流されて

まひる

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第四章 冬

4の2 終わるとは始まるという事

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R15(念の為)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 事件の後、半月程仕事を休んだ私は。裁判の後からまた連日休んでいる。
 何だか疲れてしまって、自分が良く分からない。心が疲弊している──のかな。

 初めの頃は色々と周囲がうるさかったけど、最近ではそれも落ち着いてきてはいた。
 でもでも、博嗣ひろつぐさんには会えてない。電話やメッセージでのやり取りはしているけど、それだけ。──博嗣さんも忙しいのかな。ずぅぅぅん。
 何もやる気が起きなくて、ベッドでごろごろごろごろ。それでも寝る事が出来なくて、頭が勝手に考え始める。うつうつと、答えの出ない思考。

 裁判の後から。生物学的な父親と、母親。その血族。それら関係の私の知らない人たちが、私の事を色々と口にしていた。
 そんな事言われても。『私』という存在が発生した事に、私は関与出来ない状態だと思う。

 つまりは何?生きて存在している事が迷惑って事?いなくなってほしいって事?

 裁判をした事に、後悔はない。私のだったという事実があっても、犯罪行為を黙認する事は出来ないから。
 あれはもう二度と、社会に出てきてはいけないんだ。
 仮釈放なんていう制度、なくて良い。本当は被害者の事なんて、いっさい考えていないんじゃないかな。あれは被疑者の為のものだよね。

 本当は罪をおかしていない──冤罪えんざいだったらダメだけど、それを言い始めたらそもそもの根本的な次元が違う。
 あぁ、やむを得ない事情の犯罪者もいるだろう。この人がいる限り、自分や家族。大切な人が幸福になれない、とか。──そういう対象者の為の仮釈放か。それでも結局は被疑者の為だね。
 実際にあるだろうね。この国は『私刑』とか『私的制裁』とか、禁止されてるから。
 やり返し、復讐、仇討ちはダメ。
 法治国家だからって理由で、法で裁く事が全て。でも内情では、権力者の揉み消しとか普通にあるって聞く。
 それに今の世の中では、インターネットで個別攻撃とかあるよね。プライベートをさらしたり、集団で攻撃的な書き込みをしたりだとか。
 子供のいじめも、今はそういう陰湿なものになってきているとか聞いたな。

 結局のところ、欲を理性で抑えられない『人間』が全部ダメって事か。──あぁ、うつだなぁ。
 こんな私が、博嗣さんのそばにいたらダメだと思うんだよね。
 でも別れたいとか言うと、物凄い理詰めの説得と泣き落としがくる。もう何か──全てがつらい。
 でも博嗣さんは好き。会いたい、な。

※ ※ ※ ※ ※

杏梨あんりさんのせいではないよ」
「杏梨さんは悪くない」
「杏梨さんじゃないと俺はダメなんだ」
「杏梨さんが好き。愛してる、杏梨さん」

 杏梨さんが精神科医のカウンセリングを受け続けて、そろそろ一年になる。ここのところはだいぶ状態が良くなってきていて、熱帯魚を見ながら笑顔を浮かべるようになってきた。
 店がある街では、何処に行ってもクリスマスミュージックが聞こえる。──そういえば、昨年は杏梨さんとクリスマスデートが出来なかったな。それどころじゃなかったから。

 杏梨さんとは毎日何回も、メッセージや通話をしていた。時折、夜にビデオ通話もして──会えない寂しさを埋めていたんだ。
 けど。日に日に元気がなくなる杏梨さん。俺が心配を見せると空元気で応えてくれたけど、無理をしているのは明らかだった。そして──ある日連絡が取れなくなった。
 俺が会いに行けば、報道関係者にエサを与える事になると分かってたけど。杏梨さんを放っておける筈がないだろう。
 報道関係者を押し退け、預かっていた鍵で彼女の家に入った時。俺は心臓が止まったかと思った。

 寝室で横たわった杏梨さん。濃くなった隈と涙の跡の残る顔。辺りに散らばる睡眠薬。オーバードーズだと、すぐに分かってしまう。──最悪の事が脳裏に浮かび、即座に彼女の胸に耳を落とした。
 弱々しい心音。今にもき消えてしまいそうな──でもまだ、生きていてくれた。
 俺は即座に救急車を呼んだ。父にも電話をする。そして周囲のハエを追い払い、当然のように病院へ同行した。

 処置中の赤いライトが、俺の寿命を削っていくようだった。

 無事に処置を終えた杏梨さん。病室内に一定のリズムを刻む心電計の音。
 医師いわく。早期発見だったらしく、処置が早くおこなえたようだ。──最悪の場合、自発呼吸すら出来なくなる。つまりは、死に至る──と。
 聞いた時。がくりと、足の力が抜けてしまった。すぐに父に支えられたけど、俺の方が正気を失いそうだった。

「博嗣、しっかりしろ。彼女を支えると決めたのだろう?今、腑抜ふぬけてどうする。まだこれからが大変なんだぞっ」

 父にかつを入れられ、俺は自身の甘さを痛感した。──本当に、初めの半月程は大変だったからなぁ。
 寝られないといっては、睡眠薬に頼ろうとする杏梨さんを抱き締めて。一人にしておくと食事も食べないから、俺も一緒にずっとそばにいた。
 店は他の従業員に任せちゃったけど。あれはあれで、杏梨さんを独占出来て凄く幸せだったな。
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