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かいこい編──第一章『馬鹿じゃないの。興味がないだけ』──
その8。一日に何件かはあるもの 2
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個人を特定出来ない美鈴が良く使う技で、一人に向けて名前を呼んでしまうと明らかな間違いになるが、大勢に向けて呼べば対象の人物だけが大きく反応してくれるという手法である。もしくはその場にいなければ、『捜しているのだ』アピールと思ってくれて居場所を教えてくれたりするのだ。
営業一課に来て名前の分からない営業担当には、客名から担当者の当たりをつけ、遠めから名前を呼ぶという事をしていた美鈴である。彼女にとって、これはかなり『使える』技だった。
「そっか。でも、困ったら言ってね」
「はい、ありがとうございます、楳木さん」
──もう優しいんだからぁ、楳木チーフっ。
美鈴の中では、彼女がいると聞いている──決して本人からではない──楳木チーフは、男性として認識しなくて良いと判断されている。つまりは『男』ではなく、『同じ一課の仲間』としての区分だ。
そもそもが異性であっても美鈴に思うところはないのだが、相手が対異性としての反応をしてくるのが気持ち悪い。美鈴としては『人対人』でありたいのだが、世間一般ではそうではないらしいのだ。
そんな理由から、幾ら優しくしてもらっても──仮にそこに『下心』があったとしても──美鈴には気付かれない。彼女に過去、付き合った異性がいないのはここに原因があった。
常に顔と名前を──しかも『姓』を──覚える事に必死で、根本的に人の心の機微に疎いのである。非常に、だ。──本人は困っていないどころか、気にしてもいないが。
「ところであの……」
「ありがとうございます、Albaでございます。……はい、御注文ですね」
そうして電話がなった為、自然と楳木チーフとの会話は途切れた。
何かを言い掛けた楳木チーフが若干眉尻を下げたが、今は業務中である。
──ん?今、楳木さん、何か言いかけてなかった?
チラリとそんな思考が美鈴の脳内に横切りつつも、顧客の注文を復唱する頃にはそんな記憶は霞と消える。
実のある話をしていなかったと認識しているからだ。
「では、明日の午前便で配達させて頂きます。担当、柊木が承りました。ありがとうございました」
そう告げて通話を終え、受話器を置いた。そして美鈴はFAXの確認をする為、席を立つ。
各課の複合機は営業一課エリアの中央、営業担当と受注担当の間に置かれていた。そして現在、取り出し口に数枚の用紙が排出されていて、その内の注文書は二枚だけである。
残りは総務部から課長宛の書類だった為、受注管理課へ注文書を持っていきがてら、課長の机にFAXを置いた。
昔ながらの方式で注文書をFAXしてくる顧客は、今ではだいぶ少ない。専用FAX用紙で専用FAX番号に送信してくれれば、受注管理課の方で自動読み取り確認をし、出荷指示をしてくれるからだ。
「注文お願いしま~す」
受注管理課の注文書BOXに入れ、誰に言うでもなく声をかけておく。
勿論美鈴が自分で処理してしまっても良いが、特別急ぎでもないので担当業務課に任せるのが一番当たり障りがなくて良かった。
「は~い」
という誰かの返答を背中に受けつつ、自分の席に戻る。基本的に受注担当の仕事は電話を取る事にあるからだ。
そして何本かの電話を応対していると、昼食後半組が戻ってくる。
「回線、開けま~す」
美鈴は一声掛けてから、昼食時に二回線に絞っていた受信回線を三回線に戻した。
こうして手元で受信回線を調節する事で、少ない人数でもやりくりする事が出来る。
「あ、そうだ。米子さん、キュート様から未着の問い合わせがありました。入荷を御待ちになられるようなので、指示書をいただけますか?」
「あっ、そうだった!ごめん、朝電話するの、忘れてたっ」
──楳木チーフに聞いたから知ってるよっ。ってか、私が怒られたし。
「いいえ。御説明して、納得して頂けましたので。ですが、再手配は私の方でさせていただけませんか?午後便に乗せられない場合、また御電話する約束になっていますので」
「あ、あぁ、本当にごめんね、柊木さん。じゃあこれ、お願い出来るかな」
「はい、分かりました」
ペコペコと頭を下げる米子さんから、美鈴は品切れ連絡表を受け取った。
注文商品の在庫が不足していた場合、商品部物流管理課へリストが排出される。そこで商品管理課と確認を取り合い、次回入荷予定日などを記入し、最終的に運送管理課が受注担当者へ連絡してくれるのだ。
運送管理課が営業部と同じフロアにある為なのだが、ここには物流管理課とのやり取りをする『エアシューター』が設置されている。それは物流倉庫各階──つまりは、各階の物流管理課と繋がっていて、迅速な連絡を可能としていた。
ちなみにカット販売しているが故、商品の残数不足による品切れというものも、時としてある。その際はリストではなく、現品シールが届くのだ。──しかしながら棚卸しをこまめに行っている為、長さ不足での品切れは思ったよりも少ない。
今回はリストでの品切れであった為、入荷待ちとしての処理をするだけで良かった。リストに『入荷待ち』『金曜日午後便』と記し、担当者として美鈴のネーム印を押印する。これで入荷があればそのまま手配してもらえて、何か不都合があれば美鈴へ連絡がくるのだ。──現品シールでの品切れの場合は、新たに注文伝票を書く手間が増える。
「これ、入荷待ちでお願いします」
「分かりました」
運送管理課の今日の品切れ担当へ、リストを持っていって依頼をし、これでとりあえずの処理は終わった。
ようは、それぞれがそれぞれの仕事をこなしていれば何も問題は起きない。──当然の事なのだ。
営業一課に来て名前の分からない営業担当には、客名から担当者の当たりをつけ、遠めから名前を呼ぶという事をしていた美鈴である。彼女にとって、これはかなり『使える』技だった。
「そっか。でも、困ったら言ってね」
「はい、ありがとうございます、楳木さん」
──もう優しいんだからぁ、楳木チーフっ。
美鈴の中では、彼女がいると聞いている──決して本人からではない──楳木チーフは、男性として認識しなくて良いと判断されている。つまりは『男』ではなく、『同じ一課の仲間』としての区分だ。
そもそもが異性であっても美鈴に思うところはないのだが、相手が対異性としての反応をしてくるのが気持ち悪い。美鈴としては『人対人』でありたいのだが、世間一般ではそうではないらしいのだ。
そんな理由から、幾ら優しくしてもらっても──仮にそこに『下心』があったとしても──美鈴には気付かれない。彼女に過去、付き合った異性がいないのはここに原因があった。
常に顔と名前を──しかも『姓』を──覚える事に必死で、根本的に人の心の機微に疎いのである。非常に、だ。──本人は困っていないどころか、気にしてもいないが。
「ところであの……」
「ありがとうございます、Albaでございます。……はい、御注文ですね」
そうして電話がなった為、自然と楳木チーフとの会話は途切れた。
何かを言い掛けた楳木チーフが若干眉尻を下げたが、今は業務中である。
──ん?今、楳木さん、何か言いかけてなかった?
チラリとそんな思考が美鈴の脳内に横切りつつも、顧客の注文を復唱する頃にはそんな記憶は霞と消える。
実のある話をしていなかったと認識しているからだ。
「では、明日の午前便で配達させて頂きます。担当、柊木が承りました。ありがとうございました」
そう告げて通話を終え、受話器を置いた。そして美鈴はFAXの確認をする為、席を立つ。
各課の複合機は営業一課エリアの中央、営業担当と受注担当の間に置かれていた。そして現在、取り出し口に数枚の用紙が排出されていて、その内の注文書は二枚だけである。
残りは総務部から課長宛の書類だった為、受注管理課へ注文書を持っていきがてら、課長の机にFAXを置いた。
昔ながらの方式で注文書をFAXしてくる顧客は、今ではだいぶ少ない。専用FAX用紙で専用FAX番号に送信してくれれば、受注管理課の方で自動読み取り確認をし、出荷指示をしてくれるからだ。
「注文お願いしま~す」
受注管理課の注文書BOXに入れ、誰に言うでもなく声をかけておく。
勿論美鈴が自分で処理してしまっても良いが、特別急ぎでもないので担当業務課に任せるのが一番当たり障りがなくて良かった。
「は~い」
という誰かの返答を背中に受けつつ、自分の席に戻る。基本的に受注担当の仕事は電話を取る事にあるからだ。
そして何本かの電話を応対していると、昼食後半組が戻ってくる。
「回線、開けま~す」
美鈴は一声掛けてから、昼食時に二回線に絞っていた受信回線を三回線に戻した。
こうして手元で受信回線を調節する事で、少ない人数でもやりくりする事が出来る。
「あ、そうだ。米子さん、キュート様から未着の問い合わせがありました。入荷を御待ちになられるようなので、指示書をいただけますか?」
「あっ、そうだった!ごめん、朝電話するの、忘れてたっ」
──楳木チーフに聞いたから知ってるよっ。ってか、私が怒られたし。
「いいえ。御説明して、納得して頂けましたので。ですが、再手配は私の方でさせていただけませんか?午後便に乗せられない場合、また御電話する約束になっていますので」
「あ、あぁ、本当にごめんね、柊木さん。じゃあこれ、お願い出来るかな」
「はい、分かりました」
ペコペコと頭を下げる米子さんから、美鈴は品切れ連絡表を受け取った。
注文商品の在庫が不足していた場合、商品部物流管理課へリストが排出される。そこで商品管理課と確認を取り合い、次回入荷予定日などを記入し、最終的に運送管理課が受注担当者へ連絡してくれるのだ。
運送管理課が営業部と同じフロアにある為なのだが、ここには物流管理課とのやり取りをする『エアシューター』が設置されている。それは物流倉庫各階──つまりは、各階の物流管理課と繋がっていて、迅速な連絡を可能としていた。
ちなみにカット販売しているが故、商品の残数不足による品切れというものも、時としてある。その際はリストではなく、現品シールが届くのだ。──しかしながら棚卸しをこまめに行っている為、長さ不足での品切れは思ったよりも少ない。
今回はリストでの品切れであった為、入荷待ちとしての処理をするだけで良かった。リストに『入荷待ち』『金曜日午後便』と記し、担当者として美鈴のネーム印を押印する。これで入荷があればそのまま手配してもらえて、何か不都合があれば美鈴へ連絡がくるのだ。──現品シールでの品切れの場合は、新たに注文伝票を書く手間が増える。
「これ、入荷待ちでお願いします」
「分かりました」
運送管理課の今日の品切れ担当へ、リストを持っていって依頼をし、これでとりあえずの処理は終わった。
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