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旅行編──第十一章『弾けて光って花開く』──
その92。一人暮らしと旅行の経緯
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※ ※ ※ ※ ※
そうして参拝を終えた今、再び車で一時間程の移動である。
海へ近付くにつれ、美鈴が楽しそうに外の景色へ視線を向けている事に脩一は気付いていた。
「……美鈴は本当に海が好きなんだな」
「あ、うん。お父さんが海が好きな人で、子供の頃は年に一回、海へ泳ぎに行ってたの。家族旅行と言ったら海水浴って感じでね」
「あぁ……。だから、海と言えば『泳ぐ』だったんだな」
脩一は、初めて聞く美鈴の思い出話に、楽しく思いながら耳を傾ける。
美鈴はあまり家族の会話をしない為、脩一も自分から聞かないようにしていたのだ。
「そうなの。……まぁ、それも小学校高学年になるまでだけどね。思春期故か、その頃から両親の事を好きではなくなって……。ずっと家を出たくて、就職後すぐに一人暮らし先も自分で探したくらいだし」
「……会社の寮には入らなかったのか?」
「元々は寮に入るつもりだったんだけどね。……新人研修の時に初めて、私は入れないって知って」
「あ~……、美鈴の時は寮希望者が多かったって聞いた事がある」
彼女へ応じながらも、脩一は僅かに苦い顔をする。
当時の彼女を知って同情すると同時に、美鈴の家族仲が心配になったのだ。
Albaは全国から社員を募集する企業である為、配属先となる各支店には社員寮が完備されていた。しかしながら定員数の関係から、希望者全員が入寮出来る訳ではない。──従って、地図上での距離から選別がなされてしまうのだ。
そして新人研修とは、入社した日から一週間を掛けて行われる教育課程である。各支店への配属はその後になる為、同期一同が集まる最初で最後の期間だった。
「ってか、一年目に一人暮らし始めたんだ?」
「うん、通勤時間が乗り換え含めて二時間とかで。日の入り、日の出をバスの車内から見るのって辛すぎ」
「二時間はキツいな。俺は実家通いだったけど、一時間掛からなかった。まぁ……ストーカー事件の後から営業担当になった事もあって、防犯強化の意味を含めて一人暮らしを始めたんだけど」
脩一の一人暮らしは、完全にセキュリティの為だ。費用は嵩むものの、コンセルジュ付きの物件を選んだ事もそれが理由である。
幸いにして脩一は、父親からの言で財力を有していた。学生時代から株に投資をしていた為、今ではサラリーより多い。
「脩一さんの一人暮らし先はセレブだもん」
「くくくっ……それ、何度も言うよな。だから美鈴にも、一緒に住もうって言ってるじゃないか」
「そ、それはダメ。私が強欲になる。働かずに、脩一さんのヒモになったらどうするのっ」
「なっても良いさ、美鈴なら」
「脩一さんが私をダメ人間にする~」
助手席でパタパタと手を振る美鈴だが、脩一としては毎日彼女に会えると考えただけで幸福感に包まれた。
同じ社内の同じ階に勤務しているとはいえども、外回りと内勤者では擦れ違いが多い。
「マジで家事とかしなくて良い。飯も俺が作るし、何なら家政婦を雇っても良いな。だから俺と結婚してくれ。すぐに一緒に住もう」
「えっ、えぇっ!いきなりっ?……って、結婚する事は互いに承諾済みじゃないの。何でまた?」
「いきなりじゃねぇし。段取り飛ばすなって言われてるから……」
この旅行期間中──毎日、朝から寝るまで美鈴と一緒にいる事が出来るのだ。
まだ二日目ではあるが、脩一はこの日々がこれからもずっと続いて欲しいと本気で思っている。
「段取り?」
「あ~……、父さんから」
「脩一さんのお父さん?え?どういう事?」
「…………あぁ、もう~かっこつかないな、俺。はぁ……父さんには、暴走しがちな俺のストッパーになられてる」
「ストッパー……」
「美鈴と正式に交際を開始してすぐ、父さんからは同棲を認めない、婚姻するまでは待てと言われた。手を出すなとは言われてないけど、それすらも手順を踏めってな」
──正直、んな事これまで一度も言われた事がなかったのに。
運転しつつも、脩一は父親を思い浮かべて苦い顔になった。
交際相手に口を出された事も初めてならば、同棲などのプライベートに口を挟まれた事も初めてである。母親とは違い、基本的に放任主義だった筈なのだ。
──いや、多分……俺から美鈴を守る為だろうけど。まぁ……それでも、今回の旅行には許可が出たな。ってか子供じゃねぇんだし、二人きりの旅行にまで口を出すってどうなのさ。それにまだヤってないって聞いた後の、あの痛々しい視線……。無理矢理言わされた俺の気持ちも少しは考えろってのっ。
『確かに段取りは踏むように言ったけどもね?……脩一。本当に不能になった訳ではないのだよね?』
『っ、ちげぇっての!』
『良いよ。行っておいで、旅行。しっかり、頑張ってな』
『だからぁ!旅行は行くけど……、その目はやめろってのっ。ってか何だよ、その手はぁ!』
そんなやり取りを思い出し、大きく溜め息を吐いた脩一である。
「な、何だか大変?なのね……」
美鈴は疲れた様子の脩一に、小首を傾げながらも同情的な言葉を続けたのだった。
そうして参拝を終えた今、再び車で一時間程の移動である。
海へ近付くにつれ、美鈴が楽しそうに外の景色へ視線を向けている事に脩一は気付いていた。
「……美鈴は本当に海が好きなんだな」
「あ、うん。お父さんが海が好きな人で、子供の頃は年に一回、海へ泳ぎに行ってたの。家族旅行と言ったら海水浴って感じでね」
「あぁ……。だから、海と言えば『泳ぐ』だったんだな」
脩一は、初めて聞く美鈴の思い出話に、楽しく思いながら耳を傾ける。
美鈴はあまり家族の会話をしない為、脩一も自分から聞かないようにしていたのだ。
「そうなの。……まぁ、それも小学校高学年になるまでだけどね。思春期故か、その頃から両親の事を好きではなくなって……。ずっと家を出たくて、就職後すぐに一人暮らし先も自分で探したくらいだし」
「……会社の寮には入らなかったのか?」
「元々は寮に入るつもりだったんだけどね。……新人研修の時に初めて、私は入れないって知って」
「あ~……、美鈴の時は寮希望者が多かったって聞いた事がある」
彼女へ応じながらも、脩一は僅かに苦い顔をする。
当時の彼女を知って同情すると同時に、美鈴の家族仲が心配になったのだ。
Albaは全国から社員を募集する企業である為、配属先となる各支店には社員寮が完備されていた。しかしながら定員数の関係から、希望者全員が入寮出来る訳ではない。──従って、地図上での距離から選別がなされてしまうのだ。
そして新人研修とは、入社した日から一週間を掛けて行われる教育課程である。各支店への配属はその後になる為、同期一同が集まる最初で最後の期間だった。
「ってか、一年目に一人暮らし始めたんだ?」
「うん、通勤時間が乗り換え含めて二時間とかで。日の入り、日の出をバスの車内から見るのって辛すぎ」
「二時間はキツいな。俺は実家通いだったけど、一時間掛からなかった。まぁ……ストーカー事件の後から営業担当になった事もあって、防犯強化の意味を含めて一人暮らしを始めたんだけど」
脩一の一人暮らしは、完全にセキュリティの為だ。費用は嵩むものの、コンセルジュ付きの物件を選んだ事もそれが理由である。
幸いにして脩一は、父親からの言で財力を有していた。学生時代から株に投資をしていた為、今ではサラリーより多い。
「脩一さんの一人暮らし先はセレブだもん」
「くくくっ……それ、何度も言うよな。だから美鈴にも、一緒に住もうって言ってるじゃないか」
「そ、それはダメ。私が強欲になる。働かずに、脩一さんのヒモになったらどうするのっ」
「なっても良いさ、美鈴なら」
「脩一さんが私をダメ人間にする~」
助手席でパタパタと手を振る美鈴だが、脩一としては毎日彼女に会えると考えただけで幸福感に包まれた。
同じ社内の同じ階に勤務しているとはいえども、外回りと内勤者では擦れ違いが多い。
「マジで家事とかしなくて良い。飯も俺が作るし、何なら家政婦を雇っても良いな。だから俺と結婚してくれ。すぐに一緒に住もう」
「えっ、えぇっ!いきなりっ?……って、結婚する事は互いに承諾済みじゃないの。何でまた?」
「いきなりじゃねぇし。段取り飛ばすなって言われてるから……」
この旅行期間中──毎日、朝から寝るまで美鈴と一緒にいる事が出来るのだ。
まだ二日目ではあるが、脩一はこの日々がこれからもずっと続いて欲しいと本気で思っている。
「段取り?」
「あ~……、父さんから」
「脩一さんのお父さん?え?どういう事?」
「…………あぁ、もう~かっこつかないな、俺。はぁ……父さんには、暴走しがちな俺のストッパーになられてる」
「ストッパー……」
「美鈴と正式に交際を開始してすぐ、父さんからは同棲を認めない、婚姻するまでは待てと言われた。手を出すなとは言われてないけど、それすらも手順を踏めってな」
──正直、んな事これまで一度も言われた事がなかったのに。
運転しつつも、脩一は父親を思い浮かべて苦い顔になった。
交際相手に口を出された事も初めてならば、同棲などのプライベートに口を挟まれた事も初めてである。母親とは違い、基本的に放任主義だった筈なのだ。
──いや、多分……俺から美鈴を守る為だろうけど。まぁ……それでも、今回の旅行には許可が出たな。ってか子供じゃねぇんだし、二人きりの旅行にまで口を出すってどうなのさ。それにまだヤってないって聞いた後の、あの痛々しい視線……。無理矢理言わされた俺の気持ちも少しは考えろってのっ。
『確かに段取りは踏むように言ったけどもね?……脩一。本当に不能になった訳ではないのだよね?』
『っ、ちげぇっての!』
『良いよ。行っておいで、旅行。しっかり、頑張ってな』
『だからぁ!旅行は行くけど……、その目はやめろってのっ。ってか何だよ、その手はぁ!』
そんなやり取りを思い出し、大きく溜め息を吐いた脩一である。
「な、何だか大変?なのね……」
美鈴は疲れた様子の脩一に、小首を傾げながらも同情的な言葉を続けたのだった。
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