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旅行編──第十章『浮いて飛んで羽ばたいて』──

その83。溺愛と本音

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 ※ ※ ※ ※ ※

 かえる寺から車で十分程走り、旅行初日の宿泊先に到着だ。
 ここは健康を守るローマ女神の名前をつけられた温泉施設で、宿泊施設も兼ね備えている。
 予約した部屋には半露天風呂タイプのいわゆる外風呂が備えられていて、泉質はアルカリ性単純温泉の掛け流しだ。部屋の広さも十畳あり、室内でゆったりする事が出来る。

 脩一しゅういちは今回の旅行に、普段以上の気を配っていた。交際初の旅行であり、更には美鈴みすずとの関係をもう一歩進めたい。
 その為、美鈴との時間や仕事以外の時間を全て使い、かなり念入りに今回の旅程を決めた。移動時間までしっかりと確認している為、もはやツアープランのようになっている。
 過去に交際をした女性達とは違い、脩一はこれまでにない程、美鈴を大切にしていた。

 一つは恋人関係を開始してからというもの、美鈴に対しておこな執拗しつようなまでの愛情表現だ。──愛情表現とは、愛情を抱いている相手に対し、好きな気持ち、愛している気持ちを伝える行為全般の事を指す。
 これまでの脩一は羞恥心もあるが、そも伝える必要性を感じていなかった。
 相手側からの告白で交際を始める事もあり、ないがしろにしたりするつもりはないが、言わなくても分かっているだろうとあえて言葉や行動で表現しない。──今思えば、結果的にそれが『女性側から別れを切り出される』原因になっていたのだ。

 そして、肉体関係に関しての忍耐である。
 美鈴とは、バードキスからディープキスまで一月ひとつき。それ以上のれ合いが始まって、また一月ひとつき近くだ。過去の脩一はこれ程の長い期間、交際相手がいるのに性行為セックス──当然ながら本番──をしない事はなかった。
 基本的に男性側は発散したい。快楽を求める感情が強い為、それ・・自体をやめる事は出来ないのだが、今は美鈴の身体を『開発』する事につとめていた。──脩一は行為自体で、少しの苦痛や嫌悪感も美鈴に感じてほしくないからである。

 そうして今回の旅行だ。
 本番セックスがしたい。

 当然、無理なら諦めるつもりはある。──今のところ、だが。

「凄い……。脩一さん、部屋に露天風呂があるんだけどっ」
「あぁ、ゆっくりとお湯に入れるだろ?」
「うんっ」

 部屋に案内され、一通ひととお仲居なかいから説明が終わった後だ。
 名目めいもくとしては家族風呂だが、部屋ごとに半露天風呂外風呂のタイプが異なる。勿論大浴場もあるが、それはそれだ。
 ひとまず美鈴には喜んでもらえたらしい。脩一はそれだけで笑みがこぼれた。

十九時しちじから食事にしてあるから、風呂は後でな」
「うん、そうするぅ。とりあえず写真撮って、萌枝もえちゃんにLINEしようっ」
「何だ、惚気のろけメールか?」
「違うもんっ。いつも萌枝もえちゃんから『想い出LINE』もらってるから、お返しだよ?」

 美鈴はそう言いながら、楽しそうに携帯であちらこちらを撮影している。
 『いつも』というからに、彼女の同期である大野萌枝から頻繁にそういったメールを受け取っていると察する事が出来た。

「あのな、美鈴。自分の配偶者や恋人などとの仲を、人前で得意になって話す事を惚気のろけるって言うんだ。それを見聞きして、美鈴は嫌な気持ちにならなかったのか?」
「え?全然。仲良いんだな~って、聞いてて楽しい」
「………………そういう美鈴が好きだな」
「え、何?突然……。バカにしてる?」
「まさか。本気で美鈴が好き。愛してる」
「な……どうしたの、脩一さん。そりゃ私も脩一さんの事が大好きだけど、とりあえず写メ送らせて」
「……つれないなぁ」

 脩一が抱き締めて頭頂部にキスを降らせても、美鈴は携帯を放さない。それどころか逆に、邪魔をするなとばかりに軽く胸を押し退けられる始末だった。
 この一月ひとつきで脩一が知った事だが──美鈴は人前ひとまえでは酷く赤面して狼狽うろたえるのに、二人きりで個室にいる場合はそれ程でもない。特に何かをしている最中にちょっかいを掛けても、大概は脩一があしらわれるのだった。

 ──猫っぽいっていうのかなぁ。甘えてり寄ってくる時とそうでない時の格差が激しい……。まぁ、そういうところも可愛いし、愛らしいんだけどな。
「分かったよ。けど、その後は俺も構ってくれよ?」
「うん、分かってる~」

 苦笑しつつもそう告げれば、美鈴から予想通りの返答がくる。
 脩一が感じるに、美鈴は終始ベッタリとくっついていたいというタイプではないようだ。いまだ互いの距離感を見ている部分もあり、それが遠慮なのか警戒なのかは見極めが難しい。
 逆に脩一は、既に美鈴がパーソナルスペースに入っている段階だ。それなので当然のようにもっと近付きたいし、れ合いたい。

 ──それでも嫌われたくないからな。俺としては、常に美鈴を観察して研究しないと。

 せわしく動き回る美鈴を見つめながら、脩一は彼女の新たな一面を探すのだった。
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