階段で異性とぶつかって恋に落ちるなんて少女漫画だけの話と思ってました

まひる

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ストーカー編──第四章『攻防と転落』──

その27。嵐の前 1

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 ※ ※ ※ ※ ※

 そうして脩一しゅういちの運転で、市駅前にある『BGホテル』へ向かう。
 脩一の運転は終始落ち着いていて、美鈴みすずも安心して助手席のシートに収まっていられた。

「土曜日とはいっても、この時間の駅前は混んでるな」
「そうですね。私はプライベートではあまり来ないですけど……、皆さんは何をしに駅に集まっているんですかね」

 イベントでもやっているのかと、美鈴は周囲ののぼり等を見回す。

「いや、今日は何もやってないと思う。単に買い物とか、ウインドウ・ショッピングなんかじゃないか?」
「そうなんですか?でも、駅前に大きなショッピングモールがある事は知ってます。ブランド品とかのお店が多いって、萌枝もえ……同期から聞きました」
「同期?あ、美鈴は高卒だよな。今、三年目だよな?」
「あ、はい、そうです。脩一さんは、あの……」
「ん?あ、俺も高卒。んで、社畜九年目の二十七。美鈴は三年目って事は、二十一?」
「あ、誕生日が来たら……。とりあえずまだ二十歳はたちです」

 話の流れから『誕生日』に行き着いてしまったのだが、美鈴は思わず言い淀んでしまった。
 偽装彼女なのだから、脩一にとって美鈴の誕生日は『関係のない事』と思ったからである。けれどもこの流れからすると、日付を聞かなくてはならないのでは、と変に意識してしまった。
 脩一の誕生日を知りたい気持ちもあるが、どこまで立ち入って良いのか境界線が難しい。

「そっか。じゃあ、誕生日は……」
 パバーァァアッ!
「ぅきゃっ!」
「っぶねっ!」

 そう脩一が言い掛けた時、大きなクラクションの音と共に、勢い良く前方に大型のトラックが割り込んでくる。急ブレーキとまではいかないが、脩一がスピードをかなり落として事なきを得た。
 どうやら、トラック前方の乗用車が進路変更等で速度を緩めた為、運転手の怒りを買ったようである。

「ったく、運転が荒いなぁ。大丈夫か?」
「は、はい……」

 バクバクと暴れる鼓動を手で押さえつつ、美鈴はチラチラと眉尻を下げて心配そうにしている脩一に応える。
 美鈴自身も運転免許は持っているが、すぐ独り暮らしを始めた為、自分では全く運転していなかった。──つまりはペーパー・ドライバー歴三年である。

「悪かったな。中心部は交通量が多いから、車間が難しいんだ。開け過ぎてると強引に割り込まれるし、かといって急な車線変更はざらだからな」
「そ、そうなんですね。私はペーパーなんで、余計にこんな車線が多い道路は怖いです」
「ハハッ。まぁ、慣れなんだけどな。お、駐車場は空いてるみたいだ」

 駅に程近くなり、あちらこちらに駐車場案内の電光掲示板が見えるようになった。目的地の『BGホテル』も、提携駐車場があるようだ。
 脩一もその駐車場を利用する事にしたらしく、周囲を確認しながら近付けていく。
 そして問題なく入り口のゲートをくぐり、立体駐車場へと車を侵入させた。

 ──何となく、誕生日の会話は流れちゃったみたい。……良かった、のかな。

 無事駐車スペースを確保し、完全に停車させたところで美鈴は時計を確認する。
 まだ約束の時間まで二十分近くあった。

「よし、時間通りだ。ホテルのラウンジは五階みたいだから、とりあえず五階に行くか」
「あ、はい」

 現在地は立体駐車場の三階である。
 脩一は自分のシートベルトを外しながらも、視線を美鈴へ向けて問い掛けてきた。勿論美鈴も否やはなく、すぐさまシートベルトに手を掛ける。
 そして美鈴が鞄を持って扉に手を掛けようとしたところで、助手席のドアが自然と開いた。

「ほら」
「え?」

 当然の事ながら自動ドアではない為、開けてくれたのは脩一である。
 更に当然のように彼から手を差し伸べられ、美鈴は目をまたたいた。

「いや、また転ぶと危ないだろ?」
「っ、そんなにしょっちゅう転びませんっ」

 驚く美鈴に対し、脩一はニヤリと言い表せる意地悪な笑みを返してくる。
 出掛けぎわの階段で落ちそうになった事を指していると分かり、美鈴は唇をとがらせた。

 ──あれは脩一さんが悪いんだもん。一人だったら問題なかったしっ。
「フククッ……。はいはい。じゃあ、『さぁ、御嬢様。お手を拝借いたします』」

 口元を軽く拳で隠して笑った脩一は、今度はやけに芝居がかった台詞と態度で美鈴へ手を伸ばす。
 そんな、『遊び心』と言って良いのか楽しげな脩一の態度に、怒りが薄れてしまった美鈴は肩をすくめた。

「お願いします」
「おぅ」

 そして美鈴は、素直に脩一の手に己のを重ねる。
 初めて──意図してれた彼の手は大きく、それでいて滑らかな長い指をしていた。
 自営業の父親を思い浮かべるに、男性の手は太くて固いものだと勝手に思い込んでいたのである。けれども肉体労働ではない男性は、こんなものなのかもしれなかった。

「どうした?」
「あ、いえ……」

 手に気を取られている間に車から降り立っていたのだが、美鈴の視線に気付いた脩一が問い掛ける。
 綺麗な手に見とれていたとは言えず、美鈴は自然と目をらしてしまった。

「……んじゃ、行こうか」
「え、あの……はい……」

 何を思ったのか、脩一はわずかに考えた後、そのまま美鈴の手を引いて車に背を向ける。
 ピピッという音と車が施錠される音が響き、口を開いた美鈴の戸惑いの先の言葉を消した。
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