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かいこい編──第三章『宣言と交錯する感情』──
その24。迷子の本音 2
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──けれども、あまりよそよそしくてはダメ。
「美味しいっ。はむはむはむ、おいひいぃ~」
そんな、自分の頭の中で決定した約束事である。正直食欲など消えかけていたが、元気を装って口にしたパスタが想像以上に美味しかった。
美鈴の得意スキル発動である。美味しいものを食べれていれば、いつも心のモヤモヤは何処かに消えるのだ。
「あれ?脩一さん、食べないんですか?もしかして、猫舌さんとかですかぁ?」
「あ、いや……」
「私、熱いのは苦手なんですけど、ツルツル系は好物なんですぅ」
「そ、そうか……。俺も、どっちかというと麺系は好きだ」
「お揃いですねぇ。ん~、美味しっ」
──そっかぁ。麺系が好きだなんて、新情報だねっ。……本気で好きになる前で、本当に良かったよぉ。
懸命に空気が沈まないよう、美鈴は笑顔を振り撒く。──既に傷付いているとは気付かずに。
※ ※ ※ ※ ※
そうして、互いが互いに気を遣いながらも、食事が終わった。
約束通り脩一が支払いをしてくれたし、今は美鈴をアパートまで送る車の中である。──けれども気まずい雰囲気は漂っていた。
──あ~……、おかしいなぁ。何でもっと、上手く取り繕えないんだろう。
車の中での先程より近い距離間は、脩一にも美鈴にも、僅かながら緊張感を持たせている。
たださすがに終始無言という訳ではなく、どちらかが場を持たせる為の、何でもない質問をしていたのだ。
学生時代の好みの教科とか、好きだったテレビとか──現状の心理の核心に迫るものは何一つない、世間話のようなもの。
「そうか。六歳違うから、俺が中一の時、まだ美鈴は小一なんだな」
「そうですよねぇ。学生時代の六歳って、凄く離れてる気がしてましたけど」
「何だ、『おじさん』とか言うなよ?」
「やだぁ、言いませんよぉ。せめて『お兄さん』じゃないです?あ、橋を渡った先の信号を右にお願いします」
気分は飲み会のノリでとりとめのない会話を続け、気付けば美鈴のアパートの近くに来ていた。
信号を曲がって、一つ目の信号の角が家である。通り沿いなので、こうして送迎してもらう場合には説明しやすくて良かった。
「おぅ、分かった」
「曲がった先、一つ目の信号の角が家なんで……」
「ん。それなら、その辺りに停めれば良いな」
「いえ……通り越して、その先にコンビニがあるので、そこにお願いしても良いですか?」
「ん?あぁ、分かった」
「すみません。ちょっとお酒を買って帰りたいので……」
「なるほどな。ついでだから、俺も何か見てくか」
そんな短いやり取りの後、車はすぐに目的のコンビニに到着した。
二人で店舗の中へ入り、一緒に歩く。美鈴にとって初めての、彼氏(偽装)との買い物だ。──意識している分、一人で勝手に恥ずかしい。そんな一時だった。
結局、甘めのフルーツ酎ハイを二缶と、つまみになりそうな生ハムを買う。脩一は漫画雑誌とチーズ、魚肉ソーセージだ。
最終的に、ここでも支払いは脩一が持ってくれる。そして購入した品が入った袋を彼が持ったまま、アパートに続く道を二人で歩いていた。
「意外です。魚肉ソーセージとか、食べるんですね」
「酒は家にあるからな。案外合うんだぞ、魚肉ソーセージ」
「そうなんですか?……あ、ここの二階の角です、私の家……」
徒歩五分も掛からないコンビニなので、すぐに到着してしまう。
アパート横の階段の前で、脩一と賃貸の部屋を見上げる。
「あの、観葉植物が出窓にあるとこか?」
「あ、はい。あれ、たまに大繁殖しちゃう時があるんですよね」
「ふ~ん……」
美鈴は何故だが酷く羞恥心が疼くが、すぐに立ち去りたくない気持ちでいるのも事実だった。
「じゃあ、次に大繁殖したら、俺にくれるか?あれ、アイビーだろ?比較的丈夫な観葉植物の筈だから、俺でも何とかなるんじゃね?」
「え……っ?あ、はい。分かりましたっ」
そんな約束を交わす。
仮にそれが果たされなくても、美鈴はとても嬉しく感じていた。──ただ、その感情に名前をつけてはならないと、知らない振りをする。
「それじゃあ……。えっと……LINEはするけど、金曜はたぶん仕事が忙しいから、時間はとれないと思う。だから土曜の朝、迎えに来る」
「えっ?迎えに……って」
「九時にホテルだから、ちょっと面倒だろ。俺と一緒なら、車で行けるしな」
「あ……はい、分かりました」
「ん。時間とかは、またLINEでな」
そしてコンビニの袋を脩一が差し出し、美鈴は流れでそのまま受け取った。
「はい、お願いします」
「俺の方こそ、宜しくなんだけどな。あ、カジュアル厳禁な。あそこ、ちょい服装にうるさいし」
「あ、了解ですっ」
「ん。じゃ、また」
「あ、はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
そうして、互いが口をつぐむ。
こういった事が初めての美鈴は、そのまま脩一が背を向けるのを待っていた。
「……おい。お前がちゃんと家に帰るのを、俺はここで待ってるんだ。早く家に入れ」
「えっ、そういうものなんですか?」
「そういうもんだ」
「じゃ……じゃあ、おやすみなさいですっ」
見つめ合っている状態だったが、脩一の突っ込みに逆に驚く美鈴である。そして大きく頭を下げると、パタパタと階段を駆け上っていった。
それを確認する為に後ろへ下がっていた脩一は、二階の廊下手前の扉が解錠された音を聞く。開けられた金属製の扉の向こうで、小さく美鈴が手を振った。脩一が片手を上げると、満足したように美鈴の姿が消える。
「おやすみ」
小さく呟かれた脩一の声は、誰の耳にも届かなかった。
「美味しいっ。はむはむはむ、おいひいぃ~」
そんな、自分の頭の中で決定した約束事である。正直食欲など消えかけていたが、元気を装って口にしたパスタが想像以上に美味しかった。
美鈴の得意スキル発動である。美味しいものを食べれていれば、いつも心のモヤモヤは何処かに消えるのだ。
「あれ?脩一さん、食べないんですか?もしかして、猫舌さんとかですかぁ?」
「あ、いや……」
「私、熱いのは苦手なんですけど、ツルツル系は好物なんですぅ」
「そ、そうか……。俺も、どっちかというと麺系は好きだ」
「お揃いですねぇ。ん~、美味しっ」
──そっかぁ。麺系が好きだなんて、新情報だねっ。……本気で好きになる前で、本当に良かったよぉ。
懸命に空気が沈まないよう、美鈴は笑顔を振り撒く。──既に傷付いているとは気付かずに。
※ ※ ※ ※ ※
そうして、互いが互いに気を遣いながらも、食事が終わった。
約束通り脩一が支払いをしてくれたし、今は美鈴をアパートまで送る車の中である。──けれども気まずい雰囲気は漂っていた。
──あ~……、おかしいなぁ。何でもっと、上手く取り繕えないんだろう。
車の中での先程より近い距離間は、脩一にも美鈴にも、僅かながら緊張感を持たせている。
たださすがに終始無言という訳ではなく、どちらかが場を持たせる為の、何でもない質問をしていたのだ。
学生時代の好みの教科とか、好きだったテレビとか──現状の心理の核心に迫るものは何一つない、世間話のようなもの。
「そうか。六歳違うから、俺が中一の時、まだ美鈴は小一なんだな」
「そうですよねぇ。学生時代の六歳って、凄く離れてる気がしてましたけど」
「何だ、『おじさん』とか言うなよ?」
「やだぁ、言いませんよぉ。せめて『お兄さん』じゃないです?あ、橋を渡った先の信号を右にお願いします」
気分は飲み会のノリでとりとめのない会話を続け、気付けば美鈴のアパートの近くに来ていた。
信号を曲がって、一つ目の信号の角が家である。通り沿いなので、こうして送迎してもらう場合には説明しやすくて良かった。
「おぅ、分かった」
「曲がった先、一つ目の信号の角が家なんで……」
「ん。それなら、その辺りに停めれば良いな」
「いえ……通り越して、その先にコンビニがあるので、そこにお願いしても良いですか?」
「ん?あぁ、分かった」
「すみません。ちょっとお酒を買って帰りたいので……」
「なるほどな。ついでだから、俺も何か見てくか」
そんな短いやり取りの後、車はすぐに目的のコンビニに到着した。
二人で店舗の中へ入り、一緒に歩く。美鈴にとって初めての、彼氏(偽装)との買い物だ。──意識している分、一人で勝手に恥ずかしい。そんな一時だった。
結局、甘めのフルーツ酎ハイを二缶と、つまみになりそうな生ハムを買う。脩一は漫画雑誌とチーズ、魚肉ソーセージだ。
最終的に、ここでも支払いは脩一が持ってくれる。そして購入した品が入った袋を彼が持ったまま、アパートに続く道を二人で歩いていた。
「意外です。魚肉ソーセージとか、食べるんですね」
「酒は家にあるからな。案外合うんだぞ、魚肉ソーセージ」
「そうなんですか?……あ、ここの二階の角です、私の家……」
徒歩五分も掛からないコンビニなので、すぐに到着してしまう。
アパート横の階段の前で、脩一と賃貸の部屋を見上げる。
「あの、観葉植物が出窓にあるとこか?」
「あ、はい。あれ、たまに大繁殖しちゃう時があるんですよね」
「ふ~ん……」
美鈴は何故だが酷く羞恥心が疼くが、すぐに立ち去りたくない気持ちでいるのも事実だった。
「じゃあ、次に大繁殖したら、俺にくれるか?あれ、アイビーだろ?比較的丈夫な観葉植物の筈だから、俺でも何とかなるんじゃね?」
「え……っ?あ、はい。分かりましたっ」
そんな約束を交わす。
仮にそれが果たされなくても、美鈴はとても嬉しく感じていた。──ただ、その感情に名前をつけてはならないと、知らない振りをする。
「それじゃあ……。えっと……LINEはするけど、金曜はたぶん仕事が忙しいから、時間はとれないと思う。だから土曜の朝、迎えに来る」
「えっ?迎えに……って」
「九時にホテルだから、ちょっと面倒だろ。俺と一緒なら、車で行けるしな」
「あ……はい、分かりました」
「ん。時間とかは、またLINEでな」
そしてコンビニの袋を脩一が差し出し、美鈴は流れでそのまま受け取った。
「はい、お願いします」
「俺の方こそ、宜しくなんだけどな。あ、カジュアル厳禁な。あそこ、ちょい服装にうるさいし」
「あ、了解ですっ」
「ん。じゃ、また」
「あ、はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
そうして、互いが口をつぐむ。
こういった事が初めての美鈴は、そのまま脩一が背を向けるのを待っていた。
「……おい。お前がちゃんと家に帰るのを、俺はここで待ってるんだ。早く家に入れ」
「えっ、そういうものなんですか?」
「そういうもんだ」
「じゃ……じゃあ、おやすみなさいですっ」
見つめ合っている状態だったが、脩一の突っ込みに逆に驚く美鈴である。そして大きく頭を下げると、パタパタと階段を駆け上っていった。
それを確認する為に後ろへ下がっていた脩一は、二階の廊下手前の扉が解錠された音を聞く。開けられた金属製の扉の向こうで、小さく美鈴が手を振った。脩一が片手を上げると、満足したように美鈴の姿が消える。
「おやすみ」
小さく呟かれた脩一の声は、誰の耳にも届かなかった。
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