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ストーカー編──第六章『光輝く』──

その45。共に歩む道 2

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 ※ ※ ※ ※ ※

 目の前に拡がる水面は大きく、まるで海のように緩やかに波立っていた。
 美鈴が隣を見上げれば、『正式な彼氏』となった脩一が視線を遠くに飛ばしている。──いまだ信じがたい事ではあるが。
 彼は見目が整っている為、何をせずとも周囲の女性の視線も惹き付けているのが分かった。しかしながら、今その隣に立つ事を許されているのは美鈴だけなのである。

 ──本当に私、脩一さんの『彼女』になったんだ……。

 様々な経緯があったものの、今の美鈴はその事実にすら感動しているのだ。
 けれども残念ながら、過去に異性との付き合い経験がない彼女にとって、『偽装彼女』であった頃のわずかな『男女間知識』しかない。『彼女』らしさをどうすれば出せるのかも、そもそもの振る舞い自体が分かっていなかった。
 結果、距離感が掴めないまま脳内会議である。

 ──えっと……この場合、手とか握るべき?えっ、腕?う、腕を組むのはハードルが高いよ……。しかも真っ昼間にだよ?いやいや、抱き付くとか論外!
「どうした?」
「ふえっ!?」

 一人脳内会議をしていた美鈴は、突然脩一から問い掛けられて酷く驚いた。
 勿論『議題』は彼に関する事だったのだが、当然の事ながら当事者の乱入を想定していない。

「ふ……くくくっ、何それ可愛い」

 間抜けな声を上げて自分を見上げる美鈴に対し、激甘な表情と声で彼女の頭を胸に抱え込む脩一だ。
 当然美鈴はオーバーヒート状態で、真っ赤になった顔をそのまま彼の胸に押し付けられるだけである。

「そっ、そう言うのは、道徳的行動ではないと思う……」
「道徳とか出てきたか。でも社会生活における善悪の判断に、スキンシップの禁止要項なんてないだろ?それに、その真っ赤な顔……他の野郎共に見せるのはムカつく。でも、美鈴が嫌ならやめる」

 混乱しながらも精一杯の抵抗をしてみた美鈴だったが、何故か脩一から反論と不穏な発言を聞かされる事になった。
 しかしながら、現状でスキンシップの程度は美鈴の理解範囲をとうに越えているが、全く嫌ではないという己の感情は分かる。

「……じゃ、ない」
「え?」
「嫌じゃないもん。恥ずかしいだけだもん」

 美鈴の返答を聞く為、脩一が少しだけ腕の力を緩めた。その隙をつくように見上げて彼に告げれば、急に肩に両手を置かれて身体を離される。
 突然の出来事についていけずに小首をかしげる美鈴だったが、脩一は頭頂部を彼女に突き付けるように下を向いたままだ。

「え?脩一さん?」
「ちょ……、ちょっと待って」
「え?ど、どうしたの?気分悪いとか?」

 問い掛ければ、苦しそうな圧し殺した脩一の返答である。
 美鈴は更にパニックになり、必死に彼の顔を覗き込もうとした。

「悪い……った」
「え……?」
「ちょっと待って。本当にマジで俺ってば何やってるのこんなところで猿じゃあるまいしいくら可愛いからって不意を突かれたくらいで」
「え?えっ?」
「………………ふぅ、まだまだだな俺」
「だ、大丈夫なの?」

 疲れたように息を吐いて顔を上げた脩一に、美鈴は怖々問い掛ける。
 けれどもその場を動こうとはせず、橋の欄干にもたれ掛かったのだ。

「悪いけど、もう少し落ち着くまで待ってくれるか?」
「えっ、落ち着く?と、とりあえずここにいるのは良いんだけど……」
「あ、具合が悪いとかじゃない。むしろ元気過ぎて困ってる」
「ん?……元気なのは良い事じゃないの?」
「ふっ、遠回し過ぎて意味が伝わってないか。……勃起した。美鈴が真っ赤な潤んだ目で見上げるもんだから、俺の愚息が臨戦態勢になったんだ。本当、自分でもびっくり」
「きゅっ!」

 欄干のサイズ的に背を丸めるようになっている脩一は、いまだに状況を把握出来ずに首をかしげていた美鈴に小声で告げる。
 それによりようやく理解した美鈴は、赤面した顔を臥せるように欄干へと額をぶつけるはめになるのだった。

 ※ ※ ※ ※ ※

「も、本当に信じられないっ」
「そう怒るなよ。あれは男の本能だ」
「でもっ」

 しばらく橋の上にいた二人だったが、赤面した女と下半身を誤魔化すように背を丸めた男──これはかなり周囲から浮いていたと思われる。
 脩一が落ち着いた・・・・・後も美鈴の顔の赤みは治まらず、会話すらままならなくなって車に戻ってきたのだ。
 そして車内に入ってすぐ、美鈴は脩一に対して怒りをぶつけてきたのである。

「俺も驚いたって言ったろ。まさかあの状況で完勃ちとか、俺も初めてだった」
「っ、そ、そういう事を言わないでよねっ」
「……くくっ、可愛い反応だな。だが、遠回しに言っても伝わってなかったようだから、はっきりと言っただけだ。美鈴に誤魔化しても仕方ないだろ、本当の事だし」

 脩一の露骨な表現に、真っ赤な顔で怒っている美鈴だ。
 けれども怒りというより羞恥が強いようで、年齢的にも意味が分かれば附随する事柄を想像する事は容易い。
 あまりにも幼い反応ばかりする美鈴を多少不安に思っていた脩一にとって、今の彼女の様子から経験のないだけのウブな女性なのだと安堵した。

 ──まぁ……仮に本当に何も知らなくても、俺が教えるだけだけどな。
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