階段で異性とぶつかって恋に落ちるなんて少女漫画だけの話と思ってました

まひる

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交際編──第七章『ブザーは押さないと意味がない』──

その59。余韻と衝撃

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 心臓が暴れる音を聞きながら、美鈴みすずは目の前の脩一しゅういちから視線を外せない。
 薄暗い立体駐車場の車内だ。
 けれども先程の感覚が強烈だったからか、自然と美鈴の視線が彼の唇に向かう。
 濡れている──そう認識した時、脩一の舌がペロリと彼の唇を舐める。

「っ」

 それだけで先程のキスを思い出し、思わずゾクリと背筋が震えた。
 身体が自分の意思に反して熱くなる。
 美鈴はどうして良いのか分からず、それが情けなく思えて目頭が熱くなった。

「ごめん、泣かすつもりはなかった」

 そう脩一から囁かれ、静かにその胸へと抱き締められる。
 少し早い脩一の心音が伝わってきて、それを聞いているだけで美鈴は落ち着いてきた。

「ごめんなさい……」
「嫌だったか?」
「ち、違う……の。驚いて……あの、自分の反応が、分からなくて……」
「……怖かった?」

 美鈴の謝罪に、脩一の身体に力が入る。けれども同時に、抱き締められている美鈴にもそれが伝わった。
 わずかに硬い声音となった脩一からの問い掛けに、美鈴は誤解を招かないようにと、必死に纏まらない言葉を紡ぐ。
 それが何となくでも脩一に伝わったのか、次の彼からの問いに、美鈴は安堵しながら何度も縦に首を降った。

 美鈴は考える。
 確かに嫌ではなかった。何なら、『もっと』と思ってしまった程だ。
 二十歳はたちにもなって、初めてのディープ大人のキスである。──しかし当然ながら、男女の関係にはまだ先があるのだ。
 キスですら自分の感覚に翻弄されてしまう美鈴は、この先に進む事が怖くて堪らない。
 けれどもあくまでそれは、脩一との関係を進めたくないという理由ではなかった。美鈴の不馴れな反応を不審に思い、嫌われてしまうのではないかという不安からである。

「ごめん、急かすつもりじゃない……けど。はあぁぁぁ……、俺が我慢出来なくなった」
「は……え……?」

 美鈴の緊張が伝わったのか、脩一は長い溜め息と共に謝罪した。
 美鈴には真意が全く伝わってこないが、先程の『謝罪』とはまた違った意味を持つのだろう事は何となく分かる。

「え、と……」
「あ、電話だ。ごめん」
「あ、うん」
「はい。あぁ……今、駐車場。すぐに行くよ……。母さんからだった。とりあえず、この続きは後で。行こうか」
「……うん」

 まだ困惑していた美鈴だったが、そのタイミングで脩一の携帯が着信を知らせた。
 脩一は美鈴に断ってから通話に応じ、終了すると同時に再び美鈴に向き直る。
 律儀に着信相手を告げる脩一だったが、美鈴はそこでようやくこの場にいる訳を思い出した。
 脩一母からの呼び出しで、平日の終業後に駅まで足を運んだのである。

 美鈴はワタワタしながらシートベルトを外し、車外に出ようとしたところでその前にドアが開けられた。
 既に車外へ出ていた脩一に、またしてもお迎えされてしまったのである。

「ご、ごめんなさい。私、遅いよね」
「ん?……あぁ、これ。ごめん、気になるならやめるけど……。何だか俺、美鈴には何でもしてやりたくなるんだよな」
「ううん。いつもありがとう、脩一さん」
「どういたしまして」

 美鈴が申し訳なく謝罪すれば、逆に脩一の方が困ったように頬を掻いた。
 お互いの内心を全て見る事は出来ない為、言動から察しなければならない。けれども変な誤解や勘繰りをするくらいなら、素直に口に出していければ良いと、脩一の照れたような笑みを見ながら美鈴は思った。

 ※ ※ ※ ※ ※

 ホテルのロビーに着くと、前回来た時と同じように、談話スペースで打ち合わせなどをしている人達がたくさんいる。
 平日の夕方だからか、スーツ姿のサラリーマンが多かった。

「とりあえず、受付で聞いてくる」
「あ、うん」
「こっちよ、脩一。ちゃんと来たわね。……あら、美鈴さんも?」

 受付へと足を向けた脩一だったが、その前に脩一母がやって来る。
 捜しに行く手間は省けたものの、やはり美鈴へ向ける視線は冷たかった。──名前を認識してくれているだけでも、前回よりはマシなのだろうが。

「貴女、まだ息子に付きまとってるの?御自分のお顔、ちゃんと見えているのかしら。それにそのお洋服、どちらのお店のもの?見た事もないわね。あぁ、御髪おぐしの艶がないように見えるのは、私の目がおかしいのかしら。もしかして、トリートメントも出来ない程に生活が困窮しているのかしらねぇ%&#¥℃」

 マシかと思ったのは、勘違いであったようだ。それはもう、途中から聞く気がなくなってしまう程で。
 若干遠い目で意識を飛ばしていると、不意に美鈴は隣からの黒い気配に気付いた。これは初めて見る、物凄い怒りの形相の脩一である。
 先程社内で見せた怒りは、まだ可愛い方だったのだ。無表情で淡々と怒っていたように美鈴には見えたが、あれでも理性で抑えていたのだと今は分かる。
 そして更に、横からボディーブローが炸裂した。

「お戻りが遅いのでと、心配になったのですが…………あの、こちらは?」

 捲し立てる脩一母、遠い目の美鈴、怒りの脩一。
 そこへ新たな登場人物、小柄な大和撫子が現れた。
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