階段で異性とぶつかって恋に落ちるなんて少女漫画だけの話と思ってました

まひる

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ストーカー編──第六章『光輝く』──

その49。出来る男 2

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「まぁ、そうかといって……ここではさすがに何もしない」
「あ、当たり前ですっ」

 美鈴みすずの緊張した様子を感じ取ったのか、脩一しゅういちは柔らかく瞳を細めた。
 しかしながら彼は穏やかな笑みを見せているが、先程の言葉では『狼』宣言をしたのと同じである。美鈴もそれなりに男女間における付き合いの意味は分かるので、脩一の言葉に肉体関係が入る事は想像出来た。──あくまで想像の域を出ないが。

 当然ながら、物語で発生する様々な肉体関係は、細部が不明瞭となっている。
 保健体育で学んだ以上の事柄は、周囲の同性から聞いた知識のみだ。更にはこれまで特別興味もなかったので、調べる事すらしていなかった美鈴である。──結果的に、中学生レベルの異性交際しか頭になかった。
 脩一のおかげで『バードキス』の経験は二度程したものの、驚きやら緊張の影響が大きく、実体験としてはそれすらも記憶がとぼしい。

「そろそろ地元方向に戻るか。あ、その前に腹減ったら言ってくれよ?次はちゃんとした食事をしよう」
「あ、うん。美味しいおやつをありがとう」

 脳内で思考に忙しかったが、時刻はおやつ時間を過ぎた頃だ。
 脩一の言葉に首肯しつつ、翌日は月曜日なのだと美鈴は現実を思い出す。

「そういえば私、金曜日無断退社になってるんだった……」
「あぁ、それは俺から宮城野みやぎの課長通して、冨沢とみさわ課長に申請済みだから大丈夫。元はと言えば俺が捲き込んだんだし、そのまま美鈴を放置する訳ないだろ」

 車を発進させていた脩一は、不安に染まる美鈴へ腕を伸ばし、頭部を優しく撫でてくれた。
 けれども美鈴は、まさか脩一がそこまでしてくれているとは思いもしていなくて、勢い良く運転席の彼の方を振り向く。

「えっ、本当に……えっ、何でっ?」
「何でって。あ、ちなみに美鈴と俺は、『結婚を前提として付き合っている』って言ってある」

 ちょうど信号で停車したタイミングで、美鈴へ笑みを向けた脩一だった。──おかげで彼女の、音がしそうな程急激に赤面する様を見られたのだが。
 対して美鈴の方はそれどころではなく、『秘密の彼氏彼女』ではないのかとおかしな方向にパニックである。
 元々『偽装彼女』であった美鈴の存在だ。今では正式な交際関係になったとはいえ、こうも早く公表するとは想像すらしていない。──それも、脩一にとっての直属の上司にである。

「え、あの……宮城野課長に?」
「そ」
「え?あ、あの……内緒にしなくちゃいけないんじゃ……」

 もはや正常な思考は出来ない美鈴は、そのまま思い浮かんだ言葉を口にした。
 それに対し脩一は、一瞬虚を突かれた顔を見せたものの、すぐさまいるような表情となる。

「すまなかった」
「ふえっ?!あ、え、と、とりあえず、前を見ててっ」

 そして赤信号で停まった途端、美鈴へ向き直ると同時に、頭部を下げて謝罪をしたのだ。
 既に混乱状態の美鈴は、運転中の車内であるという事実が脳内に浮かんだだけである。けれども脩一の謝罪の意味を理解した訳でもなければ、上司への交際報告にも頭が回っていなかった。

 ※ ※ ※ ※ ※

 明らかにパニックとなっている美鈴を見て、脩一は困ったような苦しそうな表情になる。だが運転中である今は、とにかく言葉を尽くさなくてはならないと思い至った。

「俺が悪かった、美鈴。あの時は、本当に申し訳ない言い方をした……。俺は女性に期待なんてしていなかったし、そもそも嫌悪してすらいた。いや………………、怖かったんだ」
「怖……い?」
「そう……。まぁ、その恐怖心は今でも消えてないんだけどな」 
「恐怖……」
「ん~…………。こういうのって格好悪いから、本音では美鈴に知られたくない。でもそんな風に取り繕っていたって、美鈴に嫌われたら意味がないんだ」
「え……」

 それまでおうむ返しの美鈴だったが、自嘲気味に呟いた脩一へ視線を返してくれる。
 脩一としては、いつだって美鈴に格好良い自分を見てもらいたいのだ。──恐らくこれは男としての自尊心プライドなのだろうけれど、みっともない姿を好意を持つ相手に晒したくないのは誰だって同じだろう。

「俺が美鈴との交際……あ、以前の偽装彼女も含めてなんだけど。それらを内密にしてほしいと頼んだのは、美鈴を守る為でもあったんだ。……結果的に大いに捲き込んだ感はあるけど」

 自分で言っておいて、再び脩一は自責の念に大きな溜め息をいた。
 ストーカー犯から美鈴を守る為という理由は勿論あったが、そもそも何処から脩一の情報を得ているか分からなかったのもある。

「あの、ね?」
「ん?」
「えっと……、犯人が捕まったから、もう大丈夫なの?」
「あぁ、そうだけど……。それだけでもない、かな」

 戸惑ったような美鈴の問い掛けに、脩一はどう言葉にしたら良いのかを迷った。
 ストーカーが嫌いで憎いから、女性も怖い。けれども美鈴は別で、この諸々の騒ぎの中でもそれは変わらなかった。──もう、『それ』が全てではないだろうか。
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