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交際編──第八章『認められたい』──

その62。他人から見えるもの

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「それで、どうなのよ」
「え……っ?」

 話の続きのように脩一しゅういち母から問い掛けられた美鈴みすずは、先程やっと脩一の腕の中から開放されたばかりである。
 実際には料理が運ばれてきた為、やむ無く脩一が開放しただけだったが。

「ちょっと、母さん。また蒸し返す気なのか?いい加減に……っ」
「違うわよ。ねぇ、美鈴さん。脩一とキスしたんでしょ?その時、どうだった?脩一に性的欲求を感じた?」
「え……?」

 脩一が脩一母を制するも、美鈴へ向ける視線は至極真面目だ。
 そして、それが余計に美鈴を混乱させる。
 第一の問い掛けは『処女』であるかだった。そして続けられた会話によると、そうである方が好ましいと脩一母は考えているらしい。
 けれども第二の問い掛けは、脩一に対して『性的欲求』を感じたかどうかだ。

「母さんっ」
「脩一、お母さんは真面目に問い掛けているの。貴方もよ?非童貞なのは分かるけど、これまでの交際相手とは長続きしなかったでしょ」
「……今、そんな話は関係」
「あるのよ。美鈴さんはおいくつ?」
「あ……二十歳はたち、です」
「ファースト・キスは?」
「……っ、脩一さんと、です」
「そこよ。二十歳はたちにもなって、ファースト・キス。男女交際も初めて」
「良いだろっ、そんな事……」
「本当に良いと……、大丈夫だと思っている?」
「な、何がだよ」

 突然母から真顔で問われた脩一は、若干の戸惑いを見せる。
 脩一母は、どうやら二人の交際を反対するのではなく、別の視点で何かを判断しようとしているようだった。

「脩一。貴方が美鈴さんにキスしたって事は、彼女に対して性的欲求があるという事ね?」
「……そうだよ。それが何っ」
「静かに。……美鈴さん、貴女は?性的欲求が分からないのであれば、性的魅力を感じるか。脩一の存在によって性的欲求や性的興奮をかき立てられ、彼に強い関心を抱くか。そして恋愛的魅力……脩一に対して、感情的に魅力を感じたり、愛着を感じるか。恋愛的な感情が芽生えた時、その人は相手に対して感情的な結びつきや、親密さを求めている事があるからね。勿論これは、友だち同士の親しさとは別のもの……『それ以上のもの』と考えているかが大切だけれど」

 美鈴は息を呑む。
 脩一母の懸念事項が、わずかにだが伝わってきた。
 確かに美鈴は、脩一に出会うまでちゃんと『恋愛』をした事がない。
 脩一との出会いもまた、『ちゃんとした恋愛』を経てのものと言えなかった。

 辞書では、『恋とは人を好きになって、会いたい、いつまでもそばにいたいと思う、満たされない気持ちを持つこと』とある。
 そして、『愛は相手をたいせつに思い、つくそうとする気持ち。恋を感じた相手を大切に思う気持ち』だそうだ。
 けれども美鈴は、それを見て漠然としか理解出来なかったのである。
 『何となく』、『そういうもの』。
 これでは、脩一との『恋愛』を『ちゃんと』出来るのか、全く自信が持てなかったのだ。──その結果、今まさに直面している事実。

「母さん。そういったものは全て主観的だろ?何をどう受け止めるかだなんて、人によってさまざまじゃないか」
「そうね、主観的。でも一人ひとりがどう感じているかって、聞かなきゃ分からないじゃない?言われなきゃ伝わらない。男性みたいに性的興奮が客観的に分からないのよ、特に女性はね」
「……っ、だからって」
「脩一、貴方はどうなの?美鈴さんと結婚するつもりって言ってたけれど、身体を重ねて飽きたら別れるなんて、許さないからね?『籍』を共にするって事、そこまで考えているの?」
「何でそんな事……」
「『そんな事』?」
「………………」
「『バツイチ』とか面白おかしく言ったりするみたいだけれど、いったい何がおかしいのかしら」

 さすが、母親といったところだろうか。
 美鈴が横にいる口を閉ざした脩一を見ると、その膝に置かれた拳が強く握り締められていた。
 思わずその拳に己の手を重ねた美鈴は、ハッと自分へ視線を向ける脩一を感じながらも、目の前の脩一母に真っ直ぐ顔を上げる。

「あの、私は脩一さんとキ、キスした時、ゾワゾワして……ゾクゾク、ムズムズ。そんな、どう表現して良いのか分からない、それでもじっとしていられないような感覚でした。それに、これは今まで感じた事がないものですけど……。気持ちが、脩一さんともっと一緒にいたい、です。今よりも親しくなりたいですし、えっと、支えたい、です。これは……こんな風に思う相手は、友達とは違う、と思います」
「あら」
「美鈴……」

 つたないながらも、美鈴は自らの思いの丈を言葉にした。
 己の状態をどう表現するのか、それは他者の評価である。
 これまでの人生では他人に感じなかった事を、美鈴は脩一に対して思うのだ。脩一母から問われて初めて実感したのだが、これまでも彼に対して感じていた事の全てである。

「うん、合格ね」
「ほぇ?」
「美鈴っ」

 それまで真顔だった脩一母が、笑みを浮かべた。唖然としてしまった美鈴は、次の瞬間、思い切り脩一の胸の中に抱き込まれる。
 普段より早い脩一の鼓動が伝わってきて、何故だか急に頭を擦り付けたくなった。
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