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ストーカー編──第五章『互いの心が向かう方向』──
その36。一筋の光 1
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「美鈴……っ」
そんな空想を邪魔──終わらせる声が、何故か耳元から聞こえる。
いつの間にか他にもたくさんの足音が近くで聞こえるし、圧し殺した声での指示が幾つも飛び交っていた。
──え?何?どうなったの?
混乱する美鈴だが、何者かに抱き上げられ、心臓が止まる程驚く。
知っている声と似ているが、これはまだあの夢の中なのかもしれなかった。
「ごめん美鈴、驚かせた。……これ、外すな?」
けれども夢の中であれば、誰も彼女の名を呼ぶ事はない。
身動きの取れない状態の美鈴は、誰かの腕に抱き留められたまま目隠しを解かれる事となった。
それまで妄想の世界にいた事もあり、もう何が何だかと半ばパニックだった美鈴。そして固く縛られていた目元が解放され、僅かにぼやける視界の中で映った相手は、何故か脩一である。
「ちょっと待ってな」
美鈴の身体を起こして座らせた状態にすると、猿轡と全身を拘束するロープをほどいてくれた。
「……美鈴?」
けれども美鈴は動かない。──正直、どう反応して良いのか分からないのだ。有り得ない事が重なると、勝手に脳内が現実逃避を始めるらしい。
脩一の瞳の動きを追うが、それだけである。
「えっと……。とりあえず、ここを出ような」
瞬きを繰り返しながら脩一の顔を凝視するだけの美鈴だったが、彼は答えを待たずして彼女を横向きに抱き上げた。
ビクッと身体が跳ねたが、反射的に脩一の首にしがみつく美鈴の腕。意図せず姫抱きされた形になり、美鈴は再び混乱の為に視線を泳がせる。
そして脩一に連れていかれる中で、ここが港の倉庫で、更には聞き慣れない言葉を叫んでいる男性が五人程、制服警官に連れられている現状も見た。──その後ろに、茶髪の女性もいる。
「あ……」
この場所に長居したくないのは当然の事なのだが、美鈴としては辛うじて見覚えのある『彼女』が気になった。
「大丈夫だ、美鈴。もう大丈夫だから、何も心配はいらない」
「しゅ……ち、さ……」
声をあげた美鈴の視線の先を分かってか、脩一は優しく額や鼻先に唇を落としてくる。
美鈴はそんな脩一を見上げ、そしてボロボロと大粒の涙を溢した。
掠れた今の美鈴の声は、脩一の耳に届いたか分からない。だがただ声なく涙する彼女に、脩一はずっと唇を使って慰めてくれていた。
※ ※ ※ ※ ※
泣き疲れたのか、急に糸が切れたかのように意識を失った美鈴。目元に残る涙を唇で拭いながら、脩一はパトランプの光る夜の倉庫街を見回す。──それは正しくドラマの一幕のようで、現実的に犯人逮捕直後。
脩一をストーキングしていた女性は、あろうことか美鈴にターゲット変更していた。
「御苦労様でした。彼女が誘拐、監禁の被害者の方ですね」
「えぇ。疲れたのか眠ってしまっていますが……」
「まぁ、そうですよね。見たところ大きな外傷はないようですが、念の為病院で検査入院していただきます」
「はい……。宜しく御願いします」
「勿論です。あぁ、宜しければ一緒に救急車へどうぞ」
「お心遣い感謝します。では、遠慮なく同行させて頂きます」
駆け寄ってきた警官に案内され、美鈴を抱き上げたままの状態で近くに待機していた救急車に乗り込む。
そこで指示を受け、美鈴を担架の上に横たわらせた。救急隊員が彼女へ様々な機器を接続していくのを、脩一は無表情に見つめる。そしてその向こうでは、受け入れ先の病院へ連絡を取っている隊員がいた。
これは後で警察から聞かされた事だが──ストーカー犯は北海道から許可なく移動したばかりか、接触禁止とされている脩一へ故意に接触。見合い相手が高校の同級生の知人とか、世間は狭すぎる。というか、それでも良くそんな情報を聞き付けたものだ。
勿論初めの犯人のターゲットは見合い相手だったらしいが、あの時出会った事で急遽美鈴へと矛先が変更される。そしてインターネットで募集した外国人を使うところが既に計画的で、ターゲットを誘拐・監禁。最終的に海外へ売り飛ばす手筈だった──。
若干不服ではあるが、有弘に宥められて寝かされた翌日。──黒歴史がまた一つ増えたが、脩一は有弘と共に警察へ足を運ぶ。禁止命令を無視したストーカーへ、新たな申し立てをするつもりだったのである。
しかしながら話は予想以上に広がり、人身売買まで繋がってしまった。その為、連日に渡り警察からの聴取や申請書等の手続きで走り回るハメになる。
──現実に目の前で、こうやって『処置中』の赤いライトを見上げる事になるとは思わなかった。
脩一は大して柔らかくないベンチシートに腰掛け、壁に背を預けて一点を見つめている。
やっとの事で諸々の手続きが終わり、脩一が携帯を確認したのが金曜日の夕方。美鈴からの留守番電話を聞いた時には、心臓が掴み出された気がした程だ。
美鈴の緊張したような声と、続けられた荒々しい物音。携帯が地面に落ちたのか、激しい衝突音も続く。そして英語ではない外国語が飛び交い、通話が切られた。──その直前にストーカー犯の声まで聞こえる。
俺は怒りで我を忘れ、携帯を壁に叩き付けるところだった。即座に有弘に止められたが──、別に殴る事はなかったと今でも脩一は思う。
でもそれから有弘と共に再度警察へ行き、留守番電話の音声を提出。実行犯の割り出しを急ぐと共に、ストーカー犯の関与が証明された。
そんな空想を邪魔──終わらせる声が、何故か耳元から聞こえる。
いつの間にか他にもたくさんの足音が近くで聞こえるし、圧し殺した声での指示が幾つも飛び交っていた。
──え?何?どうなったの?
混乱する美鈴だが、何者かに抱き上げられ、心臓が止まる程驚く。
知っている声と似ているが、これはまだあの夢の中なのかもしれなかった。
「ごめん美鈴、驚かせた。……これ、外すな?」
けれども夢の中であれば、誰も彼女の名を呼ぶ事はない。
身動きの取れない状態の美鈴は、誰かの腕に抱き留められたまま目隠しを解かれる事となった。
それまで妄想の世界にいた事もあり、もう何が何だかと半ばパニックだった美鈴。そして固く縛られていた目元が解放され、僅かにぼやける視界の中で映った相手は、何故か脩一である。
「ちょっと待ってな」
美鈴の身体を起こして座らせた状態にすると、猿轡と全身を拘束するロープをほどいてくれた。
「……美鈴?」
けれども美鈴は動かない。──正直、どう反応して良いのか分からないのだ。有り得ない事が重なると、勝手に脳内が現実逃避を始めるらしい。
脩一の瞳の動きを追うが、それだけである。
「えっと……。とりあえず、ここを出ような」
瞬きを繰り返しながら脩一の顔を凝視するだけの美鈴だったが、彼は答えを待たずして彼女を横向きに抱き上げた。
ビクッと身体が跳ねたが、反射的に脩一の首にしがみつく美鈴の腕。意図せず姫抱きされた形になり、美鈴は再び混乱の為に視線を泳がせる。
そして脩一に連れていかれる中で、ここが港の倉庫で、更には聞き慣れない言葉を叫んでいる男性が五人程、制服警官に連れられている現状も見た。──その後ろに、茶髪の女性もいる。
「あ……」
この場所に長居したくないのは当然の事なのだが、美鈴としては辛うじて見覚えのある『彼女』が気になった。
「大丈夫だ、美鈴。もう大丈夫だから、何も心配はいらない」
「しゅ……ち、さ……」
声をあげた美鈴の視線の先を分かってか、脩一は優しく額や鼻先に唇を落としてくる。
美鈴はそんな脩一を見上げ、そしてボロボロと大粒の涙を溢した。
掠れた今の美鈴の声は、脩一の耳に届いたか分からない。だがただ声なく涙する彼女に、脩一はずっと唇を使って慰めてくれていた。
※ ※ ※ ※ ※
泣き疲れたのか、急に糸が切れたかのように意識を失った美鈴。目元に残る涙を唇で拭いながら、脩一はパトランプの光る夜の倉庫街を見回す。──それは正しくドラマの一幕のようで、現実的に犯人逮捕直後。
脩一をストーキングしていた女性は、あろうことか美鈴にターゲット変更していた。
「御苦労様でした。彼女が誘拐、監禁の被害者の方ですね」
「えぇ。疲れたのか眠ってしまっていますが……」
「まぁ、そうですよね。見たところ大きな外傷はないようですが、念の為病院で検査入院していただきます」
「はい……。宜しく御願いします」
「勿論です。あぁ、宜しければ一緒に救急車へどうぞ」
「お心遣い感謝します。では、遠慮なく同行させて頂きます」
駆け寄ってきた警官に案内され、美鈴を抱き上げたままの状態で近くに待機していた救急車に乗り込む。
そこで指示を受け、美鈴を担架の上に横たわらせた。救急隊員が彼女へ様々な機器を接続していくのを、脩一は無表情に見つめる。そしてその向こうでは、受け入れ先の病院へ連絡を取っている隊員がいた。
これは後で警察から聞かされた事だが──ストーカー犯は北海道から許可なく移動したばかりか、接触禁止とされている脩一へ故意に接触。見合い相手が高校の同級生の知人とか、世間は狭すぎる。というか、それでも良くそんな情報を聞き付けたものだ。
勿論初めの犯人のターゲットは見合い相手だったらしいが、あの時出会った事で急遽美鈴へと矛先が変更される。そしてインターネットで募集した外国人を使うところが既に計画的で、ターゲットを誘拐・監禁。最終的に海外へ売り飛ばす手筈だった──。
若干不服ではあるが、有弘に宥められて寝かされた翌日。──黒歴史がまた一つ増えたが、脩一は有弘と共に警察へ足を運ぶ。禁止命令を無視したストーカーへ、新たな申し立てをするつもりだったのである。
しかしながら話は予想以上に広がり、人身売買まで繋がってしまった。その為、連日に渡り警察からの聴取や申請書等の手続きで走り回るハメになる。
──現実に目の前で、こうやって『処置中』の赤いライトを見上げる事になるとは思わなかった。
脩一は大して柔らかくないベンチシートに腰掛け、壁に背を預けて一点を見つめている。
やっとの事で諸々の手続きが終わり、脩一が携帯を確認したのが金曜日の夕方。美鈴からの留守番電話を聞いた時には、心臓が掴み出された気がした程だ。
美鈴の緊張したような声と、続けられた荒々しい物音。携帯が地面に落ちたのか、激しい衝突音も続く。そして英語ではない外国語が飛び交い、通話が切られた。──その直前にストーカー犯の声まで聞こえる。
俺は怒りで我を忘れ、携帯を壁に叩き付けるところだった。即座に有弘に止められたが──、別に殴る事はなかったと今でも脩一は思う。
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