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かいこい編──第二章『出会い』──
その15。交錯と齟齬 1
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※ ※ ※ ※ ※
翌朝、いつものようにスマホの目覚ましで目を覚ます。
そして美鈴はスヌーズを消すと同時に、LINEの着信メッセージに気付いた。
──夢じゃなかった……。
メッセージは美鈴の内心の疑惑を打ち消すように、昨日突然『彼氏』になった牧田脩一からの『おはようメール』が届いている。
『おはよう、美鈴。今日も一日、天気が良さそうだ。夜の予定を忘れるなよ』
その文面から、美鈴は昨日の脩一の声を思い出した。
芸能人はあまり興味がないが声優好きな美鈴は、どちらかというと『声フェチ』である。そして脩一の声も、美鈴の好みの範疇なのだ。
──いやいやいや待って待って本当にもうおかしいよ。何が起きたの、私にまさかのモテ期到来?人生初告白、しかも初めて異性からの『ぎゅっ』をされちゃったよ~。
そんな風に美鈴は一通りベッドで悶えた後、静かに座り直してから返信を打つ。
実際にはいまいち状況が信じられないのだが、とにかく牧田脩一と美鈴が恋人になった事は確かのようだ。そして、小説などでありがちな夢オチではないらしい。──出会いが作り物めいていた事は忘れている。
『おはようございます。はい、こちらは定時上がりですので、連絡をお待ちしております』
送信してから美鈴は気付いたが、これでは文面が硬過ぎてまるで業務連絡である。しかしながら相手は、昨日──否、昨夜名前を知ったばかりの男性なのだ。
美鈴自身、どう接して良いのか全くもって想像がつかない。メールの文面なんてものは尚更で、とにかく用件を伝える事だけが重要になってしまったのだ。
──はぁ……。まだ向こうが外回りだから、社内で会う事は余程ないだろうけどぉ。何だか憂鬱だわぁ、しかも切実に。っていうか私、そもそも顔を見て分かるかな。うぅ……、それが一番心配だったりするっ。自分の人物認識機能こそが、全くこれっぽっちも信用出来ないしぃ。
人と少し違った不安があるものの、美鈴は彼氏持ち二日目の初めての朝を迎える。──とはいっても、いつもとやることは変わらなかった。
美鈴は普段と同じく、軽くパンを噛るだけの一人朝食を済ませ、いつものように地下鉄に乗って会社へ向かうのだった。
※ ※ ※ ※ ※
地下鉄の構内で電車を待っていると、突然後ろから声を掛けられる。
独り暮らし歴が浅くこの地域の知り合いが極端に少ない美鈴にとって、これはとても稀な事だった。
そうかといってすぐに返答をせず、目視して相手を確認するのが通常スタイルの彼女である。当然ながら人物認識能力が低い為、自分のデータと照らし合わせる時間が掛かる事で反応にタイムラグが出来てしまうのだ。
「柊木さん」
「……え?あ、楳木さん、おはようございます」
「うん、おはよう、柊木さん」
「楳木さんは、今日は遅めなんですか?」
「あ、あぁ。うん、昨日が当直だったからね。いつもより三十分くらいは遅いかな」
「そうなんですか。当直、御苦労様でした」
楳木チーフが横に立ったので、そんな無難な会話をする美鈴である。
基本的にいつも美鈴はイヤホンで音楽を聞きながら出勤するので、通常は外部の音を殆ど耳にしていなかった。けれども真隣に同じ課のチーフがいれば、イヤホンをしながらという行動はさすがに出来ない。
「ううん……。昨日の当直では、特に大きなトラブルはなかったからね」
「そうなんですか、それは良かったですよね。人が少ない中で捕まると、本当に大変ですもんね」
「そうだね。あ、あの……柊木さん。……昨日、大丈夫だった?」
すると初めからそれが聞きたかったのか、少し瞳をさ迷わせてから楳木チーフが口を開いた。──さすがの美鈴も、それが『脩一との事』だと思い当たる。
あの時は特に口を挟んで来なかったが、楳木チーフは酷く心配そうな表情をしていたからだ。
勿論美鈴も、混乱して戸惑っていた。しかし、あの時脩一についていったのは彼女の判断でもある。──多少どころか、おかしな雰囲気だった事は、美鈴も自覚があるが。
「え、当番ですか?全然問題なかったです」
けれども、朝の駅構内で上司に話すような事柄ではない。当然報告する事でもないし、脩一との関係性に置いては明らかに彼は部外者だ。
そう判断した美鈴は、『昨日』に当たる事項を思い浮かべる。そして、思い切り楳木チーフの問い掛けにとぼけた。
まさかこの場で、『告白されて付き合う事になりました』などと言う必要があるとは、欠片も思えなかったのである。
「そ、そう……」
結果的に、話題が違っていても『何でもない』と言われてしまえば、楳木チーフも言及出来ないようだった。
けれども何故か、少し気落ちしたような声音に聞こえた美鈴である。突き放した自覚はあるものの、楳木チーフの反応は理解出来なかった。
──気のせいかな?でもだって、いくら面倒見の良い先輩であっても、恋の悩み相談的な事は出来ないでしょ……。モエちゃんなら聞いてくれそうだけど、今日はお昼一緒じゃないんだよねぇ。
実際、脩一への態度をどうすれば良いのかは分からない状況ではあった。それでも現実問題として、大して困っている訳でもない。
そうしてその後は、当たり障りのない会話で会社の最寄り駅へ到着する事となった。
実際にこうして、楳木チーフと通勤電車が一緒になる日もたまにある。その為美鈴にとっては、普通に『同じ駅で乗り降りする』程度の事だった。
翌朝、いつものようにスマホの目覚ましで目を覚ます。
そして美鈴はスヌーズを消すと同時に、LINEの着信メッセージに気付いた。
──夢じゃなかった……。
メッセージは美鈴の内心の疑惑を打ち消すように、昨日突然『彼氏』になった牧田脩一からの『おはようメール』が届いている。
『おはよう、美鈴。今日も一日、天気が良さそうだ。夜の予定を忘れるなよ』
その文面から、美鈴は昨日の脩一の声を思い出した。
芸能人はあまり興味がないが声優好きな美鈴は、どちらかというと『声フェチ』である。そして脩一の声も、美鈴の好みの範疇なのだ。
──いやいやいや待って待って本当にもうおかしいよ。何が起きたの、私にまさかのモテ期到来?人生初告白、しかも初めて異性からの『ぎゅっ』をされちゃったよ~。
そんな風に美鈴は一通りベッドで悶えた後、静かに座り直してから返信を打つ。
実際にはいまいち状況が信じられないのだが、とにかく牧田脩一と美鈴が恋人になった事は確かのようだ。そして、小説などでありがちな夢オチではないらしい。──出会いが作り物めいていた事は忘れている。
『おはようございます。はい、こちらは定時上がりですので、連絡をお待ちしております』
送信してから美鈴は気付いたが、これでは文面が硬過ぎてまるで業務連絡である。しかしながら相手は、昨日──否、昨夜名前を知ったばかりの男性なのだ。
美鈴自身、どう接して良いのか全くもって想像がつかない。メールの文面なんてものは尚更で、とにかく用件を伝える事だけが重要になってしまったのだ。
──はぁ……。まだ向こうが外回りだから、社内で会う事は余程ないだろうけどぉ。何だか憂鬱だわぁ、しかも切実に。っていうか私、そもそも顔を見て分かるかな。うぅ……、それが一番心配だったりするっ。自分の人物認識機能こそが、全くこれっぽっちも信用出来ないしぃ。
人と少し違った不安があるものの、美鈴は彼氏持ち二日目の初めての朝を迎える。──とはいっても、いつもとやることは変わらなかった。
美鈴は普段と同じく、軽くパンを噛るだけの一人朝食を済ませ、いつものように地下鉄に乗って会社へ向かうのだった。
※ ※ ※ ※ ※
地下鉄の構内で電車を待っていると、突然後ろから声を掛けられる。
独り暮らし歴が浅くこの地域の知り合いが極端に少ない美鈴にとって、これはとても稀な事だった。
そうかといってすぐに返答をせず、目視して相手を確認するのが通常スタイルの彼女である。当然ながら人物認識能力が低い為、自分のデータと照らし合わせる時間が掛かる事で反応にタイムラグが出来てしまうのだ。
「柊木さん」
「……え?あ、楳木さん、おはようございます」
「うん、おはよう、柊木さん」
「楳木さんは、今日は遅めなんですか?」
「あ、あぁ。うん、昨日が当直だったからね。いつもより三十分くらいは遅いかな」
「そうなんですか。当直、御苦労様でした」
楳木チーフが横に立ったので、そんな無難な会話をする美鈴である。
基本的にいつも美鈴はイヤホンで音楽を聞きながら出勤するので、通常は外部の音を殆ど耳にしていなかった。けれども真隣に同じ課のチーフがいれば、イヤホンをしながらという行動はさすがに出来ない。
「ううん……。昨日の当直では、特に大きなトラブルはなかったからね」
「そうなんですか、それは良かったですよね。人が少ない中で捕まると、本当に大変ですもんね」
「そうだね。あ、あの……柊木さん。……昨日、大丈夫だった?」
すると初めからそれが聞きたかったのか、少し瞳をさ迷わせてから楳木チーフが口を開いた。──さすがの美鈴も、それが『脩一との事』だと思い当たる。
あの時は特に口を挟んで来なかったが、楳木チーフは酷く心配そうな表情をしていたからだ。
勿論美鈴も、混乱して戸惑っていた。しかし、あの時脩一についていったのは彼女の判断でもある。──多少どころか、おかしな雰囲気だった事は、美鈴も自覚があるが。
「え、当番ですか?全然問題なかったです」
けれども、朝の駅構内で上司に話すような事柄ではない。当然報告する事でもないし、脩一との関係性に置いては明らかに彼は部外者だ。
そう判断した美鈴は、『昨日』に当たる事項を思い浮かべる。そして、思い切り楳木チーフの問い掛けにとぼけた。
まさかこの場で、『告白されて付き合う事になりました』などと言う必要があるとは、欠片も思えなかったのである。
「そ、そう……」
結果的に、話題が違っていても『何でもない』と言われてしまえば、楳木チーフも言及出来ないようだった。
けれども何故か、少し気落ちしたような声音に聞こえた美鈴である。突き放した自覚はあるものの、楳木チーフの反応は理解出来なかった。
──気のせいかな?でもだって、いくら面倒見の良い先輩であっても、恋の悩み相談的な事は出来ないでしょ……。モエちゃんなら聞いてくれそうだけど、今日はお昼一緒じゃないんだよねぇ。
実際、脩一への態度をどうすれば良いのかは分からない状況ではあった。それでも現実問題として、大して困っている訳でもない。
そうしてその後は、当たり障りのない会話で会社の最寄り駅へ到着する事となった。
実際にこうして、楳木チーフと通勤電車が一緒になる日もたまにある。その為美鈴にとっては、普通に『同じ駅で乗り降りする』程度の事だった。
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