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ストーカー編──第六章『光輝く』──
その47。思った以上 2
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「美鈴?」
「あ、ううん。……何でもない」
「……何でもない事はないと思うが。具合が悪くなった訳じゃないよな?」
「ほ、本当に。大丈夫だからっ」
まともに視線を合わせる事が出来ず、かといって赤面している熱い顔を上げられない美鈴だ。
脩一の心配そうな声に罪悪感を覚えるが、混乱している頭では現状を打破する案も浮かばない。
結果、そわそわと落ち着かないまま座席に小さく収まっているしかなかった。
「……まぁ、大丈夫なら良い。また少し走るから、何かあれば言えよ?」
「う、うん。分かった」
暫く頭部に視線を感じていたが、脩一はそれ以上追及して来ない。
諦めたのか呆れたのか定かではないが、美鈴が安堵した事は確かだった。
そうして静かに車を発進させた脩一の横顔を、美鈴はそっと見上げる。
これまで異性と交際した事のない美鈴にとって、脩一の行動が全て『初めて』だった。更に言うなら、他者に興味のない美鈴は、普段から周囲の行動すら気にしていない。
交際中の相手との距離感や、互いへの関心の向け方。スキンシップの仕方も全て、創作された物語でしか知らなかったのだ。そして物語の中で語られる心情すら、創作なのだと思っていたのである。
けれども実際に体験している今、あれは完全なる創作ではないと知った。
──この前に読んだ小説で『溺愛』されていた女の子が、相手の男の人に馬車の扉を開けてもらっていたっけ。
先程見た男女が好き同士である事は、車内に乗り込んだ後に口付けを交わしていたので確かな筈である。
それ以外にも改めて気にして周囲を見れば、それぞれが自分でドアを開けている事に気付いた。『普通』はそうなのだと、嫌でも分かってしまったのである。
そうなれば、脩一と美鈴の関係が『普通』ではない事になるのだ。
──お互いが好きあっている事は、確認したよね。これ、今のところ間違ってないよね?って事は、脩一さんの行動は……なんて言ったっけ。『フェミニスト』ってやつ?
創作物でしか知らないものの、美鈴は必死に思考を巡らせる。
脩一と交際中である事は確かなのだろうが、思い返してみせば『偽装彼女』であった頃も美鈴がドアを開けてはいないのだ。──仮にこれが脩一のデフォルトだとする。
──『王子』とか『貴族』とかいった種族?は女性を軽視してはならない的な風習があったような……。あれ?それって、フェミニストとは違うかもだけど。や、待って。そもそも脩一さんは王子様とかじゃないから。
自問自答の末、更に混乱する美鈴だった。
根本的に創作物は設定がある。時代なり環境なり、世界観が現実的ではないのが美鈴の好んで読む物語だ。
それ故に、全くといって参考にならない。──そもそも初対面の脩一は、至極威圧的で俺様な言動ではなかっただろうか。
──あれ?そう考えると、正反対過ぎて……。
短期間に色々な事があった為、一度考え始めると美鈴の中で脩一の印象に統一性を見出だせなくなっていった。
第一邂逅は突然の接触事故により心臓が暴れていて良く覚えてないが、二度目の邂逅では威圧的で冷たく刺々しいものがあったと記憶している。──その圧もあって『偽装彼女』という意味不明な話を承諾してしまったのだ。
思えば三度目もそうである──が、話している内に溶けてきたというか。徐々に態度が軟化したような覚えも。
──ってか、本当に数える程しか会ってなくない?
あとは見合いの当日、それから間が開いて誘拐の日。その翌日は今日である。
今の甘く優しい雰囲気が、果たしていつまで続くのだろうか。──そう不安に思う美鈴は、間違ってないのだろう。
「……ず。美鈴?」
「ほえっ?……あ」
「悪い。何か、凄く考え込んでたみたいだけど」
「あ、う、えっと……」
「着いた」
声を掛けられている事に気付き、真っ直ぐな視線を向けてくる脩一にどう答えて良いのか分からなかった。
けれども次の目的地に到着したのだと、彼の指先へ視線を移して気付く。
「……和菓子屋さん?」
「そ。甘い物、好き?」
「あ、うん」
「良かった」
問い掛けに素直に答えれば、脩一の瞳が僅かに細められた。
それが彼の笑顔なのだと思い至った美鈴は、そんな些細な表情の変化が読めるようになっている事にも驚く。
「ほら、行こう」
「あっ、うん」
そうやって己の思考に入っている隙に、既に脩一が助手席のドアを開けてくれていた。
先程までの自問もあり、これは単に美鈴の行動が遅い事が原因の一つではないかと思い至る。良く考えなくても、運転席から助手席まで迂回するのは手間な筈だった。
連れ立って入った店内で、美鈴の視界に入ったのは大きなみたらし団子である。
「……あ、可愛い」
「だろ?美鈴が好きそうって思ったんだ」
けれども普通の団子ではなく、一つ一つ個梱包された大きな団子だ。
そして表面にはニコちゃんの焼き印が押してあり、冷やして食べる事も出来るらしい。──そう聞いた途端、美鈴のお腹がクゥと鳴いた。
「あ、ううん。……何でもない」
「……何でもない事はないと思うが。具合が悪くなった訳じゃないよな?」
「ほ、本当に。大丈夫だからっ」
まともに視線を合わせる事が出来ず、かといって赤面している熱い顔を上げられない美鈴だ。
脩一の心配そうな声に罪悪感を覚えるが、混乱している頭では現状を打破する案も浮かばない。
結果、そわそわと落ち着かないまま座席に小さく収まっているしかなかった。
「……まぁ、大丈夫なら良い。また少し走るから、何かあれば言えよ?」
「う、うん。分かった」
暫く頭部に視線を感じていたが、脩一はそれ以上追及して来ない。
諦めたのか呆れたのか定かではないが、美鈴が安堵した事は確かだった。
そうして静かに車を発進させた脩一の横顔を、美鈴はそっと見上げる。
これまで異性と交際した事のない美鈴にとって、脩一の行動が全て『初めて』だった。更に言うなら、他者に興味のない美鈴は、普段から周囲の行動すら気にしていない。
交際中の相手との距離感や、互いへの関心の向け方。スキンシップの仕方も全て、創作された物語でしか知らなかったのだ。そして物語の中で語られる心情すら、創作なのだと思っていたのである。
けれども実際に体験している今、あれは完全なる創作ではないと知った。
──この前に読んだ小説で『溺愛』されていた女の子が、相手の男の人に馬車の扉を開けてもらっていたっけ。
先程見た男女が好き同士である事は、車内に乗り込んだ後に口付けを交わしていたので確かな筈である。
それ以外にも改めて気にして周囲を見れば、それぞれが自分でドアを開けている事に気付いた。『普通』はそうなのだと、嫌でも分かってしまったのである。
そうなれば、脩一と美鈴の関係が『普通』ではない事になるのだ。
──お互いが好きあっている事は、確認したよね。これ、今のところ間違ってないよね?って事は、脩一さんの行動は……なんて言ったっけ。『フェミニスト』ってやつ?
創作物でしか知らないものの、美鈴は必死に思考を巡らせる。
脩一と交際中である事は確かなのだろうが、思い返してみせば『偽装彼女』であった頃も美鈴がドアを開けてはいないのだ。──仮にこれが脩一のデフォルトだとする。
──『王子』とか『貴族』とかいった種族?は女性を軽視してはならない的な風習があったような……。あれ?それって、フェミニストとは違うかもだけど。や、待って。そもそも脩一さんは王子様とかじゃないから。
自問自答の末、更に混乱する美鈴だった。
根本的に創作物は設定がある。時代なり環境なり、世界観が現実的ではないのが美鈴の好んで読む物語だ。
それ故に、全くといって参考にならない。──そもそも初対面の脩一は、至極威圧的で俺様な言動ではなかっただろうか。
──あれ?そう考えると、正反対過ぎて……。
短期間に色々な事があった為、一度考え始めると美鈴の中で脩一の印象に統一性を見出だせなくなっていった。
第一邂逅は突然の接触事故により心臓が暴れていて良く覚えてないが、二度目の邂逅では威圧的で冷たく刺々しいものがあったと記憶している。──その圧もあって『偽装彼女』という意味不明な話を承諾してしまったのだ。
思えば三度目もそうである──が、話している内に溶けてきたというか。徐々に態度が軟化したような覚えも。
──ってか、本当に数える程しか会ってなくない?
あとは見合いの当日、それから間が開いて誘拐の日。その翌日は今日である。
今の甘く優しい雰囲気が、果たしていつまで続くのだろうか。──そう不安に思う美鈴は、間違ってないのだろう。
「……ず。美鈴?」
「ほえっ?……あ」
「悪い。何か、凄く考え込んでたみたいだけど」
「あ、う、えっと……」
「着いた」
声を掛けられている事に気付き、真っ直ぐな視線を向けてくる脩一にどう答えて良いのか分からなかった。
けれども次の目的地に到着したのだと、彼の指先へ視線を移して気付く。
「……和菓子屋さん?」
「そ。甘い物、好き?」
「あ、うん」
「良かった」
問い掛けに素直に答えれば、脩一の瞳が僅かに細められた。
それが彼の笑顔なのだと思い至った美鈴は、そんな些細な表情の変化が読めるようになっている事にも驚く。
「ほら、行こう」
「あっ、うん」
そうやって己の思考に入っている隙に、既に脩一が助手席のドアを開けてくれていた。
先程までの自問もあり、これは単に美鈴の行動が遅い事が原因の一つではないかと思い至る。良く考えなくても、運転席から助手席まで迂回するのは手間な筈だった。
連れ立って入った店内で、美鈴の視界に入ったのは大きなみたらし団子である。
「……あ、可愛い」
「だろ?美鈴が好きそうって思ったんだ」
けれども普通の団子ではなく、一つ一つ個梱包された大きな団子だ。
そして表面にはニコちゃんの焼き印が押してあり、冷やして食べる事も出来るらしい。──そう聞いた途端、美鈴のお腹がクゥと鳴いた。
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