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第一章
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◆ ◆ ◆ ◆ ◆
また夫が仕事を辞めてきた。これで何回目だろう。
最近首が据わってきた子供が、私の動揺を悟ってかグズリ始めた。──ダメよ、おっぱいをあげている途中だったわね。
結婚してエモを授かるまでは、まだ良かった。妊娠してから聞いた話では、学院を卒業してから就いた職、何と五社。──正直、耳を疑ったわ。
学院を卒業するのが十六歳になる歳の春。街で行われる花開く風を経て、平民の私達はそれぞれ職に就くのだ。
私は木属性の魔力を持っていて、幼い頃から治癒魔法が得意だった事もあり、治療院へ無事就職。その時の彼は、確か火属性の魔力を買われて鍛冶屋に就職したと思ったけど。
そして私達、十八歳で結婚したのではなかったかしら。
「あの腐れ上司、路地裏で出会ったら覚えておけよっ」
いつものように始まった勤務先の人間関係への罵詈雑言に、私は静かに溜め息を吐いた。
本当に路地裏で会ったら、実際にどうだと言うのかしら。見た目は厳ついこの人、結構な小心者なんだけど。
っていうか三年で五社。実質、再会するまで三年もなかった筈なのに五社──。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
目が覚めた私は、大きな溜め息を吐く。
最近物凄く思うんだけど。完全に覚えている楽しくもない夢って、悪夢と言っても間違いはないのかもしれない。
この前七歳になった私は、ベッドから起き上がるとすぐ、机に向かって筆を走らせた。
これは嫌な事を一日抱えていたくないからで。夢の内容を紙に書き起こして、窓を開けてから深呼吸をする。こうして、夢を見ていた時の引き摺りそうになる感情をスッパリと切り替えるのだ。
「エフェ姉ちゃん、おはよ~」
「ルー?おはよう、早いのね~」
窓の外、中庭から私を呼ぶ声に視線を向ける。最近のルーは、いつの頃からか剣術を学び始めていたのだ。
確か水属性の魔力に目覚めたらしいけど。それに聞くところによると、氷系統が得意らしい。──うん、キリッと凛々しい男に育ってほしいものね。
魔力属性は七種類だけれど、それぞれの属性に含まれる系統の幅が広いようだった。
私は使う頻度的にも治癒魔法が得意ではあるけれど、植物の成長促進や何もない場所から樹木を発生させるなどの『木』属性としての本来の能力がある。それと同じように、『水』属性の中には水だけではなく、氷や蒸気も含まれるのだ。
つまりは属性とはあくまでも大雑把な種別であって、能力者本人の力量とは関係がない。水で火が消せるのと同じように、火で水を蒸発して消し去る事が出来るのと同義だ。
属性の相性だけで強者は判別出来ず、魔力量や技術量、本人の資質によって大きく変化するもの。これが分かっていないと、実際の戦闘では確実に先に逝く側になるのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ルーはどうして、最近剣術を学んでいるのかしら」
「それは……えっと、僕は男の子だからね。何かあった時、ちゃんと守りたいものを守れるようにね」
食事時に何気なく問い掛けた言葉に、ルーはそう返してくる。
『守りたいもの』が何かは分からないけど、ルーも次の誕生月が来ればもう四歳だ。私と同じようにあまり家から出ないけれど、私が知らないだけで好きな人でも出来たのかもしれない。もしくは、母とか。
私は相変わらず両親が好きではないけれど、姉のニザと弟のルーは母親にべったりだ。父は基本的に仕事人間だから、家族と接する時間は極端に短いけれど、それでも唯一の男児であるルーには興味を向けているように感じる。
予備の私にはあまり関係がないし、どうしたって家を継ぐのはルーだから。私が家族の中で一番好きなルーには、一番幸せになってほしい。
剣術が何故必要なのかは分からないけれど、ルーが好きでしているのなら私には全く反対する理由がないのだ。
「なあに、ルンサコ。もしかして好きな人でも出来たのぉ?」
「ち、違うっ」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、ニザがルーに問い掛ける。──そんな聞き方したら、誰だって答えたくなくなるじゃない。
そして私の予想通り、ルーは顔を真っ赤にしながら、ニザに対して牙を剥くように叫んだ。
それすらも可愛いのだけれど、三歳児だとはいえども男の子である。彼の矜持を傷付けて良い筈もない。
「御姉様。ルーに対して失礼です」
「何よぉ。エフェってば、良いお姉さんぶっちゃってぇ」
「ニザ姉ちゃん、意地悪だもん」
プゥッと頬を膨らませてニザから顔を背けるルーだ。
ニザもからかった物言いをしてはいるが、ルーの事を嫌っている訳ではない──と思う。私も事あるごとにされる立場だから、これはもう彼女の性格なのだ。
「ルー、大丈夫よ。私も色々と言われるから、貴方の事を嫌っている訳ではないわ?」
「そうなの?」
「あら、失礼ね。私が誰彼構わず、苛めているような言い方をしないでほしいわっ」
怒った口調でそう言いながらも、ニザはニヤニヤとした笑みを隠さない。
本当にもう、どっちが子供なんだか。これでも来年には星降る祭を受ける。もう少し考え方を成長させてほしいものだと思えてしまった。
また夫が仕事を辞めてきた。これで何回目だろう。
最近首が据わってきた子供が、私の動揺を悟ってかグズリ始めた。──ダメよ、おっぱいをあげている途中だったわね。
結婚してエモを授かるまでは、まだ良かった。妊娠してから聞いた話では、学院を卒業してから就いた職、何と五社。──正直、耳を疑ったわ。
学院を卒業するのが十六歳になる歳の春。街で行われる花開く風を経て、平民の私達はそれぞれ職に就くのだ。
私は木属性の魔力を持っていて、幼い頃から治癒魔法が得意だった事もあり、治療院へ無事就職。その時の彼は、確か火属性の魔力を買われて鍛冶屋に就職したと思ったけど。
そして私達、十八歳で結婚したのではなかったかしら。
「あの腐れ上司、路地裏で出会ったら覚えておけよっ」
いつものように始まった勤務先の人間関係への罵詈雑言に、私は静かに溜め息を吐いた。
本当に路地裏で会ったら、実際にどうだと言うのかしら。見た目は厳ついこの人、結構な小心者なんだけど。
っていうか三年で五社。実質、再会するまで三年もなかった筈なのに五社──。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
目が覚めた私は、大きな溜め息を吐く。
最近物凄く思うんだけど。完全に覚えている楽しくもない夢って、悪夢と言っても間違いはないのかもしれない。
この前七歳になった私は、ベッドから起き上がるとすぐ、机に向かって筆を走らせた。
これは嫌な事を一日抱えていたくないからで。夢の内容を紙に書き起こして、窓を開けてから深呼吸をする。こうして、夢を見ていた時の引き摺りそうになる感情をスッパリと切り替えるのだ。
「エフェ姉ちゃん、おはよ~」
「ルー?おはよう、早いのね~」
窓の外、中庭から私を呼ぶ声に視線を向ける。最近のルーは、いつの頃からか剣術を学び始めていたのだ。
確か水属性の魔力に目覚めたらしいけど。それに聞くところによると、氷系統が得意らしい。──うん、キリッと凛々しい男に育ってほしいものね。
魔力属性は七種類だけれど、それぞれの属性に含まれる系統の幅が広いようだった。
私は使う頻度的にも治癒魔法が得意ではあるけれど、植物の成長促進や何もない場所から樹木を発生させるなどの『木』属性としての本来の能力がある。それと同じように、『水』属性の中には水だけではなく、氷や蒸気も含まれるのだ。
つまりは属性とはあくまでも大雑把な種別であって、能力者本人の力量とは関係がない。水で火が消せるのと同じように、火で水を蒸発して消し去る事が出来るのと同義だ。
属性の相性だけで強者は判別出来ず、魔力量や技術量、本人の資質によって大きく変化するもの。これが分かっていないと、実際の戦闘では確実に先に逝く側になるのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ルーはどうして、最近剣術を学んでいるのかしら」
「それは……えっと、僕は男の子だからね。何かあった時、ちゃんと守りたいものを守れるようにね」
食事時に何気なく問い掛けた言葉に、ルーはそう返してくる。
『守りたいもの』が何かは分からないけど、ルーも次の誕生月が来ればもう四歳だ。私と同じようにあまり家から出ないけれど、私が知らないだけで好きな人でも出来たのかもしれない。もしくは、母とか。
私は相変わらず両親が好きではないけれど、姉のニザと弟のルーは母親にべったりだ。父は基本的に仕事人間だから、家族と接する時間は極端に短いけれど、それでも唯一の男児であるルーには興味を向けているように感じる。
予備の私にはあまり関係がないし、どうしたって家を継ぐのはルーだから。私が家族の中で一番好きなルーには、一番幸せになってほしい。
剣術が何故必要なのかは分からないけれど、ルーが好きでしているのなら私には全く反対する理由がないのだ。
「なあに、ルンサコ。もしかして好きな人でも出来たのぉ?」
「ち、違うっ」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、ニザがルーに問い掛ける。──そんな聞き方したら、誰だって答えたくなくなるじゃない。
そして私の予想通り、ルーは顔を真っ赤にしながら、ニザに対して牙を剥くように叫んだ。
それすらも可愛いのだけれど、三歳児だとはいえども男の子である。彼の矜持を傷付けて良い筈もない。
「御姉様。ルーに対して失礼です」
「何よぉ。エフェってば、良いお姉さんぶっちゃってぇ」
「ニザ姉ちゃん、意地悪だもん」
プゥッと頬を膨らませてニザから顔を背けるルーだ。
ニザもからかった物言いをしてはいるが、ルーの事を嫌っている訳ではない──と思う。私も事あるごとにされる立場だから、これはもう彼女の性格なのだ。
「ルー、大丈夫よ。私も色々と言われるから、貴方の事を嫌っている訳ではないわ?」
「そうなの?」
「あら、失礼ね。私が誰彼構わず、苛めているような言い方をしないでほしいわっ」
怒った口調でそう言いながらも、ニザはニヤニヤとした笑みを隠さない。
本当にもう、どっちが子供なんだか。これでも来年には星降る祭を受ける。もう少し考え方を成長させてほしいものだと思えてしまった。
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