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交際編──第七章『ブザーは押さないと意味がない』──

その58。急速な発展

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 ※ ※ ※ ※ ※

 結局美鈴みすずは何も出来ず、脩一しゅういちに支えられたまま退場するだけだった。
 そして今、脩一の車で駅に向かっている。
 脩一母からの呼び出しに応じる為だ。

 けれども、車内はまるで通夜のようだった。
 二人とも口を開く事なく、表情も硬いまま前を向いているだけである。
 理由は先程の案件の筈だが、それに関しては美鈴もどのように取り繕って良いのか分からなかった。

 実際に、理由が脩一である嫌がらせは今でも少しあったし、そうかといって美鈴本人はそれ程ダメージを受けていない。
 脩一との交際がおおやけになった事で、美鈴の心に余裕が出来た。カレカノの関係だと明確になった事で、それまでの曖昧な不安感から解放されたのである。
 つまり美鈴はそれで満足していた。男女のその先にあるものを知識として知ってはいたが、経験がない為に追い求める気持ちすら起きない。

 そして車は、静かに駅と隣接した立体駐車場へ入っていく。3階の空きスペースに駐車し、エンジンが切られた。
 周囲の多少の騒音は別として、車内に先程以上の沈黙が落ちる。

「……すまなかった」
「ふえっ?!」

 そろそろ息苦しくなってきたなと美鈴が思った頃、突然脩一が謝罪の言葉と共に頭を下げた。
 余所事を考えつつあった美鈴は、驚きのあまり大きく身体を震わせて窓側に張り付く。
 けれども脩一の方は、ハンドル側に頭部を下げたままだった。

「あんな……、イジメのような……」
「あ……、いえ。あんなの、たいした事な……」
「それ以上に何かされたのかっ」
「っ!」
「あ、いや……悪い。その……ごめん」

 脩一の絞り出すような苦痛を含んだ言葉に、美鈴は若干引きつつ否定する。だがすぐ食い付くように詰め寄られ、美鈴は息を呑んだ。
 車内の狭い空間とはいえ、片腕を掴まれた状態では距離感などあってないようなものである。
 美鈴の驚いた表情に、脩一は視線をさ迷わせながら動きを止めた。

 再びの沈黙。
 助手席窓側に張り付く美鈴と、彼女の右腕を掴んでいる脩一。
 美鈴は驚きと困惑の表情のまま、苦しそうな表情で俯く脩一の頬へ左手を伸ばす。
 彼の肩がわずかに跳ねた。
 それでも美鈴は迷う事なく、脩一の頬にれる。

 美鈴の右腕から、脩一の体温が伝わってきた。
 脩一の頬に、美鈴の体温を伝える。
 七月なかばの気温は、立体駐車場の中とはいえども高めだった。

「……暑くない?」
「あ、あぁ……悪い」

 美鈴の言葉に、脩一が車のエンジンを始動させる。
 互いの姿勢はあまり変わらず、復活したエアコンによって、車内の気温だけが整えられていく。

 車のアイドリングの振動、音だけが周囲を包んでいた。
 脩一は変わらず、視線を美鈴に向けないのだ。それに対し、美鈴は不意に悪戯をしたくなる。
 左手を彼の頬に手を伸ばしたまま、スッと顔を近付けて脩一の鼻先に唇でれた。
 ガバッと勢い良く、脩一の顔が上げられる。
 二人の視線が絡んだ。

 照れ笑いを浮かべようとした美鈴だったが、それは突然両頬と唇に襲った感覚で吹き飛ぶ。
 脩一の両手が美鈴の頬を押さえ、二人の唇が重なりあった。
 初めはれるだけ。
 続いてついばむように。
 それからチロチロと唇を舐められる。

 ──え、待って。舐められてる?ちょ……、息が苦しくなってきたんだけど。

 脩一との付き合いで、バードキスまでは既に経験があった美鈴。だがそこまでで、いまだそれ以上の進展がなかった二人の関係だ。
 そこを今、何故か急速に発展しつつある。しかしながら、車内──半屋外だ。
 混乱に拍車が掛かった美鈴は、更に心拍数が上昇。酸素濃度が下がり、呼吸困難の為に目眩がする。
 そして空気を求めて美鈴が口を開いたところで、それまで唇をなぞっていた何かが、今度はヌルリと口腔内に入ってきた。

 ──熱い……厚い……暑い……。

 脩一の舌である事は分かる。けれども初めての美鈴にとって、最中にまともに呼吸が整う筈はなかった。
 口腔内で脩一の舌が美鈴の舌をつつく。撫でる。
 初めて舌をいじられる感覚は、美鈴の脳内を完全にショートさせた。
 絡められ、包み込まれ、吸われる。
 唇や舌の裏、歯茎を丁寧になぞられた。

「あ……ふ……っ」
「鼻で呼吸してね」

 溺れそうになっていると、静かに唇を放した脩一からそんな助言が囁かれる。
 そして再び唇がれ合い、深く絡み合っていった。
 脩一の舌が美鈴の上顎を撫でた時、美鈴の背筋に電気が走る。
 ゾワゾワ、ゾクゾク、ムズムズ。どう表現して良いのか分からないが、それでもじっとしていられないような感覚だった。

「ん、んぅ……ふっ」
「……ヤバ、あおられる……」

 肩にれた手によって、脩一との距離が離される。
 唇を繋ぐ銀色の糸が見えた。
 余韻でボンヤリしていた美鈴は、脩一と視線が合った途端、我に返って赤面する。

 ──お、ディープ大人のキスをしてしまった~っ。
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