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かいこい編──第二章『出会い』──
その16。交錯と齟齬 2
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「それじゃあ、俺は少し早めに行くから。柊木さんはゆっくり歩いてきてね」
「はい、お気を付けて」
地下鉄から出たタイミングで、楳木チーフはいつものようにそう言い残し、小走りで会社へ向かっていく。
最終的な行き先は当然の如く同じ会社であり、更に楳木チーフは美鈴と違って着替える必要もないので急ぐ意味が分からなかった。
けれども毎回、偶然同じ電車で普通に話しながら来ても、地下鉄から出ると同時に別行動になる。真意は不明だが、明らかに彼が意図して行っているようだ。
──いつも思うけど、事務所でやる事があるんだろうなぁ。あ……もしかして誰かに見られて、彼女さんの耳に入ると不味いから?……うんうん。それ、あり得る。寮って聞いてるし。それそれ、絶対そうだ。
美鈴は自身の中でそう確定した。同期の萌枝から、楳木チーフの彼女が寮生だと聞いていた事もあった。
社員の女子寮は会社の前──道路を挟んだ向かいにある。地下鉄とは反対側だが、目と鼻の先である事に変わりはなかった。
──そんな風に気を遣うの、大変だなぁ。……まぁ、他人事だけど。
最早決定とばかりに軽やかに歩いていた美鈴は、公園に差し掛かってその足を止める。
初夏の陽射しは爽やかで、新緑が朝の緩やかな風に吹かれ、サワサワと小さな音を立てていた。
今日はイヤホンをしていない為、そんな微かな自然の音まで聞こえる。そして遠くの方で、通学途中であろう子供達の声も聞こえた。
──うん、今日も良い天気~。
美鈴は深呼吸をするように、大きく腕を上に伸ばす。まだ暑くない気温は、非常に過ごしやすいものだった。
しかしながら南の方から近付いてくる梅雨前線が、もう何日もしないうちに雨の季節を運んでくる。
湿度の高い日本の梅雨が苦手な美鈴は、僅かに湧いた億劫な気持ちを振り払うように、勢い良く腕を振り下ろした。
──さっ、今日も仕事仕事~。
そうして美鈴はいつものように公園横を通り、会社へと足を向けたのである。
※ ※ ※ ※ ※
──あ、美鈴……と、アイツ……。
今日は早い時間から社外で打ち合わせがあり、脩一はいつもより早く営業車で会社を出て、大通りを南下する為に信号を曲がったところだった。
何気に視線を送った地下鉄の出口で、昨夜『交際宣言』をした美鈴を──何故か男連れの状態で発見する。思わず少し離れた場所に車を寄せ、ハザードを点けて停車させた。
朝イチにLINEを送り、勿論彼女からの返信も受け取っている。本日の終業後、週末の予定を確認するつもりだったからだ。
しかし、見掛けた美鈴の隣にはあの──一課の楳木がいたのである。そして脩一にはその時、親しげに手を軽くあげて会社へ向かった楳木へ、美鈴が笑顔を返しているように見えた。
──ちょっと待ってくれ。美鈴と俺、付き合う事になったよな?昨日……しかもちょっと強引にだったけど、美鈴も承諾してくれたし、連絡先も交換した。
軽く困惑しながらも、脩一はスマホを出し、朝に美鈴と交わしたメール内容を見る。──間違ってはいない。
──けど何だ?何故、男と通勤してくるんだ?……いやいやいやいやマジでちょっと落ち着けって俺。え?付き合ってる……のは俺だよな、彼氏がいない事は確認したし。偶然同じ地下鉄になっただけ、だよな?ってか、楳木が同じ方面だってのを知って、それにも若干苛つい……て……?え、俺、こんな?彼女は親への壁役で、そもそも週末の『見合い避け』に必要だっただけで……。
自問自答しながら、脩一は片手で顔を覆った。
そして自分の考えを整理する。
──美鈴に彼氏がいては不都合である為、フリーである事を確認した。俺の交際宣言に対し、美鈴は承諾した。今夜も会う。あぁ、そこまでは大丈夫だ。……でも俺は、何を考えている?美鈴が楳木といるのを、不快に、思った。おいおい俺がか?『女』に良い感情を持ってなかった、俺が?マジか大丈夫か俺。あのストーカーと同じ、『女』だぞ?ストー……カ……。
そこまで思考が走った時、ぞわりと脩一の全身を悪寒が走った。すぐさま、鳥肌がたった腕を勢い良く擦る。
視線から始まった行為は、ロッカーに手紙が入れられるようになり、通勤時の尾行に変わっていった。
当時付き合っていた学生時代からの彼女へは、おかしな手紙や電話が届くようになる。勿論守ってやりたくて、色々手を尽くした。でも同時に、脩一自身もストーカーから受けるストレスにより、心身ともに疲弊していく。
交際相手からは、半月程で別れを告げられた。──『自分を守ってくれる人が良い』と言われて。
自宅に盗撮した写真と手紙が、毎日のように届けられ、会社でも贈り物らしきおかしな品物がロッカーに入るようになる。ここまできて、さすがに限界が来た脩一は、全てを有弘に打ち明けた。──勿論有弘には、もっと早く言えと激怒されたが。
それからは早かった。有弘が警察に相談してくれて、両親と会社に話が伝えられる。監視カメラが密かに設置され、犯人が同じ階の──物流管理課の女性社員だと特定された。
本人と本人の親も交え、会社と警察からの『話し合い』がなされる。それに脩一は参加していない為、詳細は代わりに出席してくれた有弘から聞いた話だけだ。
そうしてその女性社員は、別の支店──最北端へ異動となる。──ちょうどというか、そこに彼女の母方の親戚がいたから、らしい。
その後一週間程休暇をもらった脩一は、次の週から有弘と営業担当へ異動になった。
──良く考えろよ、俺。もう……あんな思いはたくさんだっ。
視線を鋭くした脩一は、何事もなかったかのようにハンドルを握る。
そして軽く後ろを確認すると、当初の予定通り、顧客との待ち合わせ現場に向かうのだった。
「はい、お気を付けて」
地下鉄から出たタイミングで、楳木チーフはいつものようにそう言い残し、小走りで会社へ向かっていく。
最終的な行き先は当然の如く同じ会社であり、更に楳木チーフは美鈴と違って着替える必要もないので急ぐ意味が分からなかった。
けれども毎回、偶然同じ電車で普通に話しながら来ても、地下鉄から出ると同時に別行動になる。真意は不明だが、明らかに彼が意図して行っているようだ。
──いつも思うけど、事務所でやる事があるんだろうなぁ。あ……もしかして誰かに見られて、彼女さんの耳に入ると不味いから?……うんうん。それ、あり得る。寮って聞いてるし。それそれ、絶対そうだ。
美鈴は自身の中でそう確定した。同期の萌枝から、楳木チーフの彼女が寮生だと聞いていた事もあった。
社員の女子寮は会社の前──道路を挟んだ向かいにある。地下鉄とは反対側だが、目と鼻の先である事に変わりはなかった。
──そんな風に気を遣うの、大変だなぁ。……まぁ、他人事だけど。
最早決定とばかりに軽やかに歩いていた美鈴は、公園に差し掛かってその足を止める。
初夏の陽射しは爽やかで、新緑が朝の緩やかな風に吹かれ、サワサワと小さな音を立てていた。
今日はイヤホンをしていない為、そんな微かな自然の音まで聞こえる。そして遠くの方で、通学途中であろう子供達の声も聞こえた。
──うん、今日も良い天気~。
美鈴は深呼吸をするように、大きく腕を上に伸ばす。まだ暑くない気温は、非常に過ごしやすいものだった。
しかしながら南の方から近付いてくる梅雨前線が、もう何日もしないうちに雨の季節を運んでくる。
湿度の高い日本の梅雨が苦手な美鈴は、僅かに湧いた億劫な気持ちを振り払うように、勢い良く腕を振り下ろした。
──さっ、今日も仕事仕事~。
そうして美鈴はいつものように公園横を通り、会社へと足を向けたのである。
※ ※ ※ ※ ※
──あ、美鈴……と、アイツ……。
今日は早い時間から社外で打ち合わせがあり、脩一はいつもより早く営業車で会社を出て、大通りを南下する為に信号を曲がったところだった。
何気に視線を送った地下鉄の出口で、昨夜『交際宣言』をした美鈴を──何故か男連れの状態で発見する。思わず少し離れた場所に車を寄せ、ハザードを点けて停車させた。
朝イチにLINEを送り、勿論彼女からの返信も受け取っている。本日の終業後、週末の予定を確認するつもりだったからだ。
しかし、見掛けた美鈴の隣にはあの──一課の楳木がいたのである。そして脩一にはその時、親しげに手を軽くあげて会社へ向かった楳木へ、美鈴が笑顔を返しているように見えた。
──ちょっと待ってくれ。美鈴と俺、付き合う事になったよな?昨日……しかもちょっと強引にだったけど、美鈴も承諾してくれたし、連絡先も交換した。
軽く困惑しながらも、脩一はスマホを出し、朝に美鈴と交わしたメール内容を見る。──間違ってはいない。
──けど何だ?何故、男と通勤してくるんだ?……いやいやいやいやマジでちょっと落ち着けって俺。え?付き合ってる……のは俺だよな、彼氏がいない事は確認したし。偶然同じ地下鉄になっただけ、だよな?ってか、楳木が同じ方面だってのを知って、それにも若干苛つい……て……?え、俺、こんな?彼女は親への壁役で、そもそも週末の『見合い避け』に必要だっただけで……。
自問自答しながら、脩一は片手で顔を覆った。
そして自分の考えを整理する。
──美鈴に彼氏がいては不都合である為、フリーである事を確認した。俺の交際宣言に対し、美鈴は承諾した。今夜も会う。あぁ、そこまでは大丈夫だ。……でも俺は、何を考えている?美鈴が楳木といるのを、不快に、思った。おいおい俺がか?『女』に良い感情を持ってなかった、俺が?マジか大丈夫か俺。あのストーカーと同じ、『女』だぞ?ストー……カ……。
そこまで思考が走った時、ぞわりと脩一の全身を悪寒が走った。すぐさま、鳥肌がたった腕を勢い良く擦る。
視線から始まった行為は、ロッカーに手紙が入れられるようになり、通勤時の尾行に変わっていった。
当時付き合っていた学生時代からの彼女へは、おかしな手紙や電話が届くようになる。勿論守ってやりたくて、色々手を尽くした。でも同時に、脩一自身もストーカーから受けるストレスにより、心身ともに疲弊していく。
交際相手からは、半月程で別れを告げられた。──『自分を守ってくれる人が良い』と言われて。
自宅に盗撮した写真と手紙が、毎日のように届けられ、会社でも贈り物らしきおかしな品物がロッカーに入るようになる。ここまできて、さすがに限界が来た脩一は、全てを有弘に打ち明けた。──勿論有弘には、もっと早く言えと激怒されたが。
それからは早かった。有弘が警察に相談してくれて、両親と会社に話が伝えられる。監視カメラが密かに設置され、犯人が同じ階の──物流管理課の女性社員だと特定された。
本人と本人の親も交え、会社と警察からの『話し合い』がなされる。それに脩一は参加していない為、詳細は代わりに出席してくれた有弘から聞いた話だけだ。
そうしてその女性社員は、別の支店──最北端へ異動となる。──ちょうどというか、そこに彼女の母方の親戚がいたから、らしい。
その後一週間程休暇をもらった脩一は、次の週から有弘と営業担当へ異動になった。
──良く考えろよ、俺。もう……あんな思いはたくさんだっ。
視線を鋭くした脩一は、何事もなかったかのようにハンドルを握る。
そして軽く後ろを確認すると、当初の予定通り、顧客との待ち合わせ現場に向かうのだった。
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