これまで二月降り続いた雪の、漸く雪解けの季節である。
ちなみに、私は先月父を治療した後、一週間程昏睡状態だった。
原因は大した事ない、魔力欠乏。
でもさすがに八歳の身体に負担が大きかったのか、それとも必要以上の魔力消失だったのか。
目覚めた後の脱力感が半端なく、それから動けるまでにまた同等の日数を必要とした。──もう無理するのは止めよう。
その間、当然ルーと顔を合わせる事が殆ど出来なかった。未成年とはいえ、女の子の寝室に男児立ち入るべからずだったものある。
そして部屋から出た瞬間、私にベッタリとくっついたルー。もう、トイレにも行かせてもらえない程に、酷い甘え具合だった。
あれはもう、精神的に病んでいたのだろう。私の姿が見えなくなると怯え、長時間になると取り乱し錯乱状態になる。傍に私がいると、いつものルーでいられるのだ。
ニザや母でもダメで、一時期は睡眠もまともに取れていなかったとの事。
何とか落ち着かせ、私が寝かしつければ眠ってくれるのだが、一度目覚めると私の部屋の前に座り込んで動かない。
幾度となく部屋の外でルーを発見して、飛び上がりそうな程に驚いた。
「ルー、今日は剣術の練習は?」
「………………エフェ姉ちゃんは?」
あれ程好んで行っていた剣術すら、私と距離をおく事が嫌なのか行くのを渋る。
せっかくついてきた基礎も筋肉も、このままではダメになりそうな勢いだった。
「ルーは剣術の練習、嫌い?」
「…………………………嫌いじゃ、ない」
「私と剣術の練習する?」
「だ、ダメっ」
「どうして?」
「け、怪我をしちゃうから」
「私は怪我を治せるよ?」
「そ、それでもダメっ。い、痛いの……ダメだから」
ソファーに座ったまま、隙間がない程にベッタリとくっついたルーの頭を優しく撫でる。
私を心配するルーは、私が痛みを受ける事を心配しているのか、それとも治癒魔法を行って倒れてしまう事を心配しているのか。
たぶん両方なのだろうけれど、私としてはこのままルーがダメになってしまう事が心配だった。
「私はね……始め、ルーが剣術を身に付ける事が心配だったの。まだ小さいのに、とか。怪我をしてしまわないか、とか。でもね。毎日ルーの剣術練習を見ていて、あぁ、動きが良くなったな。体つきがしっかりしてきたな。重心の取り方も上手くなったな。……そんな風に、貴方の成長をとても頼もしく思っていたの」
独り言のように呟きながら、大人しい猫のように撫でられているルーを見る。
私の言葉を聞いて、ちゃんと理解しているのだろう。耳が赤くなっていた。──可愛い。
そして再び視線を前方の窓の外へ向け、私は可愛い弟への言葉を紡ぐ。
「雪が溶けたら、また窓の外のルーを見ながら朝の空気を吸って。それから、ルーと朝一番の挨拶をして……。毎日そんな日が続くと思っていたけど、ルーが嫌なら」
「続くもん。嫌じゃないしっ」
私の言葉を遮るように、ガバッと頭を起こしたルーが叫んだ。
視線をこちらへ向けてはくれないけれど、首まで真っ赤になっているのは良く分かる。
もう大丈夫だろうと、私は自然と柔らかな笑みが浮かんだ。
「だから……っ」
立ち上がって振り返ったルーだったけれど、私を見て目を見開いて硬直する。そしてこれ以上ない程赤面しながら、腕で顔を隠すように視線を背けた。
その挙動に、私は驚きのあまり対処が出来ない。
赤面する理由として、照れからきている事は分かる。──散々煽ったから。
けれども、視線を反らされた理由は何故だろうか。私は見ていられない程、変な顔をしていたのだろうか。
「ルー?」
「だ、大丈夫だからっ。もう行くっ」
問い掛けた私を避けるように、ルーはそのまま駆け出す。
差し出した私の手が宙に止まった。
「明日からまた剣術するから」
けれども扉の前で立ち止まると、こちらを振り返る事なくそれだけを告げた。
そしてそのまま静かに退出してしまう。
「え……?」
私は呆然と、ルーが閉めていった扉を見つめた。
意味が分からず、一方の手を伸ばしたまま必死に思考を巡らす。──何かしてしまっただろうか。
「お坊っちゃまは、一つ階段を上ったのですね」
「えっ?」
「ふふふ……。お疲れ様でした、お嬢様。もう一杯、お茶をお飲みになられますか?」
「………………うん」
いつの間に傍へ来たのか、それまで壁のように静かに佇んでいた家政婦さんがいた。そして混乱したままでいた私の手を、優しく触れながら下ろしてくれる。
私を労ってくれるのは分かるけれど、何故だか腑に落ちない感があった。
それでも私から見てかなり年上のお姉さんなので、私とルーのやり取りに何かを見出だしたのかもしれない。──聞くに聞けなかったけど。
土の月になった。
これまで二月降り続いた雪の、漸く雪解けの季節である。
ちなみに、私は先月父を治療した後、一週間程昏睡状態だった。
原因は大した事ない、魔力欠乏。
でもさすがに八歳の身体に負担が大きかったのか、それとも必要以上の魔力消失だったのか。
目覚めた後の脱力感が半端なく、それから動けるまでにまた同等の日数を必要とした。──もう無理するのは止めよう。
その間、当然ルーと顔を合わせる事が殆ど出来なかった。未成年とはいえ、女の子の寝室に男児立ち入るべからずだったものある。
そして部屋から出た瞬間、私にベッタリとくっついたルー。もう、トイレにも行かせてもらえない程に、酷い甘え具合だった。
あれはもう、精神的に病んでいたのだろう。私の姿が見えなくなると怯え、長時間になると取り乱し錯乱状態になる。傍に私がいると、いつものルーでいられるのだ。
ニザや母でもダメで、一時期は睡眠もまともに取れていなかったとの事。
何とか落ち着かせ、私が寝かしつければ眠ってくれるのだが、一度目覚めると私の部屋の前に座り込んで動かない。
幾度となく部屋の外でルーを発見して、飛び上がりそうな程に驚いた。
「ルー、今日は剣術の練習は?」
「………………エフェ姉ちゃんは?」
あれ程好んで行っていた剣術すら、私と距離をおく事が嫌なのか行くのを渋る。
せっかくついてきた基礎も筋肉も、このままではダメになりそうな勢いだった。
「ルーは剣術の練習、嫌い?」
「…………………………嫌いじゃ、ない」
「私と剣術の練習する?」
「だ、ダメっ」
「どうして?」
「け、怪我をしちゃうから」
「私は怪我を治せるよ?」
「そ、それでもダメっ。い、痛いの……ダメだから」
ソファーに座ったまま、隙間がない程にベッタリとくっついたルーの頭を優しく撫でる。
私を心配するルーは、私が痛みを受ける事を心配しているのか、それとも治癒魔法を行って倒れてしまう事を心配しているのか。
たぶん両方なのだろうけれど、私としてはこのままルーがダメになってしまう事が心配だった。
「私はね……始め、ルーが剣術を身に付ける事が心配だったの。まだ小さいのに、とか。怪我をしてしまわないか、とか。でもね。毎日ルーの剣術練習を見ていて、あぁ、動きが良くなったな。体つきがしっかりしてきたな。重心の取り方も上手くなったな。……そんな風に、貴方の成長をとても頼もしく思っていたの」
独り言のように呟きながら、大人しい猫のように撫でられているルーを見る。
私の言葉を聞いて、ちゃんと理解しているのだろう。耳が赤くなっていた。──可愛い。
そして再び視線を前方の窓の外へ向け、私は可愛い弟への言葉を紡ぐ。
「雪が溶けたら、また窓の外のルーを見ながら朝の空気を吸って。それから、ルーと朝一番の挨拶をして……。毎日そんな日が続くと思っていたけど、ルーが嫌なら」
「続くもん。嫌じゃないしっ」
私の言葉を遮るように、ガバッと頭を起こしたルーが叫んだ。
視線をこちらへ向けてはくれないけれど、首まで真っ赤になっているのは良く分かる。
もう大丈夫だろうと、私は自然と柔らかな笑みが浮かんだ。
「だから……っ」
立ち上がって振り返ったルーだったけれど、私を見て目を見開いて硬直する。そしてこれ以上ない程赤面しながら、腕で顔を隠すように視線を背けた。
その挙動に、私は驚きのあまり対処が出来ない。
赤面する理由として、照れからきている事は分かる。──散々煽ったから。
けれども、視線を反らされた理由は何故だろうか。私は見ていられない程、変な顔をしていたのだろうか。
「ルー?」
「だ、大丈夫だからっ。もう行くっ」
問い掛けた私を避けるように、ルーはそのまま駆け出す。
差し出した私の手が宙に止まった。
「明日からまた剣術するから」
けれども扉の前で立ち止まると、こちらを振り返る事なくそれだけを告げた。
そしてそのまま静かに退出してしまう。
「え……?」
私は呆然と、ルーが閉めていった扉を見つめた。
意味が分からず、一方の手を伸ばしたまま必死に思考を巡らす。──何かしてしまっただろうか。
「お坊っちゃまは、一つ階段を上ったのですね」
「えっ?」
「ふふふ……。お疲れ様でした、お嬢様。もう一杯、お茶をお飲みになられますか?」
「………………うん」
いつの間に傍へ来たのか、それまで壁のように静かに佇んでいた家政婦さんがいた。そして混乱したままでいた私の手を、優しく触れながら下ろしてくれる。
私を労ってくれるのは分かるけれど、何故だか腑に落ちない感があった。
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