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第一章

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◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 木の月ツナーが終わり、闇の月ヒリラがやってきた。
 木々の葉はほとんど落ちていて、空はいつも灰色が広がっている。そろそろ雪が降りそうだ。

 寒くなってきたけど、相変わらずルーは外で剣術の練習をしている。
 私は夢を書き起こす作業をしてから、窓を開けての深呼吸。そして中庭を見下ろしながら、しばらくルーの剣術練習を見る事が日課となっていた。
 さすがに男の子なだけあって、二歳より三歳。そして四歳と、成長と共に体つきがしっかりしてくる。──あ、変な目で見てないから。あくまでもママ視点だから。

「あ、エフェ姉ちゃんおはようっ」
「おはよう、ルー」

 こうして朝一番の挨拶を交わすのも、何より大切な日課となっていた。
 そうしてしばらくルーの練習風景を見ていると、彼が木刀を振った弾みで体勢を崩した。

「あっ」
 ズサッ。

 思い切り前のめりに倒れるルーを見て、私は即座に階下の中庭へ駆け出す。
 途中で掃除をしていた家政婦さんにぶつかりそうになって、飛び退く程驚かせてしまった。

「ごめんなさいっ」

 走りながらとりあえず謝罪しつつ、それでも足を止める事なく階下に降り立つ。
 そして再び走り出した私は、勢い良く中庭に通じる扉を開いた。

「ルー!」

 私の叫び声に、ルーと練習相手をしてくれている警備兵の一人が視線を向けてくる。
 地面にお尻をついたままのルーは、膝を抱えるようにしていた。

「『痛いの痛いの飛んでいけ~』」

 すぐさまルーに駆け寄った私は、彼の状態を確認すると治癒魔法を放つ。
 怪我自体は両掌の擦り傷、左膝の擦り傷とわずかな裂傷だ。ついでに、右掌の肉刺マメも治療する。

「ありがとう、エフェ姉ちゃん」
「大丈夫?痛かったね」
「ううん、もう平気」

 治癒魔法を終えた私は、ルーを思い切り抱き締めた。
 怪我が治っても、痛かった事実は失くならない。傷痕すら残っていない今でもだ。

 私は自分が怪我をたくさんする事で、治癒魔法が上手くなった。発動時間も治癒速度も、それこそそこらのお医者さんと比べて遜色ないと自負している。
 勿論『八歳にしては』だし、何でも治せる訳ではないと思う。その辺りは注意しないと、慢心に繋がるから気を付けないといけない。

「すみません、私がもう少し気を付けていれば良かったです」
「大丈夫です。いつもルーの相手をしてくれてありがとうございます。ザムさんが相手をしてくれる時は、毎回楽しそうにルーが剣術を練習している事を知っていますから」
「うん、セパは一番ぼくの剣を受けてくれるんだよっ」

 申し訳なさそうに謝罪してくる警備兵のセパーゴ・ザムさん。通常の仕事外で、好意でルーの相手をしてくれているのだ。
 そして彼等の中では、一番ルーが懐いているのは見ていれば分かる。
 楽しんでいる分、ルーが少し羽目を外して怪我をしてしまっただけだ。

 警備兵の四名は、時間差で交代警備をおこなっている。
 その休憩の間に、雇い主側とは言え、お子様であるルーの相手をするのは大変だと思う。体格は当然違うし、そもそも怪我をさせてしまってはと変に緊張してしまう事もあるだろう。
 そこは私の登場だ。
 渋る彼等に、仮にルーが怪我をしても、すぐさま駆け付けると約束したのである。ちなみに、初めはルーが一人で草木を相手に木の枝を振り回していた。

「とても助かっています。きちんとした形を教えて下さるので、ルーに変な癖がつく前に学ぶ事が出来ていますから」
「あ、いえ……。そんな、恐縮です。というかいつも言いますが、我々にお嬢様が敬語でお話になる必要はありません」
「いいえ、それは違います。貴殿方は御父様が警備として雇用されている方々。私はルーの剣術の先生として、大した報酬もなくお願いしている身です。本当にいつもありがとうございます」
「あ、いえ……その……はい」
「大丈夫、セパ。エフェ姉ちゃんはかんよ~だから」
「ちょっと、ルー。その物言いは違いますよ」
「そうなのぉ?」

 そんなやり取りをしていると、チラリチラリと白いものが舞い落ちてきた。雪だ。
 とうとう、雪が降り始めたのである。
 この辺りは闇の月ヒリラから光の月タリナにかけて、かなりの積雪がある。特に光の月タリナの頃は積雪量が半端なく、気を抜くと雪に埋もれて二階から出入りしないとならなくなるのだ。

「降ってきましたね」
「そうですね。これからは一段とお仕事が大変になると思います。ルー、雪の間はザムさん達との剣術練習はお休みね?」
「うん、分かった。テヒとする 」
「えぇ、ノチュドーさんには私からもお願いしてみるわね。そういう事で、ザムさん。また暖かくなってからお願いします」
「あ、はい。御気遣い痛み入ります」

 そんなやり取りを経て、私はルーを促すように屋内へ入る。

「さぁ、ルー。朝食前に、汚れを落として着替えておいで」
「うん、そうする~」

 素直なルーはそう元気に返事をすると、パタパタと走っていった。
 私も、さっき迷惑を掛けてしまった家政婦さんに、ちゃんと謝罪して来ないとならない。あと、執事のテヒ・ノチュドーさんにルーの剣術練習をお願いしなくては。
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