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交際編──第七章『ブザーは押さないと意味がない』──
その53。我が儘な呼び出し
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※ ※ ※ ※ ※
美鈴の昼食に突撃した脩一は、本来の目的を放置し過ぎたと僅かばかり反省する。
勿論美鈴に触れる事も寄り添う事も本心からの欲求行動なのだが、何せ彼女の反応がその都度可愛いのだ。──よくもまあ、このままの状態で社会人三年目を迎えられたと驚くばかりである。
けれども高卒入社であるが故、周囲が手を出したくとも出せなかったのかもしれなかった。さすがに十代の女子にあれやこれを求めるのも、大人として社会人として失格ではないだろうか。中にはそういった趣向の持ち主もいるだろうが、少なくとも脩一には当てはまらない。
そんな思考の結果、脩一が美鈴とお近付きになれたのが『今』で良かったのだ。──脩一にとっての美鈴は、宝石の原石なのだから。
「脩一さん?」
「……あぁ、悪い」
声を掛けられ、意識を腕の中の彼女へ戻した。
本音を言えばこのまま拐っていきたいのだが、今は就業時間という事もあって自制する。
更に言えばここは食堂で、多くの人目があるのだ。美鈴が困る結果になる事態は、脩一にとっても良い事ではない。
静かに身体を離し、改めて腰掛けたところで口を開いた。一応、きちんとした用件がある。
「昼食時にごめんね、美鈴。母さんが我が儘言ってるから……急で悪いけど、今日の夜に時間をくれないかな」
「えっ?あ、私は良いよ。……その為に戻ってきたの?」
「いや、ついでに持参する為の商品を取りに来たんだ。電話で話しても良いけど、やっぱり美鈴の顔を見たいからね」
「っ!」
「……ぅわ~、甘ぁい。会社で惚気るの、やめてくれますかぁ?あ~、私もゲンちゃんといちゃこらした~い。ってか、どっちが『ついで』なんだかねぇ」
脩一が本来の目的を口にすれば、驚いた美鈴の瞳がいつも以上に大きくなった。
脇から美鈴の同期である大野萌枝の茶化しが入るが、脩一を交えて何度か顔を合わせている為に全く気にならない。
そして当然萌枝は女性であるが、彼氏がいる事を逆に惚気てくる程なので、脩一にとっても安全な異性に格付けされていた。
「本当にごめん。いつもの暴走だろうけど、俺も今夜にって突然呼び出しがあってね」
「うん、分かった。でも脩一さん、明日は現場立ち会いがあるんじゃなかったの?」
「あぁ、昼からだから何とかするよ。美鈴を会社へ送ってから向かっても、間に合うと思うからね」
「そうなの?でも脩一さん、無理はしないでね」
「ありがとう。優しいね、俺の婚約者さん」
「スズちゃんは、私にも優しいんだよぉ。牧田さんだけじゃないんだから、婚約者特権なんて関係ないんだもん。だから翌朝まで拘束するなんてやめてよね、平日なんだしぃ」
脩一と美鈴が微笑み合っていると、脇から萌枝が口を挟んでくる。
二人が交際をしていると知ってから、何故か美鈴を傍へおこうとするのだ。
「君は事ある毎に美鈴を横取りしようとする」
「腹黒な貴方には言われたくないんだよねぇ」
「美鈴は俺のだから」
「ふん。指輪なんかで物理的に束縛しようだなんて、思ってた以上に随分狭量な男ねぇ」
「ダイヤモンドとサファイアを組み合わせた水色の美しいグラデーションは、可愛い美鈴をイメージした最高の品だ」
「それは認めるわ。清楚で清純なスズちゃんのイメージにぴったりだもの」
「話が分かるじゃないか。本当はもっと豪奢な物を身に付けて欲しかったんだが、美鈴はシンプルな物を望んでね。けれどもこれは、結婚指輪と重ねづけする事が出来るんだ。美鈴が肌身放さずいてくれるなら、俺としてもそれが一番だから」
「そうよねぇ。スズちゃんってば普段から装飾品一つ身に付けないんだもの。飾ればもっと輝くのにぃ」
「ふふふ。脩一さんとモエちゃんが仲良くて嬉しい」
小声で口撃し合っていた脩一と萌枝だったが、いつの間にか二人で美鈴を褒め称える事に話が移行している。
仲が良いのかそうでないのか悩むところではあるが、そもそもが美鈴を間に挟まない限り萌枝とは会話すらしなかった。
けれども美鈴はそれを分かっているのかいないのか、脩一と萌枝のやり取りを微笑ましそうに見ている。彼女が楽しそうなのは良いが、何故だか少しだけ気に入らない脩一だった。──僅かでも不安そうにすれば、今以上に美鈴へ過度な愛情を見せられるのだが。
「あ、また黒い事を考えてるよこの人」
「うるさいな、君は。美鈴以外に心情を悟られるのは気分が良くない」
「スズちゃん、この人の本心は悪人だからね?」
「え?そんな事ないよ、モエちゃん。脩一さんは優しいもん」
「みろ、美鈴は俺の味方だ」
「モエちゃんも優しくて可愛いから、脩一さんも……」
「ほら、スズちゃんは私の事、優しくて可愛いって」
「話のついでだろ、そんなの……って。どうしたんだ、美鈴」
萌枝と張り合っていた脩一だったが、急に静かになった美鈴の事が気になった。
いつの間にか『営業担当牧田』の仮面は外れていたが、萌枝に対して取り繕う必要がないと判断していたからである。──場所が食堂である事は既に意識外だった。
美鈴の昼食に突撃した脩一は、本来の目的を放置し過ぎたと僅かばかり反省する。
勿論美鈴に触れる事も寄り添う事も本心からの欲求行動なのだが、何せ彼女の反応がその都度可愛いのだ。──よくもまあ、このままの状態で社会人三年目を迎えられたと驚くばかりである。
けれども高卒入社であるが故、周囲が手を出したくとも出せなかったのかもしれなかった。さすがに十代の女子にあれやこれを求めるのも、大人として社会人として失格ではないだろうか。中にはそういった趣向の持ち主もいるだろうが、少なくとも脩一には当てはまらない。
そんな思考の結果、脩一が美鈴とお近付きになれたのが『今』で良かったのだ。──脩一にとっての美鈴は、宝石の原石なのだから。
「脩一さん?」
「……あぁ、悪い」
声を掛けられ、意識を腕の中の彼女へ戻した。
本音を言えばこのまま拐っていきたいのだが、今は就業時間という事もあって自制する。
更に言えばここは食堂で、多くの人目があるのだ。美鈴が困る結果になる事態は、脩一にとっても良い事ではない。
静かに身体を離し、改めて腰掛けたところで口を開いた。一応、きちんとした用件がある。
「昼食時にごめんね、美鈴。母さんが我が儘言ってるから……急で悪いけど、今日の夜に時間をくれないかな」
「えっ?あ、私は良いよ。……その為に戻ってきたの?」
「いや、ついでに持参する為の商品を取りに来たんだ。電話で話しても良いけど、やっぱり美鈴の顔を見たいからね」
「っ!」
「……ぅわ~、甘ぁい。会社で惚気るの、やめてくれますかぁ?あ~、私もゲンちゃんといちゃこらした~い。ってか、どっちが『ついで』なんだかねぇ」
脩一が本来の目的を口にすれば、驚いた美鈴の瞳がいつも以上に大きくなった。
脇から美鈴の同期である大野萌枝の茶化しが入るが、脩一を交えて何度か顔を合わせている為に全く気にならない。
そして当然萌枝は女性であるが、彼氏がいる事を逆に惚気てくる程なので、脩一にとっても安全な異性に格付けされていた。
「本当にごめん。いつもの暴走だろうけど、俺も今夜にって突然呼び出しがあってね」
「うん、分かった。でも脩一さん、明日は現場立ち会いがあるんじゃなかったの?」
「あぁ、昼からだから何とかするよ。美鈴を会社へ送ってから向かっても、間に合うと思うからね」
「そうなの?でも脩一さん、無理はしないでね」
「ありがとう。優しいね、俺の婚約者さん」
「スズちゃんは、私にも優しいんだよぉ。牧田さんだけじゃないんだから、婚約者特権なんて関係ないんだもん。だから翌朝まで拘束するなんてやめてよね、平日なんだしぃ」
脩一と美鈴が微笑み合っていると、脇から萌枝が口を挟んでくる。
二人が交際をしていると知ってから、何故か美鈴を傍へおこうとするのだ。
「君は事ある毎に美鈴を横取りしようとする」
「腹黒な貴方には言われたくないんだよねぇ」
「美鈴は俺のだから」
「ふん。指輪なんかで物理的に束縛しようだなんて、思ってた以上に随分狭量な男ねぇ」
「ダイヤモンドとサファイアを組み合わせた水色の美しいグラデーションは、可愛い美鈴をイメージした最高の品だ」
「それは認めるわ。清楚で清純なスズちゃんのイメージにぴったりだもの」
「話が分かるじゃないか。本当はもっと豪奢な物を身に付けて欲しかったんだが、美鈴はシンプルな物を望んでね。けれどもこれは、結婚指輪と重ねづけする事が出来るんだ。美鈴が肌身放さずいてくれるなら、俺としてもそれが一番だから」
「そうよねぇ。スズちゃんってば普段から装飾品一つ身に付けないんだもの。飾ればもっと輝くのにぃ」
「ふふふ。脩一さんとモエちゃんが仲良くて嬉しい」
小声で口撃し合っていた脩一と萌枝だったが、いつの間にか二人で美鈴を褒め称える事に話が移行している。
仲が良いのかそうでないのか悩むところではあるが、そもそもが美鈴を間に挟まない限り萌枝とは会話すらしなかった。
けれども美鈴はそれを分かっているのかいないのか、脩一と萌枝のやり取りを微笑ましそうに見ている。彼女が楽しそうなのは良いが、何故だか少しだけ気に入らない脩一だった。──僅かでも不安そうにすれば、今以上に美鈴へ過度な愛情を見せられるのだが。
「あ、また黒い事を考えてるよこの人」
「うるさいな、君は。美鈴以外に心情を悟られるのは気分が良くない」
「スズちゃん、この人の本心は悪人だからね?」
「え?そんな事ないよ、モエちゃん。脩一さんは優しいもん」
「みろ、美鈴は俺の味方だ」
「モエちゃんも優しくて可愛いから、脩一さんも……」
「ほら、スズちゃんは私の事、優しくて可愛いって」
「話のついでだろ、そんなの……って。どうしたんだ、美鈴」
萌枝と張り合っていた脩一だったが、急に静かになった美鈴の事が気になった。
いつの間にか『営業担当牧田』の仮面は外れていたが、萌枝に対して取り繕う必要がないと判断していたからである。──場所が食堂である事は既に意識外だった。
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