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かいこい編──第三章『宣言と交錯する感情』──
その22。情報の公開は秘密裏に 2
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「……どうした?」
「あ、いえ……」
「そ?さぁ、中へ入ろう」
固まっていた美鈴へ問い掛けてくる脩一に、『笑顔が胡散臭い』とか言ってはダメだろうと口をつぐんだ。
幸いにもそれ以上追究されなかったので、脩一にエスコートされるがまま、美鈴も店舗内へと足を踏み入れる。
中の雰囲気は外観同様に落ち着いた作りで、少しファンタジーな可愛らしい要素も散りばめられていた。──つまりは男一人で入るような店の類いではない。
「マスター、二人ね」
「……珍しいな、シュウ。ナオとじゃないって、初めてじゃないか?」
──ん?店長さん的な方と、随分親しげなのね。ナオ……さんって?いや、私の気にするところじゃないかもだけど。
「もう……余計な情報をさらけ出すなよ、ハズイなぁ」
「何だ、良いだろう。俺はてっきりお前がそっち系かと、凄く心配してたんだからな?」
「マスター、またその疑惑……?」
「事実だろ?この俺様の可愛い店に、野郎二人連れって有り得ないだろ。酷くつまらん」
──あ、ナオさんって男の人?っていうか店長改めマスターさん、その筋肉ムキムキで本当にここが自分のお店なんだ……ってか、自分で可愛い言ってるし。お店は確かにキュートなんだけど、マスターの雰囲気で逆に怖すぎるよぉ。
マスターと脩一のやり取りに、美鈴は様々な憶測を巡らせていた。
最終的にはマスターの嗜好の方へ意識が向いた為、僅かにモヤモヤした感情もいつの間にか消え去ってしまっていたのである。
「まぁ、良い。いつもの席、空いてるぞ」
「サンキュ、マスター。……美鈴?こっちな」
「えっ、あ……はい」
そうして、マスターから示された『いつもの席』に腰掛ける事になった。
そこは入り口から離れた店内の最奥に位置し、更には観葉植物に囲まれた──他の客席から目立たないテーブルの場所である。十分に人目を忍んで、という雰囲気を醸し出していた。
店内は夕食時という事もあり、男女二人連れか、女同士の数人組が目につく。確かに男二人では、在らぬ疑いを掛けられても文句が言えなそうだ。
マスターの思惑はどうであれ、十分に男同士で入りにくいお店ではある。それでも──否。だからこそ、人目を避けるような場所は逆効果だと美鈴は突っ込みたくなる。
「食べられない物あるか?」
「あ、いえ……特には」
「遠慮してるのか?まぁ、良いさ。残ったら俺が食べる。基本、何でも旨いが、お薦めはパスタだな」
「あ、じゃあ……このクリームパスタをお願いします」
「了解。マスター、注文」
「あいよ」
テーブルには店員呼び出し用のベルがあったが、馴染みの店故か、脩一は普通に声を掛けて呼んでいた。──場所的に厨房が近い為、その方がお互いに都合が良いのかもしれないが。
そうして注文をし終わってマスターが離れると、脩一は真面目な顔で美鈴と向き合う。
「で、続き。まぁ……そんなこんなで、俺が女性と距離を置いていた理由は、さっき話したよな」
「あ、はい……」
──『距離を置いていた』っていうのは分からないけど、とりあえず『お付き合い』している人がいないっぽいのは伝わってきたよね。で、男の人が好きな訳じゃなくて、不能な訳じゃなくて……。
「ん?分かってるのか?……まぁ、良いか。で、ここからは本当に個人的な……っていうか俺的には傍迷惑な事なんだが。母親が暴走した」
「ふぇ?」
「フククッ…………おい、真面目な話な」
「す、すみません……」
突然の話の展開から、やはり素で驚きを表してしまった美鈴だ。その反応に思わずといった感じで脩一が笑いを溢すが、すぐに復活して注意してくる。
美鈴は茶化す気があった訳ではないが、話の腰を折ったのは事実なので、素直に謝罪の言葉を返した。
「よし。……それで独走したあげく、母親が勝手に見合いを組んできて、それが土曜日なんだ」
「ど、土曜日?え?明後日の、ですか?」
脩一の明かした事実に、美鈴は驚愕する。
木曜日の夜である現時点から、全く余裕の欠片もない日時設定だ。
「そ。もう俺もびっくり。しかも、聞かされた……ってか、メールを一方的に送り付けて来たのが水曜日の夕方。頭にきて社内から電話したら、先方の了解を得てるからって、聞く耳持たず」
「水曜の……って、階段で? 」
「ん、正解。美鈴と階段でぶつかりそうに……ってか、ぶつかったのは偶然。あくまでもあれは事故な」
半ば呆れたように首を竦めつつ、その時の話をする脩一である。
あまりにも──な親ではあるが、それ程彼の事を大切に思っているのだと、美鈴は微笑ましく感じた。──自分がやられたら迷惑だが。
「で、あの後事務所で母親のメールに気付いて、慌てて再度休憩室へ上がってから電話したんだ。それでもまぁ、さっき言ったけど、俺の都合関係なし。もうあまりに勝手な言い分で腹に据えかねて、でも社内だったからブチ切れる訳にもいかず……ウロウロしてたら三階の女子更衣室から声が聞こえて。あ、マジで声だけな?必要以上に扉に近付いてはないからな?……で、美鈴の存在を思い出した。ぶつかった時の反応から、俺の……」
──そこで私?って、『俺の』……何?
話が途中で止まり、美鈴は小首を傾げる。だが、脩一の方は何故か眉根を寄せ、苦しそうにも見えた。
ここで頼んだ品がやってきて、お互いに自然と近付いていた身体を起こしてとりあえずテーブルを空ける。
「あぁ~…………頼みを、聞いてくれそうかなぁ、と……思って……だ」
店員が去り、美鈴が食べ物に目移りしたところで、止まっていた脩一の時間が流れ始めた。
──ん?えっと……『頼み』?……あぁ、それが『俺に付き合え』『今から彼氏だ』に繋がっている訳ね。つまり私は、脩一さんの偽装彼女。
「あ、いえ……」
「そ?さぁ、中へ入ろう」
固まっていた美鈴へ問い掛けてくる脩一に、『笑顔が胡散臭い』とか言ってはダメだろうと口をつぐんだ。
幸いにもそれ以上追究されなかったので、脩一にエスコートされるがまま、美鈴も店舗内へと足を踏み入れる。
中の雰囲気は外観同様に落ち着いた作りで、少しファンタジーな可愛らしい要素も散りばめられていた。──つまりは男一人で入るような店の類いではない。
「マスター、二人ね」
「……珍しいな、シュウ。ナオとじゃないって、初めてじゃないか?」
──ん?店長さん的な方と、随分親しげなのね。ナオ……さんって?いや、私の気にするところじゃないかもだけど。
「もう……余計な情報をさらけ出すなよ、ハズイなぁ」
「何だ、良いだろう。俺はてっきりお前がそっち系かと、凄く心配してたんだからな?」
「マスター、またその疑惑……?」
「事実だろ?この俺様の可愛い店に、野郎二人連れって有り得ないだろ。酷くつまらん」
──あ、ナオさんって男の人?っていうか店長改めマスターさん、その筋肉ムキムキで本当にここが自分のお店なんだ……ってか、自分で可愛い言ってるし。お店は確かにキュートなんだけど、マスターの雰囲気で逆に怖すぎるよぉ。
マスターと脩一のやり取りに、美鈴は様々な憶測を巡らせていた。
最終的にはマスターの嗜好の方へ意識が向いた為、僅かにモヤモヤした感情もいつの間にか消え去ってしまっていたのである。
「まぁ、良い。いつもの席、空いてるぞ」
「サンキュ、マスター。……美鈴?こっちな」
「えっ、あ……はい」
そうして、マスターから示された『いつもの席』に腰掛ける事になった。
そこは入り口から離れた店内の最奥に位置し、更には観葉植物に囲まれた──他の客席から目立たないテーブルの場所である。十分に人目を忍んで、という雰囲気を醸し出していた。
店内は夕食時という事もあり、男女二人連れか、女同士の数人組が目につく。確かに男二人では、在らぬ疑いを掛けられても文句が言えなそうだ。
マスターの思惑はどうであれ、十分に男同士で入りにくいお店ではある。それでも──否。だからこそ、人目を避けるような場所は逆効果だと美鈴は突っ込みたくなる。
「食べられない物あるか?」
「あ、いえ……特には」
「遠慮してるのか?まぁ、良いさ。残ったら俺が食べる。基本、何でも旨いが、お薦めはパスタだな」
「あ、じゃあ……このクリームパスタをお願いします」
「了解。マスター、注文」
「あいよ」
テーブルには店員呼び出し用のベルがあったが、馴染みの店故か、脩一は普通に声を掛けて呼んでいた。──場所的に厨房が近い為、その方がお互いに都合が良いのかもしれないが。
そうして注文をし終わってマスターが離れると、脩一は真面目な顔で美鈴と向き合う。
「で、続き。まぁ……そんなこんなで、俺が女性と距離を置いていた理由は、さっき話したよな」
「あ、はい……」
──『距離を置いていた』っていうのは分からないけど、とりあえず『お付き合い』している人がいないっぽいのは伝わってきたよね。で、男の人が好きな訳じゃなくて、不能な訳じゃなくて……。
「ん?分かってるのか?……まぁ、良いか。で、ここからは本当に個人的な……っていうか俺的には傍迷惑な事なんだが。母親が暴走した」
「ふぇ?」
「フククッ…………おい、真面目な話な」
「す、すみません……」
突然の話の展開から、やはり素で驚きを表してしまった美鈴だ。その反応に思わずといった感じで脩一が笑いを溢すが、すぐに復活して注意してくる。
美鈴は茶化す気があった訳ではないが、話の腰を折ったのは事実なので、素直に謝罪の言葉を返した。
「よし。……それで独走したあげく、母親が勝手に見合いを組んできて、それが土曜日なんだ」
「ど、土曜日?え?明後日の、ですか?」
脩一の明かした事実に、美鈴は驚愕する。
木曜日の夜である現時点から、全く余裕の欠片もない日時設定だ。
「そ。もう俺もびっくり。しかも、聞かされた……ってか、メールを一方的に送り付けて来たのが水曜日の夕方。頭にきて社内から電話したら、先方の了解を得てるからって、聞く耳持たず」
「水曜の……って、階段で? 」
「ん、正解。美鈴と階段でぶつかりそうに……ってか、ぶつかったのは偶然。あくまでもあれは事故な」
半ば呆れたように首を竦めつつ、その時の話をする脩一である。
あまりにも──な親ではあるが、それ程彼の事を大切に思っているのだと、美鈴は微笑ましく感じた。──自分がやられたら迷惑だが。
「で、あの後事務所で母親のメールに気付いて、慌てて再度休憩室へ上がってから電話したんだ。それでもまぁ、さっき言ったけど、俺の都合関係なし。もうあまりに勝手な言い分で腹に据えかねて、でも社内だったからブチ切れる訳にもいかず……ウロウロしてたら三階の女子更衣室から声が聞こえて。あ、マジで声だけな?必要以上に扉に近付いてはないからな?……で、美鈴の存在を思い出した。ぶつかった時の反応から、俺の……」
──そこで私?って、『俺の』……何?
話が途中で止まり、美鈴は小首を傾げる。だが、脩一の方は何故か眉根を寄せ、苦しそうにも見えた。
ここで頼んだ品がやってきて、お互いに自然と近付いていた身体を起こしてとりあえずテーブルを空ける。
「あぁ~…………頼みを、聞いてくれそうかなぁ、と……思って……だ」
店員が去り、美鈴が食べ物に目移りしたところで、止まっていた脩一の時間が流れ始めた。
──ん?えっと……『頼み』?……あぁ、それが『俺に付き合え』『今から彼氏だ』に繋がっている訳ね。つまり私は、脩一さんの偽装彼女。
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