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かいこい編──第二章『出会い』──
その13。告白の裏側と動く感情 1
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※ ※ ※ ※ ※
──何でこんなにしつこいんだよっ。もう放っといてくれよ!
脩一は通話を終了させると同時に、溢れる怒りをもてあまして席を立つ。
事務所に戻ってきて早々、母親からの『見合い通知』に爆破しそうだったのだ。
昨年辺りから頻度が増してきたそれは、先月二十七歳の誕生日を迎えた途端、毎週のように言われるようになる。いい加減辟易として電話を取らなくなると、今度は見合いの日時を勝手に決め、メールで送り付けてきたのだ。
そして今まで──まだ業務が終わっていないので──休憩室から母親に抗議の電話をしていたのである。一応社内である為に声音を抑えていたつもりだが、正直自信がないくらいに脩一はヒートアップしてしまっていた。
今でも休憩室の机を蹴り飛ばしたい気持ちを、何とか理性で抑えている状態である。
──今週の土曜に、ホテルのラウンジだと?ふざけるなっ。
脩一の都合などお構いなしに、既に先方との約束だからと聞く耳を持たなかった。
それもこれも半月程着信をまるっと無視していた脩一に非がなくもないが、それにしてもやりすぎである。
──要らないんだよ、女なんて……っ。
入社して間もない頃から、三年間程ストーカー被害にあっていた脩一だ。
勿論学生時代はそれなりに交際した女性がいたものの、全て相手から告白されての交際だったのである。──そして何故か全て、女性側から別れを切り出されていた。
『私の事、本当に好きではないんでしょ?』
『もっと私を大切にしてくれる人が良いの』
『私の好きになった脩一さんは、貴方じゃなかった』
これと同じ様なパターンの言葉で、別れを一方的に告げられる。かといって脩一としては、交際相手を無下に扱ったつもりは一度もなかった。──それなのに、ことごとく結果は同じである。
そんな事が続き、いつしか脩一は誰とも交際をしなくなった。それは社会人となってからも変わらずで、更には自分が付きまといの被害者になるという結末である。『社内恋愛はしない』と公言していても、全てが回避出来るものではなかった。
──くそっ。
頭の中から溢れ出しそうな嫌な記憶に、思わず舌打ちをしそうになる。
しかしながら時間外の休憩室とはいえ、誰も来ない訳ではないのだ。営業担当としての体裁を保たなくてはならないし、弱味を握られる訳にはいかない。
脩一は電気の消えた食堂──休憩室と隣接している──を振り返り、そして何気に上の階へ足を向ける。単にじっとしていられなかっただけだが、そのまま誰もいない薄暗い階段をゆっくり上っていった。
──電気が付いている……って、女性更衣室?
女性用の更衣室がある事は知っていたが、当然の事ながら脩一は来た事がない。
社内女性と距離を置きたかったし、ストーカー被害故の、女性恐怖症的な部分があったからだ。
まさか休憩室の上階にあったとは思わなかったが、この状況を他者が見たら明らかに脩一は分が悪い。
男性社員が立ち入ってはならないであろう場所に、この時間一人で何をしていたのかと追及されては何も立証出来ないからだ。
『はぁ……。もう着替えよう。考えるの、疲れちゃった』
慌てて背を向けたところで聞こえた、一人の女性の声。何故かすぐさま脩一の脳裏に、先程階下でぶつかった瞳の大きな女性が思い浮かぶ。
名前ははっきりと記憶していないが、営業一課の受注担当に、この春から異動してきた社員である事は分かっていた。
脩一としては『女性全て』が警戒対象なのだが、特別警戒するのは新たに自分の周囲に現れた存在である。自意識高いと思われるだろうが、その裏には『恐怖心』があるのだ。
──そう言えばあの子……。
記憶を手繰れば、珍しい無感情な顔が脳裏に映し出される。あれは脩一を目の前にしても、『女』をアピールしてこない女性の瞳だった。
年が少し離れているかもしれないが、成人はしている筈である。基本的に営業部署は飲酒の機会が多い為、下戸はいれども未成年は配属されないのだ。
そこまで考え、脩一はすぐさま事務所へ戻る。手早く机を片付けると、二課の宮城野課長に帰社する事を告げた。
営業担当は帰社時間が決まっていないので、必ず事務所にいなくてはならない決まりはない。連絡が取れれば問題ない為、携帯電話が繋がれば比較的自由だ。──勿論、日ごとの営業日報を提出する義務はあるが。
──まだ帰ってないよな?
僅かな不安はあれども、脩一は一階の階段下で待つ事にした。そして壁に背を付け、どう切り出そうか思考を巡らせる。
彼女がどのような反応を示すか、不安と同時に興味があった。──自分を知らない女性、自分に好意を向けてこない女性である。
勿論異性から嫌われたい訳ではないし、可能ならばきちんと恋愛して結婚したいと脩一は考えていた。ただ今はまだ心の傷が癒えるのを待っているだけだと、自分自身に言い訳をしているのである。
──今日は週中……、まだ水曜日。だけどもう、土曜まで三日もない。
悶々と、嫌な考えが頭を回った。
『付き合ってほしい』などと、初めて告白する脩一である。しかも、微妙に──というか、明らかに動機が不純だ。
親からの見合い避けに、彼女になってくれと告げるのである。
真実を話すべきか。彼女ならそれでも引き受けてくれるのではないか、という希望的な憶測が浮かんでは消えた。──けれども脩一にとって一番怖いのは、『あの子がストーカーになる事』である。
会社と警察と弁護士を通し、何とかあのストーカーと物理的距離が離れた。
それから六年弱。未だに脩一の心は癒えていない。
──き、来たっ。
階上から、小さな足音が降りてきた。
暴れる心臓を必死に抑え、営業担当『牧田』を作る。そうして自分を装わなければ、女性と面と向かって接する事が出来なくなっていたのだ。
──何でこんなにしつこいんだよっ。もう放っといてくれよ!
脩一は通話を終了させると同時に、溢れる怒りをもてあまして席を立つ。
事務所に戻ってきて早々、母親からの『見合い通知』に爆破しそうだったのだ。
昨年辺りから頻度が増してきたそれは、先月二十七歳の誕生日を迎えた途端、毎週のように言われるようになる。いい加減辟易として電話を取らなくなると、今度は見合いの日時を勝手に決め、メールで送り付けてきたのだ。
そして今まで──まだ業務が終わっていないので──休憩室から母親に抗議の電話をしていたのである。一応社内である為に声音を抑えていたつもりだが、正直自信がないくらいに脩一はヒートアップしてしまっていた。
今でも休憩室の机を蹴り飛ばしたい気持ちを、何とか理性で抑えている状態である。
──今週の土曜に、ホテルのラウンジだと?ふざけるなっ。
脩一の都合などお構いなしに、既に先方との約束だからと聞く耳を持たなかった。
それもこれも半月程着信をまるっと無視していた脩一に非がなくもないが、それにしてもやりすぎである。
──要らないんだよ、女なんて……っ。
入社して間もない頃から、三年間程ストーカー被害にあっていた脩一だ。
勿論学生時代はそれなりに交際した女性がいたものの、全て相手から告白されての交際だったのである。──そして何故か全て、女性側から別れを切り出されていた。
『私の事、本当に好きではないんでしょ?』
『もっと私を大切にしてくれる人が良いの』
『私の好きになった脩一さんは、貴方じゃなかった』
これと同じ様なパターンの言葉で、別れを一方的に告げられる。かといって脩一としては、交際相手を無下に扱ったつもりは一度もなかった。──それなのに、ことごとく結果は同じである。
そんな事が続き、いつしか脩一は誰とも交際をしなくなった。それは社会人となってからも変わらずで、更には自分が付きまといの被害者になるという結末である。『社内恋愛はしない』と公言していても、全てが回避出来るものではなかった。
──くそっ。
頭の中から溢れ出しそうな嫌な記憶に、思わず舌打ちをしそうになる。
しかしながら時間外の休憩室とはいえ、誰も来ない訳ではないのだ。営業担当としての体裁を保たなくてはならないし、弱味を握られる訳にはいかない。
脩一は電気の消えた食堂──休憩室と隣接している──を振り返り、そして何気に上の階へ足を向ける。単にじっとしていられなかっただけだが、そのまま誰もいない薄暗い階段をゆっくり上っていった。
──電気が付いている……って、女性更衣室?
女性用の更衣室がある事は知っていたが、当然の事ながら脩一は来た事がない。
社内女性と距離を置きたかったし、ストーカー被害故の、女性恐怖症的な部分があったからだ。
まさか休憩室の上階にあったとは思わなかったが、この状況を他者が見たら明らかに脩一は分が悪い。
男性社員が立ち入ってはならないであろう場所に、この時間一人で何をしていたのかと追及されては何も立証出来ないからだ。
『はぁ……。もう着替えよう。考えるの、疲れちゃった』
慌てて背を向けたところで聞こえた、一人の女性の声。何故かすぐさま脩一の脳裏に、先程階下でぶつかった瞳の大きな女性が思い浮かぶ。
名前ははっきりと記憶していないが、営業一課の受注担当に、この春から異動してきた社員である事は分かっていた。
脩一としては『女性全て』が警戒対象なのだが、特別警戒するのは新たに自分の周囲に現れた存在である。自意識高いと思われるだろうが、その裏には『恐怖心』があるのだ。
──そう言えばあの子……。
記憶を手繰れば、珍しい無感情な顔が脳裏に映し出される。あれは脩一を目の前にしても、『女』をアピールしてこない女性の瞳だった。
年が少し離れているかもしれないが、成人はしている筈である。基本的に営業部署は飲酒の機会が多い為、下戸はいれども未成年は配属されないのだ。
そこまで考え、脩一はすぐさま事務所へ戻る。手早く机を片付けると、二課の宮城野課長に帰社する事を告げた。
営業担当は帰社時間が決まっていないので、必ず事務所にいなくてはならない決まりはない。連絡が取れれば問題ない為、携帯電話が繋がれば比較的自由だ。──勿論、日ごとの営業日報を提出する義務はあるが。
──まだ帰ってないよな?
僅かな不安はあれども、脩一は一階の階段下で待つ事にした。そして壁に背を付け、どう切り出そうか思考を巡らせる。
彼女がどのような反応を示すか、不安と同時に興味があった。──自分を知らない女性、自分に好意を向けてこない女性である。
勿論異性から嫌われたい訳ではないし、可能ならばきちんと恋愛して結婚したいと脩一は考えていた。ただ今はまだ心の傷が癒えるのを待っているだけだと、自分自身に言い訳をしているのである。
──今日は週中……、まだ水曜日。だけどもう、土曜まで三日もない。
悶々と、嫌な考えが頭を回った。
『付き合ってほしい』などと、初めて告白する脩一である。しかも、微妙に──というか、明らかに動機が不純だ。
親からの見合い避けに、彼女になってくれと告げるのである。
真実を話すべきか。彼女ならそれでも引き受けてくれるのではないか、という希望的な憶測が浮かんでは消えた。──けれども脩一にとって一番怖いのは、『あの子がストーカーになる事』である。
会社と警察と弁護士を通し、何とかあのストーカーと物理的距離が離れた。
それから六年弱。未だに脩一の心は癒えていない。
──き、来たっ。
階上から、小さな足音が降りてきた。
暴れる心臓を必死に抑え、営業担当『牧田』を作る。そうして自分を装わなければ、女性と面と向かって接する事が出来なくなっていたのだ。
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