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旅行編──第十章『浮いて飛んで羽ばたいて』──
その78。舞い上がって
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※ ※ ※ ※ ※
脩一と美鈴が交際を開始して、早二ヶ月。
本日から盆休み期間を含めた九連休となる。
「ぅあ~、どうしようっ。どうしようっ」
玄関先で一人で頭を抱えているのは、すっかり外出準備の整った美鈴だ。しかし今はまるで檻の中の動物のように、短い廊下を行ったり来たりしている。
そんな美鈴を見守るように、玄関前にはしっかりと荷造りが終わっているスーツケースが待機していた。
今回は長期連休という事もあり、今日から五日間の旅行に出掛ける予定になっている。──当然ながら、同行者は脩一だ。
ピロンとLINEの新着通知音が鳴り、おかしい程に肩を跳ねさせる美鈴。
「ひゃ~っ」
若干の挙動不審さで携帯を取り出し、相手を確認して座り込む。
ちなみにしゃがみ込んではいるが、特段体調不良などの肉体的な問題がある訳ではなかった。──単に、極度の羞恥と緊張感からくる行動である。
そして先程のLINEでは、迎えに来た脩一が到着した事を知らせるものだった。
時を待たずにピンポーン──と、ありふれた玄関チャイムが鳴る。
「ふぁっ……、はいっ!」
「ぅお…………おはよう、美鈴。朝から元気だな」
「あっご、ごめんなさいっ」
玄関扉の数歩前で待機していた美鈴なので、チャイムが完全に沈黙する前に扉を開ける事が出来た。しかしながら勢い良く開いた扉の先に、僅かに仰け反った姿勢の脩一が見えて更に慌てる。
音などはしなかったので当たってはいない筈だが、驚かせたのは確実だ。
「くくくっ、大丈夫だ。当たってないし、何より元気な美鈴の顔が見られたから」
「な……っ」
慌ただしい美鈴を気にした様子などはなく、脩一は機嫌良く笑っている。美鈴は更に赤くなった顔を両手で押さえ、もはや限界点に達しそうだった。
口を開閉するだけになってしまった美鈴を見て、苦笑しながら脩一が彼女の頭を胸に抱き込む。
「……悪い、俺も舞い上がってる」
──きゅ~っ。
混乱している美鈴は、脩一の腕に包み込まれて硬直した。
しかしながら耳を脩一の身体につける形で固定されている為、いつもより早い彼の鼓動がはっきり伝わってくる。そうする事で、心臓が暴れている現状は自分だけではないと理解出来た。
──興奮、してるのは、私だけじゃ、ない……。
脩一はこうしていつも、美鈴の身体を抱き締める。──言葉にするだけではなく、己の肉体的な変化を伝えるのだ。
美鈴自身、常に自分の反応が正しいのか不安感を持っている。けれども脩一は、身体が反応する事は自然なのだと教えてくれるのだ。
「ありがとう、脩一さん。少し落ち着いた」
「ん。……今日も可愛いね、美鈴」
心臓の高鳴りは完全に治まってはいないのだが、脩一も同じなのだと分かった事で美鈴の混乱が僅かに落ち着いたのである。
そうして脩一は、美鈴の言葉を受けて静かに身体を離し、改めて彼女へ視線を向けて微笑んだ。
本日の美鈴は淡い黄色のレース調スリーブレスと、薄手で青色のジョーゼット素材のショート丈ブルゾン。下はスキニーデニムで、裾にZIPがついているダメージジーンズである。
対する脩一は、薄いグレーのTシャツの上に七分袖の紺色テーラードジャケット。肘まで捲り上げられ、二の腕の筋肉が眩しい。下は茶色のスウェットハーフパンツで、こちらも彼の脛などの筋肉美を彷彿とさせるコーディネイトだった。
「しゅ、脩一さんも格好良い……っ」
「あ、ありがと。……でもそんなに潤んだ視線で見つめられると、朝から俺の愚息が臨戦態勢になっちまう」
「ま、またそういう事を……っ」
「嘘じゃねぇって分かってるだろ?」
「っ!」
脩一の服装を絶賛する美鈴だったが、彼はそんな彼女に先程とは違う接近を試みる。
時折こうして、妙に色気の籠った視線で美鈴へ接触を謀るのだ。──これは彼女に穏やかな面ばかりではない事実を知らしめ、きちんと異性であると認識させる意識開拓に繋がっている。
二人は兄弟でも友達でもない、恋人なのだ。
「わ、分かってるもん」
「そ。……まだ顔が赤くなるのは変わらないけど?」
「し、仕方ないじゃん。しゅ、脩一さんが格好良いのが悪いもん……っ」
「………………本当に美鈴、煽るの上手過ぎ。それとも俺がチョロ過ぎ?」
そうして二人で視線を合わせた後、互いに笑みを返す。
これで変に意識し合う空気は霧散し、平生の状態に戻った。
「さあ、そろそろ行こうか。あ、戸締まりはしっかりとな」
「うんっ。もう一度窓とか確認してくるね」
然り気無く美鈴のスーツケースを持ち上げた脩一は、彼女へ注意を促した。数日間留守にするのだから、いつもよりも徹底した防犯意識は必要だろう。
美鈴もそれを受け、再度部屋へ踵を返した。窓は勿論だが、普段は触らないガスの元栓まで閉める。そうして玄関から出ると、しっかりと扉の施錠確認を行った。
二人での旅行は初めてとなるが、美鈴は不安半分期待半分の心境である。
けれども行きたくない訳ではないのだ。どちらかと言えば行きたいし、一緒にいられる時間が長くなるのは素直に嬉しい。──美鈴は複雑な乙女心を知ったのだった。
脩一と美鈴が交際を開始して、早二ヶ月。
本日から盆休み期間を含めた九連休となる。
「ぅあ~、どうしようっ。どうしようっ」
玄関先で一人で頭を抱えているのは、すっかり外出準備の整った美鈴だ。しかし今はまるで檻の中の動物のように、短い廊下を行ったり来たりしている。
そんな美鈴を見守るように、玄関前にはしっかりと荷造りが終わっているスーツケースが待機していた。
今回は長期連休という事もあり、今日から五日間の旅行に出掛ける予定になっている。──当然ながら、同行者は脩一だ。
ピロンとLINEの新着通知音が鳴り、おかしい程に肩を跳ねさせる美鈴。
「ひゃ~っ」
若干の挙動不審さで携帯を取り出し、相手を確認して座り込む。
ちなみにしゃがみ込んではいるが、特段体調不良などの肉体的な問題がある訳ではなかった。──単に、極度の羞恥と緊張感からくる行動である。
そして先程のLINEでは、迎えに来た脩一が到着した事を知らせるものだった。
時を待たずにピンポーン──と、ありふれた玄関チャイムが鳴る。
「ふぁっ……、はいっ!」
「ぅお…………おはよう、美鈴。朝から元気だな」
「あっご、ごめんなさいっ」
玄関扉の数歩前で待機していた美鈴なので、チャイムが完全に沈黙する前に扉を開ける事が出来た。しかしながら勢い良く開いた扉の先に、僅かに仰け反った姿勢の脩一が見えて更に慌てる。
音などはしなかったので当たってはいない筈だが、驚かせたのは確実だ。
「くくくっ、大丈夫だ。当たってないし、何より元気な美鈴の顔が見られたから」
「な……っ」
慌ただしい美鈴を気にした様子などはなく、脩一は機嫌良く笑っている。美鈴は更に赤くなった顔を両手で押さえ、もはや限界点に達しそうだった。
口を開閉するだけになってしまった美鈴を見て、苦笑しながら脩一が彼女の頭を胸に抱き込む。
「……悪い、俺も舞い上がってる」
──きゅ~っ。
混乱している美鈴は、脩一の腕に包み込まれて硬直した。
しかしながら耳を脩一の身体につける形で固定されている為、いつもより早い彼の鼓動がはっきり伝わってくる。そうする事で、心臓が暴れている現状は自分だけではないと理解出来た。
──興奮、してるのは、私だけじゃ、ない……。
脩一はこうしていつも、美鈴の身体を抱き締める。──言葉にするだけではなく、己の肉体的な変化を伝えるのだ。
美鈴自身、常に自分の反応が正しいのか不安感を持っている。けれども脩一は、身体が反応する事は自然なのだと教えてくれるのだ。
「ありがとう、脩一さん。少し落ち着いた」
「ん。……今日も可愛いね、美鈴」
心臓の高鳴りは完全に治まってはいないのだが、脩一も同じなのだと分かった事で美鈴の混乱が僅かに落ち着いたのである。
そうして脩一は、美鈴の言葉を受けて静かに身体を離し、改めて彼女へ視線を向けて微笑んだ。
本日の美鈴は淡い黄色のレース調スリーブレスと、薄手で青色のジョーゼット素材のショート丈ブルゾン。下はスキニーデニムで、裾にZIPがついているダメージジーンズである。
対する脩一は、薄いグレーのTシャツの上に七分袖の紺色テーラードジャケット。肘まで捲り上げられ、二の腕の筋肉が眩しい。下は茶色のスウェットハーフパンツで、こちらも彼の脛などの筋肉美を彷彿とさせるコーディネイトだった。
「しゅ、脩一さんも格好良い……っ」
「あ、ありがと。……でもそんなに潤んだ視線で見つめられると、朝から俺の愚息が臨戦態勢になっちまう」
「ま、またそういう事を……っ」
「嘘じゃねぇって分かってるだろ?」
「っ!」
脩一の服装を絶賛する美鈴だったが、彼はそんな彼女に先程とは違う接近を試みる。
時折こうして、妙に色気の籠った視線で美鈴へ接触を謀るのだ。──これは彼女に穏やかな面ばかりではない事実を知らしめ、きちんと異性であると認識させる意識開拓に繋がっている。
二人は兄弟でも友達でもない、恋人なのだ。
「わ、分かってるもん」
「そ。……まだ顔が赤くなるのは変わらないけど?」
「し、仕方ないじゃん。しゅ、脩一さんが格好良いのが悪いもん……っ」
「………………本当に美鈴、煽るの上手過ぎ。それとも俺がチョロ過ぎ?」
そうして二人で視線を合わせた後、互いに笑みを返す。
これで変に意識し合う空気は霧散し、平生の状態に戻った。
「さあ、そろそろ行こうか。あ、戸締まりはしっかりとな」
「うんっ。もう一度窓とか確認してくるね」
然り気無く美鈴のスーツケースを持ち上げた脩一は、彼女へ注意を促した。数日間留守にするのだから、いつもよりも徹底した防犯意識は必要だろう。
美鈴もそれを受け、再度部屋へ踵を返した。窓は勿論だが、普段は触らないガスの元栓まで閉める。そうして玄関から出ると、しっかりと扉の施錠確認を行った。
二人での旅行は初めてとなるが、美鈴は不安半分期待半分の心境である。
けれども行きたくない訳ではないのだ。どちらかと言えば行きたいし、一緒にいられる時間が長くなるのは素直に嬉しい。──美鈴は複雑な乙女心を知ったのだった。
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