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かいこい編──第三章『宣言と交錯する感情』──

その23。迷子の本音 1

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 ※ ※ ※ ※ ※

「……で、美鈴みすずの存在を思い出した。ぶつかった時の反応から、俺の……」

 ここまで口にした脩一しゅういちだが、そこで眉根を寄せる。
 どう話を繋げば良いのか、急に分からなくなったのだ。

 ──おいおいおい待て待て俺。『俺の事を色眼鏡で見なさそうだから』っていうのか?どんだけ自意識過剰なんだよ、ってなるよな。確かに俺を俺として見てほしいけどさ?それにそうなると……こ、ここで全てを彼女に話すのか?……黒歴史みたいなものを、だぞ?

 ただでさえ思い出したくもないストーカー事件忘れたい過去を、他者にさらけ出さなくてはならない羞恥がまさり、その時の脩一を押し止めた。
 ここでタイミング良く、注文した料理がやってくる。
 気付けば声を潜める為、互いに前のめりになっていたのだ。そして二人して自然と背筋をのばし、料理を置けるようにテーブルをあける。
 不思議な事にそこまで接近していても、脩一は美鈴に対して嫌悪感一つ感じなかった。ほとんの自分であったのに関わらずである。

「どうぞ、ごゆっくり~」

 店員が笑顔で立ち去り、美鈴の視線は既に目の前の食事に縫い付けられていた。
 先程かなりおかしな状態で会話が途切れた為、辻褄を合わせなくてはならないと脩一は焦る。

 ──ヤバい……。ここで何か言わないと、話が中途半端になっちまう。
「あぁ~……俺の…………た、頼みを、聞いてくれそうかなぁ、と……思って……だ」

 口をついて出てきた言葉は、何とも半端な言い分になる。
 昨日『交際宣言』や『彼氏宣言』をしたのは脩一だ。あの時は既に、単なる『お願い』ではなかった筈である。
 それなのに、突然の告白を受け止めてくれた美鈴に対してこの仕打ちだ。──一瞬見せた彼女の顔は、傷付いたとしか思えないものだった。

 ──あ……、これ、不味い流れじゃ……っ。
「分かりましたっ。そうですよね、うん……何かおかしいって思ってたんですよぉ」

 脩一は己の言葉の間違いに気付き、撤回しようとした──が、時既に遅し。
 美鈴は妙にさっぱりとした表情をしていたのだ。

「あ、いや……その……」
「大丈夫ですっ。えっと、土曜日のお見合いって、何処でやるんです?私、そこに突撃すれば良いんですかねっ」
「あ、え?いや、そこまでは考えてなかった、っていうか……」
「そうなんですかぁ。でも脩一さんのお義母様かあさまに、まずは私が交際している相手だとか言って、お見合いを中止してもらわないといけないですもんね~」
「あ、あぁ、それはそう、なんだが……」
「や~ん、何だかすっごく楽しみですぅ。人のお見合いをぶち壊すなんて、本当にドラマみたいですねぇ」

 あまりに食い気味に、しかもノリノリで美鈴がまくし立てる。
 自分の言葉をどう修正して良いのか混乱している脩一は、もはや美鈴を止める余裕がなかった。
 そして更に間の悪いというか、これこそな『お願い』もある。

 ──くそっ……、これは絶対に言わなきゃならねぇんだ。
「……土曜日、『BGホテル』のラウンジに九時。それだけメールで告げられたから、俺もそれ以上の詳しい事は知らない」
「九時、ですねっ。分かりました~。ではその日に私、精一杯お洒落していきますねっ」
「あ……あぁ。……それで、あの……申し訳ないんだけど、さ。……その……俺との交際は、周囲には、内密に、お願いしたいって、言うか……」
「あ、分かってますよぉ。勿論です、大丈夫ですってぇ。ささっ、食べましょうよぉ。冷めちゃいますぅ」

 意を決し──きれずに、モタモタしたお願いだっ──た脩一の言葉を、美鈴は笑顔のまま承諾した。
 それに対し、何故か胸の辺りが痛くなった脩一である。──しかしながら、自分が酷いお願いをしたのだという事が分かっていた為、罪悪感のせいであろうと脩一は結論付けた。
 表面上の笑みを浮かべていた美鈴が、パスタを口に頬張った途端、パアッと花開くような笑顔になる。

「美味しいっ。はむはむはむ、おいひいぃ~」

 頬に片手をあてながら、至極美味しそうに食事をしていた。
 そしてこれが彼女の本当の笑顔なのだと、脩一は嫌でも気付かされる。

 ──済まない……、美鈴……。罪悪感からの心臓の痛みって、マジであるんだな。まぁ、自業自得だって話だよな本当。ってか俺、初めて美鈴のこんな笑顔を見た気がする。……マジ俺、彼女の事を何も知らねぇもんなぁ。

 脩一は認識した罪悪感から、自然と俯いてしまっていた。
 その目の前には、自分の注文した海老ドリアが美味しそうな湯気を上げている。

「あれ?脩一さん、食べないんですか?もしかして、猫舌さんとかですかぁ?」
「あ、いや……」
「私、熱いのは苦手なんですけど、ツルツル系は好物なんですぅ」
「そ、そうか……。俺も、どっちかというと麺系は好きだ」
「お揃いですねぇ。ん~、美味しっ」

 とても美味しそうに食べる美鈴。
 昨日名前を知って、カレカノの関係になった。今日初めて傷付け、初めて好きな食べ物を一つ知る。
 脩一は痛む胸に首をかしげつつも、笑顔で場を取り持とうとする美鈴に感謝していた。

 ※ ※ ※ ※ ※

「あ……あぁ。……それで、あの……申し訳ないんだけど、さ。……その……俺との交際は、周囲には、内密に、お願いしたいって、言うか……」

 酷く申し訳なさそうに告げる脩一である。
 彼の事情は理解した。美鈴も、自分の意思に反して、お見合いをセッティングされては困る。
 そしてその為のダミーをお願いする美鈴が、あまり公の存在になっても困るのも、頷けるのだ。

「あ、分かってますよぉ。勿論です、大丈夫ですってぇ。ささっ、食べましょうよぉ。冷めちゃいますぅ」

 少しわざとらしくなったが、今の美鈴はこれが精一杯である。
 偽装彼女・・・・だと分かったのだから、必要以上に親しくなってはならないのだ。
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