23 / 92
かいこい編──第三章『宣言と交錯する感情』──
その23。迷子の本音 1
しおりを挟む
※ ※ ※ ※ ※
「……で、美鈴の存在を思い出した。ぶつかった時の反応から、俺の……」
ここまで口にした脩一だが、そこで眉根を寄せる。
どう話を繋げば良いのか、急に分からなくなったのだ。
──おいおいおい待て待て俺。『俺の事を色眼鏡で見なさそうだから』っていうのか?どんだけ自意識過剰なんだよ、ってなるよな。確かに俺を俺として見てほしいけどさ?それにそうなると……こ、ここで全てを彼女に話すのか?……黒歴史みたいなものを、だぞ?
ただでさえ思い出したくもないストーカー事件を、他者にさらけ出さなくてはならない羞恥が勝り、その時の脩一を押し止めた。
ここでタイミング良く、注文した料理がやってくる。
気付けば声を潜める為、互いに前のめりになっていたのだ。そして二人して自然と背筋をのばし、料理を置けるようにテーブルをあける。
不思議な事にそこまで接近していても、脩一は美鈴に対して嫌悪感一つ感じなかった。殆ど素の自分であったのに関わらずである。
「どうぞ、ごゆっくり~」
店員が笑顔で立ち去り、美鈴の視線は既に目の前の食事に縫い付けられていた。
先程かなりおかしな状態で会話が途切れた為、辻褄を合わせなくてはならないと脩一は焦る。
──ヤバい……。ここで何か言わないと、話が中途半端になっちまう。
「あぁ~……俺の…………た、頼みを、聞いてくれそうかなぁ、と……思って……だ」
口をついて出てきた言葉は、何とも半端な言い分になる。
昨日『交際宣言』や『彼氏宣言』をしたのは脩一だ。あの時は既に、単なる『お願い』ではなかった筈である。
それなのに、突然の告白を受け止めてくれた美鈴に対してこの仕打ちだ。──一瞬見せた彼女の顔は、傷付いたとしか思えないものだった。
──あ……、これ、不味い流れじゃ……っ。
「分かりましたっ。そうですよね、うん……何かおかしいって思ってたんですよぉ」
脩一は己の言葉の間違いに気付き、撤回しようとした──が、時既に遅し。
美鈴は妙にさっぱりとした表情をしていたのだ。
「あ、いや……その……」
「大丈夫ですっ。えっと、土曜日のお見合いって、何処でやるんです?私、そこに突撃すれば良いんですかねっ」
「あ、え?いや、そこまでは考えてなかった、っていうか……」
「そうなんですかぁ。でも脩一さんのお義母様に、まずは私が交際している相手だとか言って、お見合いを中止してもらわないといけないですもんね~」
「あ、あぁ、それはそう、なんだが……」
「や~ん、何だかすっごく楽しみですぅ。人のお見合いをぶち壊すなんて、本当にドラマみたいですねぇ」
あまりに食い気味に、しかもノリノリで美鈴が捲し立てる。
自分の言葉をどう修正して良いのか混乱している脩一は、もはや美鈴を止める余裕がなかった。
そして更に間の悪いというか、これこそな『お願い』もある。
──くそっ……、これは絶対に言わなきゃならねぇんだ。
「……土曜日、『BGホテル』のラウンジに九時。それだけメールで告げられたから、俺もそれ以上の詳しい事は知らない」
「九時、ですねっ。分かりました~。ではその日に私、精一杯お洒落していきますねっ」
「あ……あぁ。……それで、あの……申し訳ないんだけど、さ。……その……俺との交際は、周囲には、内密に、お願いしたいって、言うか……」
「あ、分かってますよぉ。勿論です、大丈夫ですってぇ。ささっ、食べましょうよぉ。冷めちゃいますぅ」
意を決し──きれずに、モタモタしたお願いだっ──た脩一の言葉を、美鈴は笑顔のまま承諾した。
それに対し、何故か胸の辺りが痛くなった脩一である。──しかしながら、自分が酷いお願いをしたのだという事が分かっていた為、罪悪感のせいであろうと脩一は結論付けた。
表面上の笑みを浮かべていた美鈴が、パスタを口に頬張った途端、パアッと花開くような笑顔になる。
「美味しいっ。はむはむはむ、おいひいぃ~」
頬に片手をあてながら、至極美味しそうに食事をしていた。
そしてこれが彼女の本当の笑顔なのだと、脩一は嫌でも気付かされる。
──済まない……、美鈴……。罪悪感からの心臓の痛みって、マジであるんだな。まぁ、自業自得だって話だよな本当。ってか俺、初めて美鈴のこんな笑顔を見た気がする。……マジ俺、彼女の事を何も知らねぇもんなぁ。
脩一は認識した罪悪感から、自然と俯いてしまっていた。
その目の前には、自分の注文した海老ドリアが美味しそうな湯気を上げている。
「あれ?脩一さん、食べないんですか?もしかして、猫舌さんとかですかぁ?」
「あ、いや……」
「私、熱いのは苦手なんですけど、ツルツル系は好物なんですぅ」
「そ、そうか……。俺も、どっちかというと麺系は好きだ」
「お揃いですねぇ。ん~、美味しっ」
とても美味しそうに食べる美鈴。
昨日名前を知って、カレカノの関係になった。今日初めて傷付け、初めて好きな食べ物を一つ知る。
脩一は痛む胸に首を傾げつつも、笑顔で場を取り持とうとする美鈴に感謝していた。
※ ※ ※ ※ ※
「あ……あぁ。……それで、あの……申し訳ないんだけど、さ。……その……俺との交際は、周囲には、内密に、お願いしたいって、言うか……」
酷く申し訳なさそうに告げる脩一である。
彼の事情は理解した。美鈴も、自分の意思に反して、お見合いをセッティングされては困る。
そしてその為のダミーをお願いする美鈴が、あまり公の存在になっても困るのも、頷けるのだ。
「あ、分かってますよぉ。勿論です、大丈夫ですってぇ。ささっ、食べましょうよぉ。冷めちゃいますぅ」
少しわざとらしくなったが、今の美鈴はこれが精一杯である。
偽装彼女だと分かったのだから、必要以上に親しくなってはならないのだ。
「……で、美鈴の存在を思い出した。ぶつかった時の反応から、俺の……」
ここまで口にした脩一だが、そこで眉根を寄せる。
どう話を繋げば良いのか、急に分からなくなったのだ。
──おいおいおい待て待て俺。『俺の事を色眼鏡で見なさそうだから』っていうのか?どんだけ自意識過剰なんだよ、ってなるよな。確かに俺を俺として見てほしいけどさ?それにそうなると……こ、ここで全てを彼女に話すのか?……黒歴史みたいなものを、だぞ?
ただでさえ思い出したくもないストーカー事件を、他者にさらけ出さなくてはならない羞恥が勝り、その時の脩一を押し止めた。
ここでタイミング良く、注文した料理がやってくる。
気付けば声を潜める為、互いに前のめりになっていたのだ。そして二人して自然と背筋をのばし、料理を置けるようにテーブルをあける。
不思議な事にそこまで接近していても、脩一は美鈴に対して嫌悪感一つ感じなかった。殆ど素の自分であったのに関わらずである。
「どうぞ、ごゆっくり~」
店員が笑顔で立ち去り、美鈴の視線は既に目の前の食事に縫い付けられていた。
先程かなりおかしな状態で会話が途切れた為、辻褄を合わせなくてはならないと脩一は焦る。
──ヤバい……。ここで何か言わないと、話が中途半端になっちまう。
「あぁ~……俺の…………た、頼みを、聞いてくれそうかなぁ、と……思って……だ」
口をついて出てきた言葉は、何とも半端な言い分になる。
昨日『交際宣言』や『彼氏宣言』をしたのは脩一だ。あの時は既に、単なる『お願い』ではなかった筈である。
それなのに、突然の告白を受け止めてくれた美鈴に対してこの仕打ちだ。──一瞬見せた彼女の顔は、傷付いたとしか思えないものだった。
──あ……、これ、不味い流れじゃ……っ。
「分かりましたっ。そうですよね、うん……何かおかしいって思ってたんですよぉ」
脩一は己の言葉の間違いに気付き、撤回しようとした──が、時既に遅し。
美鈴は妙にさっぱりとした表情をしていたのだ。
「あ、いや……その……」
「大丈夫ですっ。えっと、土曜日のお見合いって、何処でやるんです?私、そこに突撃すれば良いんですかねっ」
「あ、え?いや、そこまでは考えてなかった、っていうか……」
「そうなんですかぁ。でも脩一さんのお義母様に、まずは私が交際している相手だとか言って、お見合いを中止してもらわないといけないですもんね~」
「あ、あぁ、それはそう、なんだが……」
「や~ん、何だかすっごく楽しみですぅ。人のお見合いをぶち壊すなんて、本当にドラマみたいですねぇ」
あまりに食い気味に、しかもノリノリで美鈴が捲し立てる。
自分の言葉をどう修正して良いのか混乱している脩一は、もはや美鈴を止める余裕がなかった。
そして更に間の悪いというか、これこそな『お願い』もある。
──くそっ……、これは絶対に言わなきゃならねぇんだ。
「……土曜日、『BGホテル』のラウンジに九時。それだけメールで告げられたから、俺もそれ以上の詳しい事は知らない」
「九時、ですねっ。分かりました~。ではその日に私、精一杯お洒落していきますねっ」
「あ……あぁ。……それで、あの……申し訳ないんだけど、さ。……その……俺との交際は、周囲には、内密に、お願いしたいって、言うか……」
「あ、分かってますよぉ。勿論です、大丈夫ですってぇ。ささっ、食べましょうよぉ。冷めちゃいますぅ」
意を決し──きれずに、モタモタしたお願いだっ──た脩一の言葉を、美鈴は笑顔のまま承諾した。
それに対し、何故か胸の辺りが痛くなった脩一である。──しかしながら、自分が酷いお願いをしたのだという事が分かっていた為、罪悪感のせいであろうと脩一は結論付けた。
表面上の笑みを浮かべていた美鈴が、パスタを口に頬張った途端、パアッと花開くような笑顔になる。
「美味しいっ。はむはむはむ、おいひいぃ~」
頬に片手をあてながら、至極美味しそうに食事をしていた。
そしてこれが彼女の本当の笑顔なのだと、脩一は嫌でも気付かされる。
──済まない……、美鈴……。罪悪感からの心臓の痛みって、マジであるんだな。まぁ、自業自得だって話だよな本当。ってか俺、初めて美鈴のこんな笑顔を見た気がする。……マジ俺、彼女の事を何も知らねぇもんなぁ。
脩一は認識した罪悪感から、自然と俯いてしまっていた。
その目の前には、自分の注文した海老ドリアが美味しそうな湯気を上げている。
「あれ?脩一さん、食べないんですか?もしかして、猫舌さんとかですかぁ?」
「あ、いや……」
「私、熱いのは苦手なんですけど、ツルツル系は好物なんですぅ」
「そ、そうか……。俺も、どっちかというと麺系は好きだ」
「お揃いですねぇ。ん~、美味しっ」
とても美味しそうに食べる美鈴。
昨日名前を知って、カレカノの関係になった。今日初めて傷付け、初めて好きな食べ物を一つ知る。
脩一は痛む胸に首を傾げつつも、笑顔で場を取り持とうとする美鈴に感謝していた。
※ ※ ※ ※ ※
「あ……あぁ。……それで、あの……申し訳ないんだけど、さ。……その……俺との交際は、周囲には、内密に、お願いしたいって、言うか……」
酷く申し訳なさそうに告げる脩一である。
彼の事情は理解した。美鈴も、自分の意思に反して、お見合いをセッティングされては困る。
そしてその為のダミーをお願いする美鈴が、あまり公の存在になっても困るのも、頷けるのだ。
「あ、分かってますよぉ。勿論です、大丈夫ですってぇ。ささっ、食べましょうよぉ。冷めちゃいますぅ」
少しわざとらしくなったが、今の美鈴はこれが精一杯である。
偽装彼女だと分かったのだから、必要以上に親しくなってはならないのだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
29
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる