階段で異性とぶつかって恋に落ちるなんて少女漫画だけの話と思ってました

まひる

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交際編──第八章『認められたい』──

その64。心の制限値はそれぞれ

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「あ~……、今日が週末だったらな」
「え?どうしたの、脩一さん」

 改めて呼んでいたエレベーターが到着し、中に乗り込んだところで呟く脩一しゅういちだ。美鈴みすずは隣に立つ彼の顔を見上げながらも、不思議に思って小首をかしげてみせる。
 確かに今日は水曜日で、まだまだ思い切り週の中日なかびだ。当然、明日も明後日も仕事である。

「……忘れてるかもしれないけど。『続きは後で』って言ったの、覚えてる?」
「……っ?!」

 エレベーター内に他の誰もいないからか、美鈴の鼻に軽く口付けを落としてから問い掛けてくる脩一だ。
 美鈴としては色々な事がありすぎて本気で忘れていたのだが、記憶がなくなった訳ではないのだから当然の事ながらすぐに思い出せる。──とはいえ、別に脩一とれ合う事が嫌な訳ではないが、経験が無さすぎて言葉の意味が深くは読み取れなかった。
 その為に美鈴は次の反応が出来ず、結果的に硬直してしまう。

「くくくっ……。悪い、困らせるつもりはなかったんだ」
「しゅ、ち、さ……」

 脩一は笑いを堪えつつ、なだめるように指の背で美鈴の頬を撫でた。けれども、それだけで美鈴の身体はおかしな程震える。──勿論、恐怖心などではない事は理解出来ていた。
 既に精神的に限界の美鈴は、真っ赤になりながら口を開閉させるだけである。それはもう、脩一の名前すらまともに発声出来ない程だった。

 ──密室で、二人で、こんな……接近した状態でっ。あわわ……ど、どうするの、私っ?

 更に立体駐車場の車内でのディープ大人のキスまで思い出してしまい、それだけでまた背筋がゾクリと震える。
 唇を重ね合わせるだけのキスでも頭が沸騰しそうなのに、口腔内を脩一の舌が撫でる感覚は美鈴にとって非常に強烈だった。

「んぅ……」
「え?……わっ、美鈴っ?!」

 そして美鈴の精神は限界突破する。つまりは、耐えきれず気絶してしまったのだ。

 ※ ※ ※ ※ ※

 脩一は、突然くたりと倒れ込む美鈴を慌てて受け止める。
 良く見れば、自分の方へ傾いて来た身体に力が全く入っていないのだ。そこでようやく抱き付いてきたのではなく、意識喪失な状態であると気付かされる。

「え……嘘、マジで?」

 脩一にしてみれば、男女間にありがちなスキンシップの流れだった。
 しかしながら美鈴にとっては刺激が強過ぎるものであり、結果的に意識喪失へ至ってしまったようである。

「悪ぃ、美鈴?大丈夫?………………って、寝てる?」

 少し強めに肩を揺すってみても、反応がないものの呼吸に異常はみられないのだ。
 そうして思い出される、告白後の美鈴。更に誘拐事件退院後の美鈴だ。あれらの美鈴も同じく、『意識喪失』の状態であった事は同じである。
 つまりは、都合良く(悪く?)意識を失ってしまうという事だ。いや──心の制限値が脩一の思うよりも低く、それにより昏倒してしまう事が多いというべきか。

 ──俺に都合良く考えちまうんだけど。……ってか、これで良く今まで襲われたりとかしなかったな。

 美鈴を両腕に抱え上げた脩一は、思わず遠い目をしてしまった。
 男の目の前で、意識を失った女がいたらと考える。その男の理性にもよるが、肉をぶら下げられて野獣にならないと万人が言えるだろうか。

 ──俺も試されてる、のかなぁ。

 思わず溜め息がこぼれるのは、もう仕方のない事だと脩一は自分を慰めた。
 美鈴に対して好意をいだいていると、既に自分自身で気付いている。母親にも言われたが、彼女に対して性的欲求があると認めているのだ。それが今、目の前にある。
 姫抱きしている為、殊更ことさら美鈴の柔らかさを感じた。柔らかな唇も、小振りな胸の膨らみも。

 ──いやいやいや、何考えてるんだ俺。美鈴は初めて美鈴は初めて美鈴は初めて美鈴は初めて美鈴は初めて………………だから処女……って、いや違うからっ!っ、違わないけど!

 エレベーターの中で一人悶々と、思考がおかしな方向へ走る脩一だった。
 考えれば考える程、熱が──おもに下半身に集中しそうになる。
 美鈴のように顔へ集中して赤面するなど、普段から『営業担当の牧田』としての仮面を被っている脩一には有り得ない事だった。否、下半身が暴走する事もこれまでなかった事ではある。

 ──落ち着け、俺。ここはきちんと段階を踏むべきだ。

 美鈴に嫌われてはいない。
 むしろ好かれていると確証が持てている今、欲望のままに彼女へ手を出しては嫌われてしまう事が目に見えていた。そもこれまでも様々な方法で手を出してはいるのだが、それはそれである。

 ──あ~……、むさぼりてぇ……。いやいやいや、待てって俺。

 視線を落とせば、うっすらと開いている美鈴の唇に釘付けになった。
 既に脳内はなかば野獣と化している。これでも必死に理性で食い止めている状態だった。──本能がその唇に食らい付きたいと、訴えているのだから。
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