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ストーカー編──第四章『攻防と転落』──
その30。嵐の中で 2
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そして会社と警察と両親を交え、犯人を突き止めた。ストーカー規制法が適用され、接近禁止命令が出される。本人も勤務地異動が通達され、物理的にも距離が開いた──筈だった。
でも、あの場所にいたのだ。
脩一のあの時の様子は尋常ではなかったと、今でも美鈴は思っている。その理由がこれでは、想像に難くない。
「……って、愚痴。悪かったな、長々と聞かせちまって……って、おい。何で泣いてる?!」
大きな溜め息と共に話を終わらせた脩一だったが、自虐的な表情を浮かべて美鈴に視線を移したところで困惑した。
静かに話を聞いてくれていた彼女が、ボロボロと大粒の涙を流していたからである。
慌ててハンカチを取り出して涙を拭おうとし──硬直した。
「あ、あれ?!」
「だ、大丈夫、自分で拭くから。えっと、化粧品ついちゃうし……」
不格好にハンカチを差し出したままの脩一だが、美鈴は困ったような泣き笑いの顔で自分のハンカチを出す。
脩一は気付いていないようだったが、この時彼は、心的外傷後ストレス障害の片鱗を見せていた。
美鈴──女性に対して、拒否反応を起こしたのである。
「脩一さん?」
「え、あ、あ~……。お手」
「?」
美鈴が涙を拭い終わった時も、脩一はハンカチを持ったまま首を捻っていた。
その様子を不思議に思った美鈴が声を掛けると、何故だか掌を差し出されたのである。
勿論、意味が分からない。けれども美鈴はその場のノリ的に──反射的に脩一の掌に手を乗せた。
「……触れる、よな」
「え?」
「いや、ちょっと良い?」
初めに呟かれた言葉はあまりにも小さく、美鈴の耳には届かない。けれども、脩一が何か戸惑っているのは伝わった。
それから確認するように、ゆっくりと伸ばされた反対側の手は──頬に触れる前で止まる。そして、震えていた。
美鈴は脩一の右手に右手を乗せたまま。けれども視線で彼の様子を見ていた。
「っ……」
詰めた息を吐いた脩一の表情は、苦しそうに歪められる。
『触れない』のだと、美鈴は気付いた。震える手は、恐怖を表しているのだという事も。
「無理、しなくて良いですよ?」
その言葉に、脩一の表情がムッと不満の色に変わった。
「何で敬語」
「え、そこ?」
「……くそっ」
美鈴に指摘の言葉を投げた後、脩一は苛立ちを込めて伸ばした手を握り締める。
己の眼前にあるその手を、恐る恐る美鈴が触れた。ピクリと小さく揺れる。けれどもそれは拒絶ではなく、戸惑いだったようだ。
現時点で両手が女性に接触しているが、脩一に変化はない。『手』は大丈夫なのかもしれない。
「ほら、大丈夫」
「………………あぁ」
「あ、でも脩一母は大丈夫かな。結構、怒ってたけど」
美鈴が笑みを返しても、脩一はいまいちな反応だった。自分から触れられなければ問題なのか、彼女にはその真意が分からない。
そうして小首を傾げた時、先程の脩一母を思い出した。あれはかなり強引な幕引きだったように美鈴は思う。脩一の名前を叫んでいたが、見合い相手にも恥をかかせてしまった筈だ。
「……まぁ、大丈夫だろ」
「え~、そんな適当な……」
「あっちの勝手に振り回されてるんだ。少しくらい痛い目を見れば良いさ。……それより、これからどうする。予定はあるのか?」
「うむむっ……まぁ、脩一さんが良いのなら良いけどぉ。んと、私は予定が特にある訳じゃないけど、この格好でウロウロはちょっと……」
脩一の誘いに、美鈴は己の格好を見下ろした。
服装的にはフォーマル過ぎるが、まぁアクティブな場所でなければとりあえず行ける。けれども、足元だけはダメだ。──美鈴にとってヒールは見せるだけのもので、履き物のカテゴリーからは少し外れる。
「あ~……、そうだな。俺も、スーツじゃ堅苦しい。とりあえず一度帰るか。着替えて、今度はデートしようぜ」
「ふぇ?!で、デートっ」
「何か感じ悪い終わりだったし、このままじゃな。まだ十時過ぎだから、帰って……まず、昼にラーメン食いに行こうぜ?あ、食える?」
「あ、え……な、何か凄い勢いで決まっていく。え、えっと、ラーメンは味噌が好き」
「よし、旨い味噌ラーメン教えたる。って事で、ラーメン食いに行ける格好な」
「え、あ、うん。分かった、ラーメン」
「ふくくっ、返事もラーメンかよ。んじゃ、一旦帰宅っと」
何故か脩一とラーメンデートをする事に決まったのだが、美鈴は先程より元気になった彼に安心した。──空元気かもしれないが。
けれども確かにあまり良い終わりではなかった為、このまま脩一との関係が終わってしまうのは嫌な気がする。
──え、嫌って、その、変な意味じゃないもん。
自分の思考に突っ込みを入れながらも、美鈴は午後からも脩一との予定が入った事を嬉しく感じていた。
いつまで『偽装彼女』をしなくてはならないのかはっきりと聞いていないが、お見合い関係の話があれで終わったとは思えない。──実際には『言い逃げ』してきただけであり、きちんとした解決には至っていないのだった。
でも、あの場所にいたのだ。
脩一のあの時の様子は尋常ではなかったと、今でも美鈴は思っている。その理由がこれでは、想像に難くない。
「……って、愚痴。悪かったな、長々と聞かせちまって……って、おい。何で泣いてる?!」
大きな溜め息と共に話を終わらせた脩一だったが、自虐的な表情を浮かべて美鈴に視線を移したところで困惑した。
静かに話を聞いてくれていた彼女が、ボロボロと大粒の涙を流していたからである。
慌ててハンカチを取り出して涙を拭おうとし──硬直した。
「あ、あれ?!」
「だ、大丈夫、自分で拭くから。えっと、化粧品ついちゃうし……」
不格好にハンカチを差し出したままの脩一だが、美鈴は困ったような泣き笑いの顔で自分のハンカチを出す。
脩一は気付いていないようだったが、この時彼は、心的外傷後ストレス障害の片鱗を見せていた。
美鈴──女性に対して、拒否反応を起こしたのである。
「脩一さん?」
「え、あ、あ~……。お手」
「?」
美鈴が涙を拭い終わった時も、脩一はハンカチを持ったまま首を捻っていた。
その様子を不思議に思った美鈴が声を掛けると、何故だか掌を差し出されたのである。
勿論、意味が分からない。けれども美鈴はその場のノリ的に──反射的に脩一の掌に手を乗せた。
「……触れる、よな」
「え?」
「いや、ちょっと良い?」
初めに呟かれた言葉はあまりにも小さく、美鈴の耳には届かない。けれども、脩一が何か戸惑っているのは伝わった。
それから確認するように、ゆっくりと伸ばされた反対側の手は──頬に触れる前で止まる。そして、震えていた。
美鈴は脩一の右手に右手を乗せたまま。けれども視線で彼の様子を見ていた。
「っ……」
詰めた息を吐いた脩一の表情は、苦しそうに歪められる。
『触れない』のだと、美鈴は気付いた。震える手は、恐怖を表しているのだという事も。
「無理、しなくて良いですよ?」
その言葉に、脩一の表情がムッと不満の色に変わった。
「何で敬語」
「え、そこ?」
「……くそっ」
美鈴に指摘の言葉を投げた後、脩一は苛立ちを込めて伸ばした手を握り締める。
己の眼前にあるその手を、恐る恐る美鈴が触れた。ピクリと小さく揺れる。けれどもそれは拒絶ではなく、戸惑いだったようだ。
現時点で両手が女性に接触しているが、脩一に変化はない。『手』は大丈夫なのかもしれない。
「ほら、大丈夫」
「………………あぁ」
「あ、でも脩一母は大丈夫かな。結構、怒ってたけど」
美鈴が笑みを返しても、脩一はいまいちな反応だった。自分から触れられなければ問題なのか、彼女にはその真意が分からない。
そうして小首を傾げた時、先程の脩一母を思い出した。あれはかなり強引な幕引きだったように美鈴は思う。脩一の名前を叫んでいたが、見合い相手にも恥をかかせてしまった筈だ。
「……まぁ、大丈夫だろ」
「え~、そんな適当な……」
「あっちの勝手に振り回されてるんだ。少しくらい痛い目を見れば良いさ。……それより、これからどうする。予定はあるのか?」
「うむむっ……まぁ、脩一さんが良いのなら良いけどぉ。んと、私は予定が特にある訳じゃないけど、この格好でウロウロはちょっと……」
脩一の誘いに、美鈴は己の格好を見下ろした。
服装的にはフォーマル過ぎるが、まぁアクティブな場所でなければとりあえず行ける。けれども、足元だけはダメだ。──美鈴にとってヒールは見せるだけのもので、履き物のカテゴリーからは少し外れる。
「あ~……、そうだな。俺も、スーツじゃ堅苦しい。とりあえず一度帰るか。着替えて、今度はデートしようぜ」
「ふぇ?!で、デートっ」
「何か感じ悪い終わりだったし、このままじゃな。まだ十時過ぎだから、帰って……まず、昼にラーメン食いに行こうぜ?あ、食える?」
「あ、え……な、何か凄い勢いで決まっていく。え、えっと、ラーメンは味噌が好き」
「よし、旨い味噌ラーメン教えたる。って事で、ラーメン食いに行ける格好な」
「え、あ、うん。分かった、ラーメン」
「ふくくっ、返事もラーメンかよ。んじゃ、一旦帰宅っと」
何故か脩一とラーメンデートをする事に決まったのだが、美鈴は先程より元気になった彼に安心した。──空元気かもしれないが。
けれども確かにあまり良い終わりではなかった為、このまま脩一との関係が終わってしまうのは嫌な気がする。
──え、嫌って、その、変な意味じゃないもん。
自分の思考に突っ込みを入れながらも、美鈴は午後からも脩一との予定が入った事を嬉しく感じていた。
いつまで『偽装彼女』をしなくてはならないのかはっきりと聞いていないが、お見合い関係の話があれで終わったとは思えない。──実際には『言い逃げ』してきただけであり、きちんとした解決には至っていないのだった。
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