80 / 92
旅行編──第十章『浮いて飛んで羽ばたいて』──
その80。家賃はいくらなのか聞きたいけど聞きたくない
しおりを挟む
※ ※ ※ ※ ※
脩一に連れられて美鈴がやって来たのは、シャッターゲートのある駐車場。目の前には高層マンションである。
初めて脩一に連れて来られた時には、美鈴は思わず自分の目を疑ったものだ。そしてここの家賃はいくらなんだと、下世話な事を考えてしまった美鈴の反応は普通だろう。
──何回見ても、『凄い』としか思えないなぁ。『コンセルジュ付きとか何?』って感じだし。私の賃貸と段違い過ぎて、ただ唖然としちゃうわぁ。
立体駐車場から出て、マンションの外で建物を見上げていた美鈴である。脩一が長期外泊をコンセルジュに伝えるからという事で、先に外へ出て建物の外観を眺めていたのだ。
「くくくっ……美鈴、口開いてる」
「はっ?!や、でも上見上げたら自然と開いちゃわないっ?」
「ふっ、そうだな。でも俺は、美鈴が可愛いからキスしたくなる」
「ふきゅっ。……だ、だからこ、公共の場だからっ」
然り気無く手に持っていたスーツケースを取られ、鼻先に口付けを落とされる。
不意を突かれてプリプリと怒る美鈴をよそに、脩一は頭頂部をフワリと撫でるだけだった。
社内であろうが屋外であろうが、脩一は頻繁に美鈴の髪や頬を撫でてくる。──さすがに衆人環視の中でキスをしてくる事は今のところないので、彼なりに線引きをしているのだろう。
美鈴がこうして喚いたところで態度は変わらない為、この脩一の普通に文句だけは言う事にしていた。実際に嫌な訳ではないので、これも単なる照れ隠しでしかない。
内心で溜め息を吐いて気持ちを切り替えたところで、美鈴はスーツケースの行方を探した。
当然のように脩一の手元に発見されたそれは、完全に簡易カートとなっている。彼の荷物はスポーツバック一つなので、美鈴のスーツケースの上にその鞄を乗せる事で移動するようだった。
「あの、脩一さん?私の荷物が全部脩一さんのところにあるんだけど」
「ん?あるじゃないか、美鈴の荷物」
腰に手を当てられて行く方向を促されたのだが、美鈴は足を進めながらも脩一の手元へ視線を移す。
けれども初めから手渡すつもりがないのか、脩一は笑みを浮かべながら小首を傾げてみせた。彼の視線の先には、美鈴の斜め掛けした小さな鞄である。
これは財布や携帯など、本当に身の回りの品が入っているだけだ。つまり通常の外出時と変わらない、いつもの手荷物である。
「これは違うじゃない。私の旅行用の荷物の事だもん」
「え~。美鈴は俺に、重いスポーツバックを担いで行けって言うのか?」
「えっ?」
「美鈴のスーツケースに乗せたら軽く移動出来るのに、ダメだって言うのかぁ」
「えぇっ?」
「そうかぁ。乗せたらダメなら仕方ないな。これは俺が担いで行く事にするよ」
「や、えっ?そんな事、は……」
「それなら、俺のスポーツバックを乗せても良いのか?その代わりと言っては何だが、当然美鈴のスーツケースは俺が運ぶからさ」
「あ……や、それは別に良いんだけど……」
「そうか、ありがとう美鈴。美鈴のスーツケースは、俺が責任を持って運ぶからな」
「あ……うん………………うん?」
物凄く強引に、念を押すように『美鈴のスーツケースは脩一が運ぶ』と言われた気がした。
美鈴は了承してしまった自分に、改めて疑問符が浮かぶ。
「どうしたんだ、美鈴。駅まで歩いて20分も掛からないが、地下鉄で行くのか?」
「えっ?」
そのやり取りの後、美鈴は考え込んで立ち止まってしまっていた。それがちょうど地下鉄の構内へ続く出入口だった為、脩一から逆に問い掛けられてしまったのである。
事前の日程確認の時に、脩一から告げられていた。
『マンションから駅まで徒歩20分程だけど、地下鉄一区乗るか?』
『え~、良いよ歩きで。地下鉄に乗る方が、手荷物持っての移動が大変そうだもん』
『まぁ、それもそうか。分かった、歩きな』
それを思い出し、更には元々地下鉄に向かうつもりでもなかったので、美鈴はプルプルと顔を横に振る。
脩一は美鈴の腰に手を当てたまま、隣に並んで待ってくれていたのだ。
「ううん、違うよ。ちょっと考え込んじゃっただけ。脩一さんこそ、荷物が重くない?」
「大丈夫さ。さすがにこれプラス、片手で美鈴を姫抱きとか苦しいけどな」
「な、何を言ってるのよっ。私はちゃんと自力で歩行出来るんだから、これ以上脩一さんの荷物にはなりたくないってば」
「荷物?癒しの間違いじゃなくてか?そんな心配されないくらい、俺も片手で軽々と美鈴を抱き上げられるように身体を鍛えた方が良いかもな」
「こ、これ以上体力差が物理的に開くのは困る……かも……」
「お?夜の体力なら断然……」
「ちょっと!……朝から恥ずかしい事を大声で言わないでよねっ」
再度駅に足を進め始めたのは良いが、会話内容はおかしな方向へ向かっていく。そこで美鈴は慌てて、それでも声を潜めるように脩一に注意したのだ。
確かに脩一との体力差は顕著であり、この一ヶ月の間に嫌という程、美鈴は思い知らされている。しかしながら、未だに本番は致していなかった。
脩一に連れられて美鈴がやって来たのは、シャッターゲートのある駐車場。目の前には高層マンションである。
初めて脩一に連れて来られた時には、美鈴は思わず自分の目を疑ったものだ。そしてここの家賃はいくらなんだと、下世話な事を考えてしまった美鈴の反応は普通だろう。
──何回見ても、『凄い』としか思えないなぁ。『コンセルジュ付きとか何?』って感じだし。私の賃貸と段違い過ぎて、ただ唖然としちゃうわぁ。
立体駐車場から出て、マンションの外で建物を見上げていた美鈴である。脩一が長期外泊をコンセルジュに伝えるからという事で、先に外へ出て建物の外観を眺めていたのだ。
「くくくっ……美鈴、口開いてる」
「はっ?!や、でも上見上げたら自然と開いちゃわないっ?」
「ふっ、そうだな。でも俺は、美鈴が可愛いからキスしたくなる」
「ふきゅっ。……だ、だからこ、公共の場だからっ」
然り気無く手に持っていたスーツケースを取られ、鼻先に口付けを落とされる。
不意を突かれてプリプリと怒る美鈴をよそに、脩一は頭頂部をフワリと撫でるだけだった。
社内であろうが屋外であろうが、脩一は頻繁に美鈴の髪や頬を撫でてくる。──さすがに衆人環視の中でキスをしてくる事は今のところないので、彼なりに線引きをしているのだろう。
美鈴がこうして喚いたところで態度は変わらない為、この脩一の普通に文句だけは言う事にしていた。実際に嫌な訳ではないので、これも単なる照れ隠しでしかない。
内心で溜め息を吐いて気持ちを切り替えたところで、美鈴はスーツケースの行方を探した。
当然のように脩一の手元に発見されたそれは、完全に簡易カートとなっている。彼の荷物はスポーツバック一つなので、美鈴のスーツケースの上にその鞄を乗せる事で移動するようだった。
「あの、脩一さん?私の荷物が全部脩一さんのところにあるんだけど」
「ん?あるじゃないか、美鈴の荷物」
腰に手を当てられて行く方向を促されたのだが、美鈴は足を進めながらも脩一の手元へ視線を移す。
けれども初めから手渡すつもりがないのか、脩一は笑みを浮かべながら小首を傾げてみせた。彼の視線の先には、美鈴の斜め掛けした小さな鞄である。
これは財布や携帯など、本当に身の回りの品が入っているだけだ。つまり通常の外出時と変わらない、いつもの手荷物である。
「これは違うじゃない。私の旅行用の荷物の事だもん」
「え~。美鈴は俺に、重いスポーツバックを担いで行けって言うのか?」
「えっ?」
「美鈴のスーツケースに乗せたら軽く移動出来るのに、ダメだって言うのかぁ」
「えぇっ?」
「そうかぁ。乗せたらダメなら仕方ないな。これは俺が担いで行く事にするよ」
「や、えっ?そんな事、は……」
「それなら、俺のスポーツバックを乗せても良いのか?その代わりと言っては何だが、当然美鈴のスーツケースは俺が運ぶからさ」
「あ……や、それは別に良いんだけど……」
「そうか、ありがとう美鈴。美鈴のスーツケースは、俺が責任を持って運ぶからな」
「あ……うん………………うん?」
物凄く強引に、念を押すように『美鈴のスーツケースは脩一が運ぶ』と言われた気がした。
美鈴は了承してしまった自分に、改めて疑問符が浮かぶ。
「どうしたんだ、美鈴。駅まで歩いて20分も掛からないが、地下鉄で行くのか?」
「えっ?」
そのやり取りの後、美鈴は考え込んで立ち止まってしまっていた。それがちょうど地下鉄の構内へ続く出入口だった為、脩一から逆に問い掛けられてしまったのである。
事前の日程確認の時に、脩一から告げられていた。
『マンションから駅まで徒歩20分程だけど、地下鉄一区乗るか?』
『え~、良いよ歩きで。地下鉄に乗る方が、手荷物持っての移動が大変そうだもん』
『まぁ、それもそうか。分かった、歩きな』
それを思い出し、更には元々地下鉄に向かうつもりでもなかったので、美鈴はプルプルと顔を横に振る。
脩一は美鈴の腰に手を当てたまま、隣に並んで待ってくれていたのだ。
「ううん、違うよ。ちょっと考え込んじゃっただけ。脩一さんこそ、荷物が重くない?」
「大丈夫さ。さすがにこれプラス、片手で美鈴を姫抱きとか苦しいけどな」
「な、何を言ってるのよっ。私はちゃんと自力で歩行出来るんだから、これ以上脩一さんの荷物にはなりたくないってば」
「荷物?癒しの間違いじゃなくてか?そんな心配されないくらい、俺も片手で軽々と美鈴を抱き上げられるように身体を鍛えた方が良いかもな」
「こ、これ以上体力差が物理的に開くのは困る……かも……」
「お?夜の体力なら断然……」
「ちょっと!……朝から恥ずかしい事を大声で言わないでよねっ」
再度駅に足を進め始めたのは良いが、会話内容はおかしな方向へ向かっていく。そこで美鈴は慌てて、それでも声を潜めるように脩一に注意したのだ。
確かに脩一との体力差は顕著であり、この一ヶ月の間に嫌という程、美鈴は思い知らされている。しかしながら、未だに本番は致していなかった。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ
慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。
その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは
仕事上でしか接点のない上司だった。
思っていることを口にするのが苦手
地味で大人しい司書
木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)
×
真面目で優しい千紗子の上司
知的で容姿端麗な課長
雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29)
胸を締め付ける切ない想いを
抱えているのはいったいどちらなのか———
「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」
「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」
「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」
真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。
**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
雨音。―私を避けていた義弟が突然、部屋にやってきました―
入海月子
恋愛
雨で引きこもっていた瑞希の部屋に、突然、義弟の伶がやってきた。
伶のことが好きだった瑞希だが、高校のときから彼に避けられるようになって、それがつらくて家を出たのに、今になって、なぜ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる