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かいこい編──第一章『馬鹿じゃないの。興味がないだけ』──

その3。仕事内容を簡単に 1

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 美鈴みすずは電話対応をしながらも、即座に品番のメモを取りつつキーボードを叩く。せわしく手間ではあるが、在庫データの確認を同時にこなす為だ。
 壁紙、カーテン、絨毯などを取り扱っているAlbaアルバは、ほとんどの商品を十センチ単位でカット販売している。したがってデータ上の在庫は必ずしも正確な訳ではないが、十分参考になるものだ。
 そして、こういった──名乗りとほぼ同時に品番を告げてくる──顧客は、後で『在庫切れでした』が通じない。『注文を受けた』だろうと、こちらの話を全く受け入れないのだ。
 更には『すぐに持ってこい』と、その一点張りになる。当然無いものは出せず、営業担当に謝って場を取り持ってもらう事になるのだ。

「確認させて頂きます。4512、26メーター。5637、31メーター……」

 内心の愚痴など少しも出す事なく、なるべく自分のペースに持ってこさせる。
 復唱すらさせてくれない顧客もいるが、そこで諦めては出荷ミスに繋がるのだ。客先も困るだろうが、美鈴も困る事になる。
 当然ながら、下げなくて良い頭はなるべく下げたくないのだ。

「では、本日の午後便で配達させて頂きます。担当、柊木ひいらぎうけたまわりました。ありがとうございました」

 何とか確認を終え、静かに通話切断ボタンを押す。この『受話器を置く』のではなく、『ボタンを押す』のは、当然のように『そう』指導されたからだ。
 美鈴的に鬱陶し──窮屈な受注管理課の購買担当から異動出来たのは良かったが、当たり前ながら『女王』は何処にでもいる。
 更に言うなれば、営業課は男性がいた。──しかも女性一割、男性九割である。そうなると、『女王』は追加事項として『女』を全面にアピールしてくるのだ。
 美鈴は根本的に『人』へ関心が薄い。勿論恋愛対象は男性だし、初恋ともいえる経験は済んでいる。──あくまでも本人の自己申告だ。
 しかし、付き合った異性はいない。告白──と呼べるか不明だが、バレンタインでのアプローチは実行した。それも二回。そして共に玉砕している。
 それでも失恋で『涙に濡れる』という程でもなかったし、食が落ちるとかそのような実害もなかった。その辺りは美鈴ゆえなのか、淡白だったからなのだろう。

「……え~、本当ですかぁ?」

 隣の席から酷く媚びた声が聞こえてきた。
 美鈴の所属する営業一課、もう一人の女性である神田かんだめぐみ。今年で七年目になる、ベテラン受注担当ともいえる。

 ──はぁ……。今日も臭い。 

 座席が隣とはいっても、事務机ゆえの距離感はあった。
 座って右側に引き出しがあり、更にはパソコンのサーバーを置く為の小さなラック。それらを合わせて、神田女史との距離はメートル弱である。
 そして美鈴の右側はカウンターとなっており、フロア全体を見渡せる来客用スペースだった。来客スペースに空調がある為、美鈴は風上に位置している。けれども、神田女史はみずからを扇子で扇ぐのが『癖』らしかった。

 ──たいして暑くないじゃん。どうせなら、右手で扇いでくれないかなぁ。うぅ、香水の臭いが……鼻が……。

 さすがの美鈴も、あからさまに鼻を摘まむ事は出来ないので、カウンター側へ必死に顔を向けている。パソコン画面がちょうど右側にある為、遊んでいるようにも見られないのだ。
 そして電話が鳴る。

「おはようございます、Albaアルバでございます。……ありがとうございます、御注文ですね」

 美鈴の心の悲鳴は誰にも届く事がなかった。
 営業課ごとに電話回線が三本。うち、受注担当は四名である。
 以前は急ぎの注文があればすぐさま受注管理課の入力担当へ持っていき、伝票の出荷処理してもらわなければならなかった。そのタイムラグを失くす為、今では直接受注担当が出荷指示を出来るようになったのである。
 つまりは紙で受注内容を記載し、データ入力担当に出荷入力をしてもらうのではなくなった。──しかしながら、全く離席しない訳ではない。少なくなっただけなのだ。
 それぞれの受注担当の手元にはタッチパネル式の液晶ディスプレイがあり、画面に直接品番を専用ペンで手書きで入力する。顧客も片仮名で検索が出来、以前のように入力担当から『この客先ありません』と突き返される事もなくなった。
 元より入力データは片仮名と数字である為、『正確な漢字で記入する』『読み取れない』などの不都合もあまりない。
 手書きメモからの書き写し間違いもなくなり、おおむねこのシステムは良好だった。

 ──眩しいのさえ、なければねぇ。

 出そうになる溜め息を押し殺しながら、美鈴は受注確定ボタンをタッチして、液晶スイッチを切る。
 美鈴は虹彩が人より明るいからか、光を眩しく感じる事が多かった。太陽光は勿論、蛍光灯の光も美鈴の感覚では『眩しい』のである。
 しかし、そうだからといって日常生活では差程不自由はない為、運転時にサングラスが必須な程度でしかなかった。──この部署に来るまでは。
 今では毎日、毎時間。それこそ常に、『眩しさ』と戦っているのだ。電源のオン・オフも、機械の性能限界を試す勢いで使っているくらいである。
 そして、美鈴が困るのはこれだけではなかった。
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