62 / 92
交際編──第八章『認められたい』──
その62。他人から見えるもの
しおりを挟む
「それで、どうなのよ」
「え……っ?」
話の続きのように脩一母から問い掛けられた美鈴は、先程やっと脩一の腕の中から開放されたばかりである。
実際には料理が運ばれてきた為、やむ無く脩一が開放しただけだったが。
「ちょっと、母さん。また蒸し返す気なのか?いい加減に……っ」
「違うわよ。ねぇ、美鈴さん。脩一とキスしたんでしょ?その時、どうだった?脩一に性的欲求を感じた?」
「え……?」
脩一が脩一母を制するも、美鈴へ向ける視線は至極真面目だ。
そして、それが余計に美鈴を混乱させる。
第一の問い掛けは『処女』であるかだった。そして続けられた会話によると、そうである方が好ましいと脩一母は考えているらしい。
けれども第二の問い掛けは、脩一に対して『性的欲求』を感じたかどうかだ。
「母さんっ」
「脩一、お母さんは真面目に問い掛けているの。貴方もよ?非童貞なのは分かるけど、これまでの交際相手とは長続きしなかったでしょ」
「……今、そんな話は関係」
「あるのよ。美鈴さんはおいくつ?」
「あ……二十歳、です」
「ファースト・キスは?」
「……っ、脩一さんと、です」
「そこよ。二十歳にもなって、ファースト・キス。男女交際も初めて」
「良いだろっ、そんな事……」
「本当に良いと……、大丈夫だと思っている?」
「な、何がだよ」
突然母から真顔で問われた脩一は、若干の戸惑いを見せる。
脩一母は、どうやら二人の交際を反対するのではなく、別の視点で何かを判断しようとしているようだった。
「脩一。貴方が美鈴さんにキスしたって事は、彼女に対して性的欲求があるという事ね?」
「……そうだよ。それが何っ」
「静かに。……美鈴さん、貴女は?性的欲求が分からないのであれば、性的魅力を感じるか。脩一の存在によって性的欲求や性的興奮をかき立てられ、彼に強い関心を抱くか。そして恋愛的魅力……脩一に対して、感情的に魅力を感じたり、愛着を感じるか。恋愛的な感情が芽生えた時、その人は相手に対して感情的な結びつきや、親密さを求めている事があるからね。勿論これは、友だち同士の親しさとは別のもの……『それ以上のもの』と考えているかが大切だけれど」
美鈴は息を呑む。
脩一母の懸念事項が、僅かにだが伝わってきた。
確かに美鈴は、脩一に出会うまでちゃんと『恋愛』をした事がない。
脩一との出会いもまた、『ちゃんとした恋愛』を経てのものと言えなかった。
辞書では、『恋とは人を好きになって、会いたい、いつまでも傍にいたいと思う、満たされない気持ちを持つこと』とある。
そして、『愛は相手をたいせつに思い、つくそうとする気持ち。恋を感じた相手を大切に思う気持ち』だそうだ。
けれども美鈴は、それを見て漠然としか理解出来なかったのである。
『何となく』、『そういうもの』。
これでは、脩一との『恋愛』を『ちゃんと』出来るのか、全く自信が持てなかったのだ。──その結果、今まさに直面している事実。
「母さん。そういったものは全て主観的だろ?何をどう受け止めるかだなんて、人によってさまざまじゃないか」
「そうね、主観的。でも一人ひとりがどう感じているかって、聞かなきゃ分からないじゃない?言われなきゃ伝わらない。男性みたいに性的興奮が客観的に分からないのよ、特に女性はね」
「……っ、だからって」
「脩一、貴方はどうなの?美鈴さんと結婚するつもりって言ってたけれど、身体を重ねて飽きたら別れるなんて、許さないからね?『籍』を共にするって事、そこまで考えているの?」
「何でそんな事……」
「『そんな事』?」
「………………」
「『バツイチ』とか面白おかしく言ったりするみたいだけれど、いったい何がおかしいのかしら」
さすが、母親といったところだろうか。
美鈴が横にいる口を閉ざした脩一を見ると、その膝に置かれた拳が強く握り締められていた。
思わずその拳に己の手を重ねた美鈴は、ハッと自分へ視線を向ける脩一を感じながらも、目の前の脩一母に真っ直ぐ顔を上げる。
「あの、私は脩一さんとキ、キスした時、ゾワゾワして……ゾクゾク、ムズムズ。そんな、どう表現して良いのか分からない、それでもじっとしていられないような感覚でした。それに、これは今まで感じた事がないものですけど……。気持ちが、脩一さんともっと一緒にいたい、です。今よりも親しくなりたいですし、えっと、支えたい、です。これは……こんな風に思う相手は、友達とは違う、と思います」
「あら」
「美鈴……」
拙いながらも、美鈴は自らの思いの丈を言葉にした。
己の状態をどう表現するのか、それは他者の評価である。
これまでの人生では他人に感じなかった事を、美鈴は脩一に対して思うのだ。脩一母から問われて初めて実感したのだが、これまでも彼に対して感じていた事の全てである。
「うん、合格ね」
「ほぇ?」
「美鈴っ」
それまで真顔だった脩一母が、笑みを浮かべた。唖然としてしまった美鈴は、次の瞬間、思い切り脩一の胸の中に抱き込まれる。
普段より早い脩一の鼓動が伝わってきて、何故だか急に頭を擦り付けたくなった。
「え……っ?」
話の続きのように脩一母から問い掛けられた美鈴は、先程やっと脩一の腕の中から開放されたばかりである。
実際には料理が運ばれてきた為、やむ無く脩一が開放しただけだったが。
「ちょっと、母さん。また蒸し返す気なのか?いい加減に……っ」
「違うわよ。ねぇ、美鈴さん。脩一とキスしたんでしょ?その時、どうだった?脩一に性的欲求を感じた?」
「え……?」
脩一が脩一母を制するも、美鈴へ向ける視線は至極真面目だ。
そして、それが余計に美鈴を混乱させる。
第一の問い掛けは『処女』であるかだった。そして続けられた会話によると、そうである方が好ましいと脩一母は考えているらしい。
けれども第二の問い掛けは、脩一に対して『性的欲求』を感じたかどうかだ。
「母さんっ」
「脩一、お母さんは真面目に問い掛けているの。貴方もよ?非童貞なのは分かるけど、これまでの交際相手とは長続きしなかったでしょ」
「……今、そんな話は関係」
「あるのよ。美鈴さんはおいくつ?」
「あ……二十歳、です」
「ファースト・キスは?」
「……っ、脩一さんと、です」
「そこよ。二十歳にもなって、ファースト・キス。男女交際も初めて」
「良いだろっ、そんな事……」
「本当に良いと……、大丈夫だと思っている?」
「な、何がだよ」
突然母から真顔で問われた脩一は、若干の戸惑いを見せる。
脩一母は、どうやら二人の交際を反対するのではなく、別の視点で何かを判断しようとしているようだった。
「脩一。貴方が美鈴さんにキスしたって事は、彼女に対して性的欲求があるという事ね?」
「……そうだよ。それが何っ」
「静かに。……美鈴さん、貴女は?性的欲求が分からないのであれば、性的魅力を感じるか。脩一の存在によって性的欲求や性的興奮をかき立てられ、彼に強い関心を抱くか。そして恋愛的魅力……脩一に対して、感情的に魅力を感じたり、愛着を感じるか。恋愛的な感情が芽生えた時、その人は相手に対して感情的な結びつきや、親密さを求めている事があるからね。勿論これは、友だち同士の親しさとは別のもの……『それ以上のもの』と考えているかが大切だけれど」
美鈴は息を呑む。
脩一母の懸念事項が、僅かにだが伝わってきた。
確かに美鈴は、脩一に出会うまでちゃんと『恋愛』をした事がない。
脩一との出会いもまた、『ちゃんとした恋愛』を経てのものと言えなかった。
辞書では、『恋とは人を好きになって、会いたい、いつまでも傍にいたいと思う、満たされない気持ちを持つこと』とある。
そして、『愛は相手をたいせつに思い、つくそうとする気持ち。恋を感じた相手を大切に思う気持ち』だそうだ。
けれども美鈴は、それを見て漠然としか理解出来なかったのである。
『何となく』、『そういうもの』。
これでは、脩一との『恋愛』を『ちゃんと』出来るのか、全く自信が持てなかったのだ。──その結果、今まさに直面している事実。
「母さん。そういったものは全て主観的だろ?何をどう受け止めるかだなんて、人によってさまざまじゃないか」
「そうね、主観的。でも一人ひとりがどう感じているかって、聞かなきゃ分からないじゃない?言われなきゃ伝わらない。男性みたいに性的興奮が客観的に分からないのよ、特に女性はね」
「……っ、だからって」
「脩一、貴方はどうなの?美鈴さんと結婚するつもりって言ってたけれど、身体を重ねて飽きたら別れるなんて、許さないからね?『籍』を共にするって事、そこまで考えているの?」
「何でそんな事……」
「『そんな事』?」
「………………」
「『バツイチ』とか面白おかしく言ったりするみたいだけれど、いったい何がおかしいのかしら」
さすが、母親といったところだろうか。
美鈴が横にいる口を閉ざした脩一を見ると、その膝に置かれた拳が強く握り締められていた。
思わずその拳に己の手を重ねた美鈴は、ハッと自分へ視線を向ける脩一を感じながらも、目の前の脩一母に真っ直ぐ顔を上げる。
「あの、私は脩一さんとキ、キスした時、ゾワゾワして……ゾクゾク、ムズムズ。そんな、どう表現して良いのか分からない、それでもじっとしていられないような感覚でした。それに、これは今まで感じた事がないものですけど……。気持ちが、脩一さんともっと一緒にいたい、です。今よりも親しくなりたいですし、えっと、支えたい、です。これは……こんな風に思う相手は、友達とは違う、と思います」
「あら」
「美鈴……」
拙いながらも、美鈴は自らの思いの丈を言葉にした。
己の状態をどう表現するのか、それは他者の評価である。
これまでの人生では他人に感じなかった事を、美鈴は脩一に対して思うのだ。脩一母から問われて初めて実感したのだが、これまでも彼に対して感じていた事の全てである。
「うん、合格ね」
「ほぇ?」
「美鈴っ」
それまで真顔だった脩一母が、笑みを浮かべた。唖然としてしまった美鈴は、次の瞬間、思い切り脩一の胸の中に抱き込まれる。
普段より早い脩一の鼓動が伝わってきて、何故だか急に頭を擦り付けたくなった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
29
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる