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かいこい編──第一章『馬鹿じゃないの。興味がないだけ』──
その7。一日に何件かはあるもの 1
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状況の拙さに唖然としてしまった美鈴は、受話器の向こう側の怒鳴り声で我に返る。
キャンキャンと電話口で喚かれて鬱陶しくても、当たり前だが無視してはダメなのだ。
「ちょっと、聞いてるのっ?」
「はい、申し訳ございません。キュート様ですね。ただいま御調べ致しましたところ、御問い合わせの品はカーテンの2056ですね?確かに御注文は御伺いしているのですが、生憎とこちらは、現在在庫が不足しておりまして。弊社の方から、御社へ御電話をさせて頂いておりませんでしたでしょうか」
相手が怒り狂っていようが、ないものはないのだ。しかしながら、一度冷静になってもらわなくては話にもならない。
だが、聞く耳を持たない者もいるのだ。
「知らないわよっ!昨日は午後から孫の運動会行ってたから、臨時休業だったの!携帯も電源切ってたし、聞いてないわっ」
──マジでそれうちの責任とちゃうよね~。
「そ、そうですか、御孫さんの運動会ですか……。昨日は天気が良かったですからねぇ」
「そうなのよぉ!それであの子、一年生なんだけどね。駆けっこで一番だったの、一番よっ?小さいから転ばないか心配だったけど、二人も追い抜いて、一番になったのぉ~」
──あ~……、正直どうでも良い。孫自慢が急に始まって、これどうするの?でもとりあえず聞いておくしかないよね。
「そうなんですか。凄いですねぇ」
「でねっ、その後の玉入れもたくさんカゴに入れててねっ。それが決め手になって、孫の白組が優勝したのよっ」
「大活躍でしたね、御孫さん。あ、男の子です?女の子です?」
「男の子よぉ~。あの子、将来絶対イケメンになるわねっ。今でもクラスの女の子に人気なんですもの」
──マジで本当、どうでも良い情報ありがとうございます。
「イケメンですかぁ」
「その後、祝賀会として皆で食事に行ってね?あ、今まで携帯の電源切ったままだったわ?あら、着信が何度も……。あらら、留守電も入ってるわね」
──漸く気付いたか、遅いわ。
「いいえ、こちらこそ御気分を害してしまったようで、申し訳ございませんでした。先程も御伝えしましたが、カーテンの2056はただいま在庫が不足しております。明後日、金曜日に入荷予定となっておりますが、間に合いますでしょうか」
「あぁ、金曜日ね。えぇ、いつ来るか分かればそれで良いの」
「では、そのまま金曜日の入荷を待ちしまして……恐らく午後便で配達可能かと思われますが、何らかの不具合がありましたら、再度御連絡させていただいます」
「えぇ、そうしてちょうだい」
「では担当、柊木が承りました。ありがとうございました」
そうして相手と通話が途絶えた事を確認し、美鈴も通話を終える。
ここで溜め息が出るのも仕方のない事だった。
──ものすっごく疲れた……。
「……大丈夫だった?柊木さん」
パソコン画面の奥──反対側の席から、楳木チーフが苦笑いを浮かべてこちらを伺っていた。
受注担当の島は、四席の事務机を向かい合わせに並べている。美鈴と米子さんが向き合ってカウンター側に肩を向けている形で、それぞれの隣に神田女史と楳木チーフが座っているのだ。
「あ、はい、ありがとうございます。何とか納得していただけましたし、入荷を待たれるとの事でした」
「そっかぁ、良かったね」
「はい、ホッとしました」
楳木チーフからふわりと笑みを向けられ、美鈴もへらっと表情を崩す。
美鈴が営業一課で、神田女史と課長の他で、唯一はっきりと区別出来るのが彼だ。米子さんは微妙である。恐らく、いつもの──スーツ姿でないと分からないのではないかと判断。大概の人の判別がそれである為、米子さんに責任は一切ないのだ。
「昨日米子さんが、連絡取れないって焦ってたからさ。午前中に電話するの、忘れちゃったみたいだね」
──米子、お前かっ。私が怒られちゃったじゃんっ。
「そうなんですか。御客様も、携帯の電源を切ってたって仰ってました」
「はははっ。電源が入ってないんじゃ、持って歩いても意味ないもんね」
「そうですよねぇ」
そんな風に美鈴は、楳木チーフと穏やかな会話を交わす。
相手が誰だか分かっていなくても、美鈴は何となくの話の流れで対話は可能だ。だが名前を呼ぶ事が出来ない為、結局はその場しのぎの表面上の会話しか出来ない。
けれども楳木チーフは顔と名前が一致するし、食堂担当に彼女がいる事も萌枝の情報で知っていた。つまり、安心して話す事が出来る数少ない人物なのである。
「ところで、柊木さん。午前中神田さんに、二課の牧田さん宛の書類を頼まれてなかった?大丈夫?」
僅かに眉尻を下げ、心配そうに楳木チーフが問い掛けてきた。
彼は、美鈴が『顔と名前を覚えるのが苦手』と知らない。けれども『対人関係が苦手』、もしくは『人見知りなのかも知れない』程度には心配してくれていた。
「あ~、ははは……。渡すだけ、って聞いてますし……」
──ちょっと、美鈴!何でそこで、『牧田さんって誰ですか?』って聞かないのよっ。
脳内で自分に突っ込みを入れつつ、苦笑で返す美鈴である。
けれどもいざとなれば、必殺『大勢に向かって名前を呼ぶ』があるのだ。
キャンキャンと電話口で喚かれて鬱陶しくても、当たり前だが無視してはダメなのだ。
「ちょっと、聞いてるのっ?」
「はい、申し訳ございません。キュート様ですね。ただいま御調べ致しましたところ、御問い合わせの品はカーテンの2056ですね?確かに御注文は御伺いしているのですが、生憎とこちらは、現在在庫が不足しておりまして。弊社の方から、御社へ御電話をさせて頂いておりませんでしたでしょうか」
相手が怒り狂っていようが、ないものはないのだ。しかしながら、一度冷静になってもらわなくては話にもならない。
だが、聞く耳を持たない者もいるのだ。
「知らないわよっ!昨日は午後から孫の運動会行ってたから、臨時休業だったの!携帯も電源切ってたし、聞いてないわっ」
──マジでそれうちの責任とちゃうよね~。
「そ、そうですか、御孫さんの運動会ですか……。昨日は天気が良かったですからねぇ」
「そうなのよぉ!それであの子、一年生なんだけどね。駆けっこで一番だったの、一番よっ?小さいから転ばないか心配だったけど、二人も追い抜いて、一番になったのぉ~」
──あ~……、正直どうでも良い。孫自慢が急に始まって、これどうするの?でもとりあえず聞いておくしかないよね。
「そうなんですか。凄いですねぇ」
「でねっ、その後の玉入れもたくさんカゴに入れててねっ。それが決め手になって、孫の白組が優勝したのよっ」
「大活躍でしたね、御孫さん。あ、男の子です?女の子です?」
「男の子よぉ~。あの子、将来絶対イケメンになるわねっ。今でもクラスの女の子に人気なんですもの」
──マジで本当、どうでも良い情報ありがとうございます。
「イケメンですかぁ」
「その後、祝賀会として皆で食事に行ってね?あ、今まで携帯の電源切ったままだったわ?あら、着信が何度も……。あらら、留守電も入ってるわね」
──漸く気付いたか、遅いわ。
「いいえ、こちらこそ御気分を害してしまったようで、申し訳ございませんでした。先程も御伝えしましたが、カーテンの2056はただいま在庫が不足しております。明後日、金曜日に入荷予定となっておりますが、間に合いますでしょうか」
「あぁ、金曜日ね。えぇ、いつ来るか分かればそれで良いの」
「では、そのまま金曜日の入荷を待ちしまして……恐らく午後便で配達可能かと思われますが、何らかの不具合がありましたら、再度御連絡させていただいます」
「えぇ、そうしてちょうだい」
「では担当、柊木が承りました。ありがとうございました」
そうして相手と通話が途絶えた事を確認し、美鈴も通話を終える。
ここで溜め息が出るのも仕方のない事だった。
──ものすっごく疲れた……。
「……大丈夫だった?柊木さん」
パソコン画面の奥──反対側の席から、楳木チーフが苦笑いを浮かべてこちらを伺っていた。
受注担当の島は、四席の事務机を向かい合わせに並べている。美鈴と米子さんが向き合ってカウンター側に肩を向けている形で、それぞれの隣に神田女史と楳木チーフが座っているのだ。
「あ、はい、ありがとうございます。何とか納得していただけましたし、入荷を待たれるとの事でした」
「そっかぁ、良かったね」
「はい、ホッとしました」
楳木チーフからふわりと笑みを向けられ、美鈴もへらっと表情を崩す。
美鈴が営業一課で、神田女史と課長の他で、唯一はっきりと区別出来るのが彼だ。米子さんは微妙である。恐らく、いつもの──スーツ姿でないと分からないのではないかと判断。大概の人の判別がそれである為、米子さんに責任は一切ないのだ。
「昨日米子さんが、連絡取れないって焦ってたからさ。午前中に電話するの、忘れちゃったみたいだね」
──米子、お前かっ。私が怒られちゃったじゃんっ。
「そうなんですか。御客様も、携帯の電源を切ってたって仰ってました」
「はははっ。電源が入ってないんじゃ、持って歩いても意味ないもんね」
「そうですよねぇ」
そんな風に美鈴は、楳木チーフと穏やかな会話を交わす。
相手が誰だか分かっていなくても、美鈴は何となくの話の流れで対話は可能だ。だが名前を呼ぶ事が出来ない為、結局はその場しのぎの表面上の会話しか出来ない。
けれども楳木チーフは顔と名前が一致するし、食堂担当に彼女がいる事も萌枝の情報で知っていた。つまり、安心して話す事が出来る数少ない人物なのである。
「ところで、柊木さん。午前中神田さんに、二課の牧田さん宛の書類を頼まれてなかった?大丈夫?」
僅かに眉尻を下げ、心配そうに楳木チーフが問い掛けてきた。
彼は、美鈴が『顔と名前を覚えるのが苦手』と知らない。けれども『対人関係が苦手』、もしくは『人見知りなのかも知れない』程度には心配してくれていた。
「あ~、ははは……。渡すだけ、って聞いてますし……」
──ちょっと、美鈴!何でそこで、『牧田さんって誰ですか?』って聞かないのよっ。
脳内で自分に突っ込みを入れつつ、苦笑で返す美鈴である。
けれどもいざとなれば、必殺『大勢に向かって名前を呼ぶ』があるのだ。
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