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ストーカー編──第五章『互いの心が向かう方向』──

その43。スキンシップはほどほどに 2

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 けれどもそうすると、今回の脩一しゅういちとの交際は『親公認』という事なのだろう。
 両親も美鈴みすずを脩一に任せる言っていたのだし、そもそも昨夜正式に告白を受けて承認したのだ。

 ──驚いて良いのか、喜んで良いのか。もうなんか良く分からないけど……。正直、脩一さんと一緒にいられるのは嬉しい、な。

 美鈴が一人──心の内で思考している間に、気付けば脩一に誘導されて乗降入り口から離れた場所に移動している。
 そして脩一は、様子を伺うように真っ直ぐ美鈴を見つめていた。

「えっと。次からは、ちゃんと説明してよ?……でも、脩一さんと会えて嬉しい」
「あ、あぁ……うん。俺も、美鈴と逢えて良かった」

 心のままに言葉を紡ぐのは、かなりの羞恥を覚えるものだった。美鈴はそれを初めて知る。──そしてそれを告げられた側である脩一も同じだったのか、照れたように視線を彷徨さまよわせていた。
 しかしながらここは病院の入り口であり、更には乗降場の為に人々の往来が激しい場所である。──つまりは人の目が多いのだ。

「あ~……、とりあえず場所を変えよう」
「え?……あ……そう、ね」

 脩一に告げられ、美鈴もようやく今の状況を認識する。
 衆人環視の中、二人して『キャッキャウフフ』な情景を繰り広げていたのである。我に返った時は既に──遠目にだが──少なくない観客がいる現状で、これ以上の長居は己の精神衛生上不可能だった。
 美鈴は真っ赤になった顔を、俯く事で必死に隠そうとする。本来これでは真っ直ぐ歩く事など出来よう筈もないが、それは脩一が誘導してくれるので任せきりだった。

 ※ ※ ※ ※ ※

 そうして促されて美鈴がやって来たのは駐車場で、国産車SUV系四駆に手を掛けて当然のように助手席の扉を開ける脩一である。
 だがこれは彼が女性慣れしているからではなく、逃がしたくない心情の現れだった。──けれども、本人には自覚がない。

「美鈴、大丈夫?」
「あぅ~もうっ……、恥ずかし過ぎる……。何、人前で恋愛アニメ繰り広げてるの私……っ」
「真っ赤になって、可愛い」
「ふにゃ!?も、もうっ、からかわないでよっ」

 美鈴を助手席に乗せてシートベルトをし、すぐさま運転席に回り込んで脩一は内心安堵する。
 屋外である現状でありながら、少なくともここは己の空間だ。──先程までの衆人環視状態とはことなる。
 美鈴の反応をマジマジと観察していてもおかしく思われないし、その可愛さにニヤついていても変に感じる者もいない。心のままに振る舞える事は、これまでの我慢を埋めるものだ。──いや、あまり我慢していたという訳ではないかもしれないが。
 そして実は脩一自身、そんな自分の感情の機微に驚いていた。しかしこうした反応をする心に違和感を感じつつも、不思議と嫌悪を覚えるものではないのである。

「俺、本気なんだけど」
 チュ──。

 一瞬だったが、脩一の唇が美鈴のそれとれ合った。
 サッと身体を離したものの、互いの視線は絡み合っている。

「あ~っ、チューしてる~っ」
「こ、こらっ。そういう事は言わないのっ」

 本能に任せて助手席で小さくなる美鈴に口付たのだが、フロントガラス越しにこちらを見ていた園児に『指さし報告』をされてしまった。
 そう──幾ら車内とは言え、いまだ屋外にいる。他者の目が完全皆無ではない為、周囲には注意が必要なのだと改めて知らされった。
 付き添っていた母親らしき女性は、子供の反応に慌てて抱き上げて急ぎ足で立ち去る羽目になったようである。逆に気を遣わせてしまって、申し訳なく脩一は眉尻を下げた。

「ごめん、美鈴。受かれ過ぎ……た」

 反省を込めて脩一は謝罪を口にしたのだが、それ以前から全く反応がない美鈴に気付く。だが怒らせたのかと不安になって顔を覗き込めば、彼女は目を見開いたまま完全に固まっていた。
 脩一が掌を眼前で小刻みに動かしても、何の反応もない。気絶まではしていないようだが、思考は完全に止まっているようだった。

 ──あれ……俺、やり過ぎた?
「お~い、美鈴?」

 少しの罪悪感がよぎったが、バードキスくらいでこのような反応を頻発されるのは困りものである。
 脩一はそう開き直ると、周囲に歩行者がいない事を確認してから本格的に車を発進させた。
 なんだかんだで色々あったが、忘れてはならないのが本日は貴重な日曜日やすみだという事だ。明日からはまた終日仕事──実際に一週間も実務を離れていたのだから、社に顔を出すのが憂鬱でもある──に追われる為、美鈴との時間を多くとる事が出来なくなる。
 そうなればまた、彼女の気持ちが離れかねないのだ。──いや、脩一の想いを疑われるのか。

 ──そうかといって、俺の自宅に囲い込むのも怖がられそうだよなぁ。ってか……キスでこの反応って、逆にそそる。

 幸いまだ早い時間である。美鈴の緊張をほぐす為、足を伸ばす余裕くらいはまだあった。
 そうして脩一は一旦家へ向かった道を変え、緑多い方へ方向を変える。

 ──まぁ、まともなデートなんてラーメン屋から始まった商店街くらいしか行った事ないし。そもそも、俺と美鈴の関係期間が短すぎる。

 『好きになるのは時間ではない』と聞いた事があるものの、わずか十日ばかりではさすがに短期間過ぎるのだ。
 脩一は美鈴が呆けている間にと、初夏の新緑が広がる山合へ車を走らせる。そしていつの間にか眠ってしまった美鈴へ視線を送るたび、脩一は口元に笑みを浮かべるのだった。
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