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かいこい編──第三章『宣言と交錯する感情』──
その19。燃え上がるもの?落ちるもの? 1
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※ ※ ※ ※ ※
一日の外回りの仕事を何とか終え、脩一が帰社したのは十八時を少し回っていた。
──不味いな、少し遅くなった。美鈴、もう帰ったよな……。くそっ……家の場所を聞くの、忘れてた。
事務所に戻る前、駐車場へ停めた社用車の中でスマホを確認する。案の定、脩一のLINEに美鈴からメッセージが届いていた。
『業務終了です。一度帰宅しますので、お仕事が終わりそうならご連絡下さい。改めて出向きます』
朝と同じく──ただの連絡的内容だったが、約束を忘れられてはいないようである。
脩一としては土曜日の事がある為、なるべく早めにこちらの事情を話さなくてはならないのだ。その為、昨日と引き続きにはなるが、早々に業務を切り上げて帰らなくてはならない。
『帰社が遅くなった。まだ少しかかるが、俺がそっちに行く。家は何処だ?』
──取り急ぎ、こんなもんで良いだろう。
車内でそれだけメッセージを送信すると、脩一は事務所へ足を向けた。
申請書を書いたり、急ぎの業務を片付けたり──営業担当のやる事は呆れる程ある。一日中客先を巡り、目鼻を効かせて少しでも仕事を掴んでくるのだ。
中には上手く手を抜いている営業担当もいるだろうが、脩一はそこまで立ち回れない。ただでさえ『営業担当の牧田』を装っているのだから、それ以上皮を被れる程、器用ではなかった。
──ふぅ……。とりあえず、急ぎの案件はこんなもんか?
一通り終えた頃、時計の針は既に十九時近くを指している。
ふと気になり、脩一はスマホを確認した。──だが美鈴から返信はなく、開いて見れば未だに未読のまま。
──おかしくないか?いくらなんでも、もう帰ってるだろ?……風呂、とかか?
おかしな不安が脩一の心に押し寄せた。一課へ視線を向けても、既に美鈴の姿はない。
思わず電話を掛けた。
コール音が鳴る──が、幾度かのコールの後で留守番電話サービスに接続される。
脩一の眉根が寄った。
再度電話を掛ける──コール音が鳴り、留守番電話サービスに接続される。三度繰り返し、苛立ちのあまりにガリガリとこめかみ辺りの髪を掻いた。
「大丈夫か?脩一」
「有弘……」
「……急ぎの案件は終わったんだろ?帰ったらどうだ?」
「………………あぁ、ありがとう」
何も告げていないが、有弘には心の内面を見透かされている気になる脩一である。──だが、これでいつも助かっている事も事実だった。
宮城野課長に営業日報を提出し、上がる事を伝える。意外にもすんなり了承してくれたので、脩一の方が驚いた程だ。
それはともかく、業務は終了である。
美鈴へ電話を掛けながら事務所を出た。──だが先程と変わらず、留守番電話サービスに繋げられる。
──何処にいる?
『帰る』と告げてきているのだから、とりあえず地下鉄方面だろうと脩一は推測した。脳裏に今朝方の楳木といた美鈴の姿が映し出され、更なる苛立ちを覚えて舌打ちする。
まばらにしか社員がいないとはいえ、外で素の自分を出すのは久し振りだった。脩一自身は自覚がないが、有弘や宮城野課長に『いつもと違う感』は実は気付かれていたのである。
公園へと進めた脩一の足は、いつしか早歩きを越していた。五分と離れていない筈の公園が、酷く遠く思える。
──何かあったんじゃないだ……ろ…………う……?…………美鈴?
駆け出しそうになっていた脩一の耳に、微かな美鈴の声が聞こえた。幻聴かとも思える程小さな物だったが、脩一の目は自然と引き寄せられる。そして、そこで目に映ったのは──。
「……すみません、本当に大丈夫です。帰ります」
困ったような美鈴と、その前に立ち塞がる楳木だ。
捜していた相手が見付かった安堵と、朝の時以上の苛立ちが湧きあがる。
「さぁ、帰ろう?」
「あ、いえ……」
まるで一緒に帰るのが当然のような物言いの楳木と、戸惑ったような美鈴だった。
脩一は二人に対して怒りが湧く。楳木には彼女に近付く敵意、美鈴へは男を振り切らない態度にだ。
勿論冷静であれば、同じ部署のチーフに対し、明らかな拒絶を見せる事など出来ないと分かる。
「どうしたの?柊木さん……」
「悪いけど、待ち合わせでね」
「「っ?!」」
楳木の言葉に被せるように、だが『営業担当の牧田』を取り繕った。
半ば走って来たのだから、髪などは乱れていると脩一も自覚している。しかし、楳木の前で声を荒げたくはなかった。──変なプライドである。
驚いた視線が二組、脩一へ真っ直ぐ向けられた。
「あ……」
「え……?そう、なの?柊木、さん」
「あ~……、そう、ですかね?」
「……何で疑問系な訳。携帯は」
「あ……マナーモードだった……。うわ、凄い着信……」
脩一の存在を認識した上で、続けられる二人の会話。
若干の苛立ちはあるが、美鈴の脩一へ向けた自然な態度に、少しだけささくれだった気持ちが鎮まっていく。──少なくとも、昨日向けられた『知らない人』への目ではなかった。
「そう……ですか。分かりました、俺は帰ります。じゃあね、柊木さん」
「あ、はい、楳木さん。おやすみなさい」
「……うん。おやすみ、柊木さん」
僅かに憎々しげな視線を脩一に向けてきた楳木は、それでも美鈴に対しては紳士的な態度だ。
だがそれよりも、別れの挨拶を交わした後、不思議そうに小首を傾げていた美鈴が気になる。
一日の外回りの仕事を何とか終え、脩一が帰社したのは十八時を少し回っていた。
──不味いな、少し遅くなった。美鈴、もう帰ったよな……。くそっ……家の場所を聞くの、忘れてた。
事務所に戻る前、駐車場へ停めた社用車の中でスマホを確認する。案の定、脩一のLINEに美鈴からメッセージが届いていた。
『業務終了です。一度帰宅しますので、お仕事が終わりそうならご連絡下さい。改めて出向きます』
朝と同じく──ただの連絡的内容だったが、約束を忘れられてはいないようである。
脩一としては土曜日の事がある為、なるべく早めにこちらの事情を話さなくてはならないのだ。その為、昨日と引き続きにはなるが、早々に業務を切り上げて帰らなくてはならない。
『帰社が遅くなった。まだ少しかかるが、俺がそっちに行く。家は何処だ?』
──取り急ぎ、こんなもんで良いだろう。
車内でそれだけメッセージを送信すると、脩一は事務所へ足を向けた。
申請書を書いたり、急ぎの業務を片付けたり──営業担当のやる事は呆れる程ある。一日中客先を巡り、目鼻を効かせて少しでも仕事を掴んでくるのだ。
中には上手く手を抜いている営業担当もいるだろうが、脩一はそこまで立ち回れない。ただでさえ『営業担当の牧田』を装っているのだから、それ以上皮を被れる程、器用ではなかった。
──ふぅ……。とりあえず、急ぎの案件はこんなもんか?
一通り終えた頃、時計の針は既に十九時近くを指している。
ふと気になり、脩一はスマホを確認した。──だが美鈴から返信はなく、開いて見れば未だに未読のまま。
──おかしくないか?いくらなんでも、もう帰ってるだろ?……風呂、とかか?
おかしな不安が脩一の心に押し寄せた。一課へ視線を向けても、既に美鈴の姿はない。
思わず電話を掛けた。
コール音が鳴る──が、幾度かのコールの後で留守番電話サービスに接続される。
脩一の眉根が寄った。
再度電話を掛ける──コール音が鳴り、留守番電話サービスに接続される。三度繰り返し、苛立ちのあまりにガリガリとこめかみ辺りの髪を掻いた。
「大丈夫か?脩一」
「有弘……」
「……急ぎの案件は終わったんだろ?帰ったらどうだ?」
「………………あぁ、ありがとう」
何も告げていないが、有弘には心の内面を見透かされている気になる脩一である。──だが、これでいつも助かっている事も事実だった。
宮城野課長に営業日報を提出し、上がる事を伝える。意外にもすんなり了承してくれたので、脩一の方が驚いた程だ。
それはともかく、業務は終了である。
美鈴へ電話を掛けながら事務所を出た。──だが先程と変わらず、留守番電話サービスに繋げられる。
──何処にいる?
『帰る』と告げてきているのだから、とりあえず地下鉄方面だろうと脩一は推測した。脳裏に今朝方の楳木といた美鈴の姿が映し出され、更なる苛立ちを覚えて舌打ちする。
まばらにしか社員がいないとはいえ、外で素の自分を出すのは久し振りだった。脩一自身は自覚がないが、有弘や宮城野課長に『いつもと違う感』は実は気付かれていたのである。
公園へと進めた脩一の足は、いつしか早歩きを越していた。五分と離れていない筈の公園が、酷く遠く思える。
──何かあったんじゃないだ……ろ…………う……?…………美鈴?
駆け出しそうになっていた脩一の耳に、微かな美鈴の声が聞こえた。幻聴かとも思える程小さな物だったが、脩一の目は自然と引き寄せられる。そして、そこで目に映ったのは──。
「……すみません、本当に大丈夫です。帰ります」
困ったような美鈴と、その前に立ち塞がる楳木だ。
捜していた相手が見付かった安堵と、朝の時以上の苛立ちが湧きあがる。
「さぁ、帰ろう?」
「あ、いえ……」
まるで一緒に帰るのが当然のような物言いの楳木と、戸惑ったような美鈴だった。
脩一は二人に対して怒りが湧く。楳木には彼女に近付く敵意、美鈴へは男を振り切らない態度にだ。
勿論冷静であれば、同じ部署のチーフに対し、明らかな拒絶を見せる事など出来ないと分かる。
「どうしたの?柊木さん……」
「悪いけど、待ち合わせでね」
「「っ?!」」
楳木の言葉に被せるように、だが『営業担当の牧田』を取り繕った。
半ば走って来たのだから、髪などは乱れていると脩一も自覚している。しかし、楳木の前で声を荒げたくはなかった。──変なプライドである。
驚いた視線が二組、脩一へ真っ直ぐ向けられた。
「あ……」
「え……?そう、なの?柊木、さん」
「あ~……、そう、ですかね?」
「……何で疑問系な訳。携帯は」
「あ……マナーモードだった……。うわ、凄い着信……」
脩一の存在を認識した上で、続けられる二人の会話。
若干の苛立ちはあるが、美鈴の脩一へ向けた自然な態度に、少しだけささくれだった気持ちが鎮まっていく。──少なくとも、昨日向けられた『知らない人』への目ではなかった。
「そう……ですか。分かりました、俺は帰ります。じゃあね、柊木さん」
「あ、はい、楳木さん。おやすみなさい」
「……うん。おやすみ、柊木さん」
僅かに憎々しげな視線を脩一に向けてきた楳木は、それでも美鈴に対しては紳士的な態度だ。
だがそれよりも、別れの挨拶を交わした後、不思議そうに小首を傾げていた美鈴が気になる。
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