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旅行編──第十章『浮いて飛んで羽ばたいて』──
その82。川下りとかえる
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※ ※ ※ ※ ※
特に大きな揺れ等もなく、無事に機体が着陸する。
美鈴はホッと胸を撫で下ろし、肩から力を抜いた。
「着いたな。大丈夫か?具合が悪いとかないか?」
「うん、大丈夫。ありがとう、脩一さん」
着陸態勢に入るとアナウンスが入った途端、美鈴はそれまでの楽しかった空の旅が急に現実味を帯びるのを感じた。つまり、恐怖を思い出したのである。
思わず助けを乞うような視線で脩一を見つめたのだが、彼は柔らかな笑みを浮かべて手を差し出してきたのだ。
「シートベルトがなければ、美鈴を抱き締めていられたんだけどね」
「むぅ。脩一さんが余裕過ぎて、私がお子様みたいで何か嫌」
「可愛いから、別にそれでも構わないのに」
「うぅ…………でも手を握っててくれて、凄く安心感があった。ありがとう」
「どういたしまして」
美鈴は必要以上に怖がっている自分を分かっているものの、それを押さえ付ける事が出来ない苛立ちもある。
それでも脩一は『そうであっても良い』と認めてくれて、これ以上ない程に甘やかしてくれた。
普通なら『面倒だから』と、早々に見限られそうなのに──と美鈴は思っている。もしくは、こちら側の感情を無視した強要だ。
見限ってくるような短慮な相手であれば、そも交際にすら発展していないだろう。多いのはやはり後者か。こちらを慮る体で変わる事を押し付け、出来ないのかと愚弄してくる場合だ。
けれども目の前の脩一は、その笑みに嘲りを一切乗せていなかった。
この様に無条件に向けられる情は、正しく『愛』なのだろう。美鈴には分からなかったそれが、脩一と共にいると事ある毎に感じられるのだった。
※ ※ ※ ※ ※
空港を後にした二人は、脩一の運転するレンタカーで高速道路を走る。そうして一時間程で、本日一つ目の目的地に到着した。
「川下り?」
「そ。ここは詩人で童謡作家の故郷なんだけどな。『水路のまち』と呼ばれる程、市全体に堀が巡っているらしい」
「へぇ~、それ程に水が綺麗なんだね」
「あぁ、一時間程の舟旅だ。ほら、行こうか」
「うんっ」
乗船場の駐車場にレンタカーを停め、脩一の差し出してくれた手を握って受付へ向かう。
乗船定員は二十二名で、美鈴が思ったより大きかった。舟は船頭が竿で操縦するもので、その案内を聞きながらゆったりとした川下りを楽しむ。
太陽が気になる場合は、頭に被るタイプの日笠を有料で借りる事が出来るようだ。美鈴は借りなかったが、堀の周囲を覆う木々が程よい木陰を作ってくれる為に心地好い。
舟を降りた後も近くに詩人の生家や藩主の別邸などがあり、二人でゆっくりと歩きながら散策をした。
※ ※ ※ ※ ※
「か、かえるが……いっぱい……。風鈴も、凄い可愛いっ」
「くくくっ、気に入ったようだな」
川下りを終え、再び高速道路を使って一時間程の場所に移動している。
ここは天平年間に創建された由緒ある寺だが、境内にはカエルの石像や置物が五千点以上あるというのだ。同時に六月から九月までの間は、風鈴まつりが開催されている。
「この風鈴は持って帰る為じゃなくて、願い事を書いて奉納する為なのね」
「そうみたいだな。これだけの数があるとカエルだけじゃなく、風鈴にも圧倒されるな」
「うん、音色がとても綺麗~。カエルの顔もどれも違って、目にも耳にも楽しい場所だね」
自然と二人で手を繋いで歩く中、風鈴まつり中なだけあり、一度風が吹けば数多くの風鈴が鳴り響いた。
「風鈴の紙の部分がカラフルだねっ」
「あぁ……あの名前はちゃんとあって、短冊。で、風鈴に当たって音を鳴らす為の部分は『舌』っていう。漢字で舌、ベロと同じだ」
「えっ、凄っ」
「くくくっ、さっき調べた」
「んもう、物知り~って感心しちゃったじゃない。私なんかどう呼ぶのか分からなくて、そのまま言ったのにぃ」
願いが書き込まれている部分の蘊蓄を披露し、驚きの美鈴へ携帯の画面を見せる脩一である。
気になる部分が同じであったのか、普段耳にしない部品名称を調べた検索結果だった。
「いや、待て。美鈴が『紙の部分』って言うのは可愛いが、俺がそれを言ったら引かれるだろ。幾つだと思ってんだ」
「えぇ~、私だって大人だもん」
「だから可愛さの問題だっての」
「何それ。人によりけり?」
「ん~。俺にとって、可愛いイコール美鈴だからな。当然、他の誰が言っても却下だ。可愛いも綺麗も……、勃起つのも美鈴だけ」
「っ……脩一さん、公共の場!」
「くくくっ、大丈夫だって。今は誰もいない」
それまで普通に会話していた筈だが、突然の急接近に美鈴は頬を染める。更に耳元で囁かれ、腰を抱かれて赤面した。
美鈴は人前でなければ良いと妥協している為、脩一もそこを狙って迫ってくる。結局のところ彼に甘いので、いつまで経っても完全な回避は出来なかった。
特に大きな揺れ等もなく、無事に機体が着陸する。
美鈴はホッと胸を撫で下ろし、肩から力を抜いた。
「着いたな。大丈夫か?具合が悪いとかないか?」
「うん、大丈夫。ありがとう、脩一さん」
着陸態勢に入るとアナウンスが入った途端、美鈴はそれまでの楽しかった空の旅が急に現実味を帯びるのを感じた。つまり、恐怖を思い出したのである。
思わず助けを乞うような視線で脩一を見つめたのだが、彼は柔らかな笑みを浮かべて手を差し出してきたのだ。
「シートベルトがなければ、美鈴を抱き締めていられたんだけどね」
「むぅ。脩一さんが余裕過ぎて、私がお子様みたいで何か嫌」
「可愛いから、別にそれでも構わないのに」
「うぅ…………でも手を握っててくれて、凄く安心感があった。ありがとう」
「どういたしまして」
美鈴は必要以上に怖がっている自分を分かっているものの、それを押さえ付ける事が出来ない苛立ちもある。
それでも脩一は『そうであっても良い』と認めてくれて、これ以上ない程に甘やかしてくれた。
普通なら『面倒だから』と、早々に見限られそうなのに──と美鈴は思っている。もしくは、こちら側の感情を無視した強要だ。
見限ってくるような短慮な相手であれば、そも交際にすら発展していないだろう。多いのはやはり後者か。こちらを慮る体で変わる事を押し付け、出来ないのかと愚弄してくる場合だ。
けれども目の前の脩一は、その笑みに嘲りを一切乗せていなかった。
この様に無条件に向けられる情は、正しく『愛』なのだろう。美鈴には分からなかったそれが、脩一と共にいると事ある毎に感じられるのだった。
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空港を後にした二人は、脩一の運転するレンタカーで高速道路を走る。そうして一時間程で、本日一つ目の目的地に到着した。
「川下り?」
「そ。ここは詩人で童謡作家の故郷なんだけどな。『水路のまち』と呼ばれる程、市全体に堀が巡っているらしい」
「へぇ~、それ程に水が綺麗なんだね」
「あぁ、一時間程の舟旅だ。ほら、行こうか」
「うんっ」
乗船場の駐車場にレンタカーを停め、脩一の差し出してくれた手を握って受付へ向かう。
乗船定員は二十二名で、美鈴が思ったより大きかった。舟は船頭が竿で操縦するもので、その案内を聞きながらゆったりとした川下りを楽しむ。
太陽が気になる場合は、頭に被るタイプの日笠を有料で借りる事が出来るようだ。美鈴は借りなかったが、堀の周囲を覆う木々が程よい木陰を作ってくれる為に心地好い。
舟を降りた後も近くに詩人の生家や藩主の別邸などがあり、二人でゆっくりと歩きながら散策をした。
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「か、かえるが……いっぱい……。風鈴も、凄い可愛いっ」
「くくくっ、気に入ったようだな」
川下りを終え、再び高速道路を使って一時間程の場所に移動している。
ここは天平年間に創建された由緒ある寺だが、境内にはカエルの石像や置物が五千点以上あるというのだ。同時に六月から九月までの間は、風鈴まつりが開催されている。
「この風鈴は持って帰る為じゃなくて、願い事を書いて奉納する為なのね」
「そうみたいだな。これだけの数があるとカエルだけじゃなく、風鈴にも圧倒されるな」
「うん、音色がとても綺麗~。カエルの顔もどれも違って、目にも耳にも楽しい場所だね」
自然と二人で手を繋いで歩く中、風鈴まつり中なだけあり、一度風が吹けば数多くの風鈴が鳴り響いた。
「風鈴の紙の部分がカラフルだねっ」
「あぁ……あの名前はちゃんとあって、短冊。で、風鈴に当たって音を鳴らす為の部分は『舌』っていう。漢字で舌、ベロと同じだ」
「えっ、凄っ」
「くくくっ、さっき調べた」
「んもう、物知り~って感心しちゃったじゃない。私なんかどう呼ぶのか分からなくて、そのまま言ったのにぃ」
願いが書き込まれている部分の蘊蓄を披露し、驚きの美鈴へ携帯の画面を見せる脩一である。
気になる部分が同じであったのか、普段耳にしない部品名称を調べた検索結果だった。
「いや、待て。美鈴が『紙の部分』って言うのは可愛いが、俺がそれを言ったら引かれるだろ。幾つだと思ってんだ」
「えぇ~、私だって大人だもん」
「だから可愛さの問題だっての」
「何それ。人によりけり?」
「ん~。俺にとって、可愛いイコール美鈴だからな。当然、他の誰が言っても却下だ。可愛いも綺麗も……、勃起つのも美鈴だけ」
「っ……脩一さん、公共の場!」
「くくくっ、大丈夫だって。今は誰もいない」
それまで普通に会話していた筈だが、突然の急接近に美鈴は頬を染める。更に耳元で囁かれ、腰を抱かれて赤面した。
美鈴は人前でなければ良いと妥協している為、脩一もそこを狙って迫ってくる。結局のところ彼に甘いので、いつまで経っても完全な回避は出来なかった。
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