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第三章 秋
3の13 繋がる過去と
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◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そんな博嗣さんの話を聞いて、またぼろぼろと涙が溢れ出る私。
悲しい。苦しい。辛い。──そんな暗くて冷たい感情がわわっと押し寄せてきて。
「ごめんね、杏梨さん。また貴女を泣かせるつもりはなかったのだけど」
「ううっ……博嗣さん、は……汚く、ないもん」
「……ふふ。またそう言ってくれるんだね」
「ううっ……ま、た?」
涙に濡れていると、思ってもみない博嗣さんの反応で。先程の悲痛な表情とは違い、困ったような嬉しそうな笑みが返ってきた。
「そう。あの時俺を助けてくれたのは、杏梨さんだよ。言ったでしょ、杏梨さんに助けられたって。……それに、覚えてない?山で、虫刺されで。薬をくれた男の子の事」
「……あ、確かに。私、家出してたんだけど」
「ふふ、奇遇だったね。俺も当時、家出してたから。あの時杏梨さんに出会わなかったら、今の俺はいない」
「そ、それを言うなら。私も博嗣さんに助けられたんじゃないかなっ」
凄いけど、過去に博嗣さんと私は出会っていた事実が判明。本来ならば擦れ違う事もない、年齢も家庭環境も違う二人なのに。
「そう、かもね。もう運命だね」
「運命?」
「だって。他の女性は俺、怖いから。その後の女性経験ゼロの俺は、杏梨さん以外の女性に触れられると恐怖心しか湧かないんだ」
「あ、の……お見合いのひと、も?」
まだ博嗣さんには、お見合い現場を私が直接見た目と告げてはいなかったけど。
あのゆるふわの茶髪おむね強調型肉食系女子は、未だに私の心に刺さる小さなトゲだった。
「あ~……、週刊誌見たのかな。でも、本当に見合いじゃないから。それと言い訳になるかもだけど、その相手とは一度だけ接触したな。転びそうになったのを支えたんだけど、逆に腕にしがみつかれて。内心、うわって叫んで突き飛ばしそうになった。もう、トラウマなんだろうね。鳥肌が立つんだ。さすがに突き飛ばす訳にはいかないから、思い切り腕を伸ばして身体を遠ざけたな」
「鳥肌……」
「うん、効果覿面。相手がそういった意図を持っていなくても、ね。レジ担当の人からレシート受け取る事も、正直避けたいレベル」
「な、何か大変そう」
「これ、冗談じゃないから。今度見せてあげるよ、嘘じゃない証拠に」
何だか話を聞いて、逆に難儀だなって思う。こんなにもイケメンなのに、女性恐怖症を発症しているだなんて。
あぁ。いつものにっこにこは、自分を守る壁だったのかな?なおさら接客業だから、女性と全く接近しないなんて無理だもんね。
でも、あれ?そういう割に、私とは普通に。最初から距離が近くなかった、かな?
「私、は?」
「ふふ、杏梨さんは大丈夫なんだよね。あの幼い頃の『あんちゃん』が俺の根底にあるからかもだけど、ほら……杏梨さんには普通に触れられる」
疑問点を口から溢して小首を傾げた私に、博嗣さんは柔らかな笑みを浮かべつつも私の頬に手を伸ばした。
これまで何度も博嗣さんから触れられたけど、当然ながら一度も鳥肌なんて見た事ない。
「わ、私が触っても?」
「うん」
そうして顔を近付けてくれたから、右手を伸ばして博嗣さんの頬に触れた。
緩やかに瞳を細める博嗣さん。全然大丈夫と言わんばかりに。そして何故だかその私の手を押さえつつ、掌にチュッと軽く口付けた。
「ふにゃ~!」
「ふふ。ね、杏梨さんには大丈夫なんだ」
妖艶とも言える、艶っぽい甘い微笑みを浮かべる博嗣さん。私はもうその雰囲気に呑まれ、真っ赤になってお口パクパク金魚さん状態で。
この人が女性経験ほぼないなんて、冗談としか思えない色男ぶりだった。
「だから、杏梨さんじゃなきゃダメ。さっきの言葉、取り消して」
「あ、う……」
「それとも。こんな俺じゃ嫌?気持ち悪い?」
「そっ、そんな事ないもん。いくら博嗣さんでもっ。博嗣さんの事を気持ち悪いなんて、言っちゃダメなんだからね!」
「それじゃあ、俺の杏梨さんを想う気持ちが信じられない?」
「ふ、え……?」
私は、博嗣さんの言葉に硬直する。──『想う気持ち』なんて、実際に理解出来ている訳ではないからだ。
私は幼少期から愛されなかった子供で。人が人を愛するなんて事、現実として有り得るのだろうか。利害関係、損得勘定以外に存在するのか。
仮に成立したとしても。それは一時期の気の迷い的な、衝動的なもので。いずれは冷めて──覚めて消える、夢や幻のような不確実なものと考えている。
博嗣さんは──他の女性には触れられない。私なら大丈夫。だから、私?
思考の結果、そんな後ろ向きな思考が浮かび上がる。
「俺は杏梨さんが好き。以前俺は、杏梨さんに対して恋愛感情を抱いていると言ったよね。初めは、俺が嫌悪感を抱かない珍しい女性だと思った。触れられる事も……幼い頃を知っているからそうなのかとも思ったけど、そうじゃなかった」
「う、うん?」
何だろう。超絶真面目なお顔の博嗣さんなんだけど、無茶苦茶距離が近くないかな。今の私は、改めて自分の恋愛観を悟った訳だけど。
背後はベッド、左腕は点滴で。右側から上部にかけて、博嗣さんが占有しているこの状態。──に、逃げ場なし?
そんな博嗣さんの話を聞いて、またぼろぼろと涙が溢れ出る私。
悲しい。苦しい。辛い。──そんな暗くて冷たい感情がわわっと押し寄せてきて。
「ごめんね、杏梨さん。また貴女を泣かせるつもりはなかったのだけど」
「ううっ……博嗣さん、は……汚く、ないもん」
「……ふふ。またそう言ってくれるんだね」
「ううっ……ま、た?」
涙に濡れていると、思ってもみない博嗣さんの反応で。先程の悲痛な表情とは違い、困ったような嬉しそうな笑みが返ってきた。
「そう。あの時俺を助けてくれたのは、杏梨さんだよ。言ったでしょ、杏梨さんに助けられたって。……それに、覚えてない?山で、虫刺されで。薬をくれた男の子の事」
「……あ、確かに。私、家出してたんだけど」
「ふふ、奇遇だったね。俺も当時、家出してたから。あの時杏梨さんに出会わなかったら、今の俺はいない」
「そ、それを言うなら。私も博嗣さんに助けられたんじゃないかなっ」
凄いけど、過去に博嗣さんと私は出会っていた事実が判明。本来ならば擦れ違う事もない、年齢も家庭環境も違う二人なのに。
「そう、かもね。もう運命だね」
「運命?」
「だって。他の女性は俺、怖いから。その後の女性経験ゼロの俺は、杏梨さん以外の女性に触れられると恐怖心しか湧かないんだ」
「あ、の……お見合いのひと、も?」
まだ博嗣さんには、お見合い現場を私が直接見た目と告げてはいなかったけど。
あのゆるふわの茶髪おむね強調型肉食系女子は、未だに私の心に刺さる小さなトゲだった。
「あ~……、週刊誌見たのかな。でも、本当に見合いじゃないから。それと言い訳になるかもだけど、その相手とは一度だけ接触したな。転びそうになったのを支えたんだけど、逆に腕にしがみつかれて。内心、うわって叫んで突き飛ばしそうになった。もう、トラウマなんだろうね。鳥肌が立つんだ。さすがに突き飛ばす訳にはいかないから、思い切り腕を伸ばして身体を遠ざけたな」
「鳥肌……」
「うん、効果覿面。相手がそういった意図を持っていなくても、ね。レジ担当の人からレシート受け取る事も、正直避けたいレベル」
「な、何か大変そう」
「これ、冗談じゃないから。今度見せてあげるよ、嘘じゃない証拠に」
何だか話を聞いて、逆に難儀だなって思う。こんなにもイケメンなのに、女性恐怖症を発症しているだなんて。
あぁ。いつものにっこにこは、自分を守る壁だったのかな?なおさら接客業だから、女性と全く接近しないなんて無理だもんね。
でも、あれ?そういう割に、私とは普通に。最初から距離が近くなかった、かな?
「私、は?」
「ふふ、杏梨さんは大丈夫なんだよね。あの幼い頃の『あんちゃん』が俺の根底にあるからかもだけど、ほら……杏梨さんには普通に触れられる」
疑問点を口から溢して小首を傾げた私に、博嗣さんは柔らかな笑みを浮かべつつも私の頬に手を伸ばした。
これまで何度も博嗣さんから触れられたけど、当然ながら一度も鳥肌なんて見た事ない。
「わ、私が触っても?」
「うん」
そうして顔を近付けてくれたから、右手を伸ばして博嗣さんの頬に触れた。
緩やかに瞳を細める博嗣さん。全然大丈夫と言わんばかりに。そして何故だかその私の手を押さえつつ、掌にチュッと軽く口付けた。
「ふにゃ~!」
「ふふ。ね、杏梨さんには大丈夫なんだ」
妖艶とも言える、艶っぽい甘い微笑みを浮かべる博嗣さん。私はもうその雰囲気に呑まれ、真っ赤になってお口パクパク金魚さん状態で。
この人が女性経験ほぼないなんて、冗談としか思えない色男ぶりだった。
「だから、杏梨さんじゃなきゃダメ。さっきの言葉、取り消して」
「あ、う……」
「それとも。こんな俺じゃ嫌?気持ち悪い?」
「そっ、そんな事ないもん。いくら博嗣さんでもっ。博嗣さんの事を気持ち悪いなんて、言っちゃダメなんだからね!」
「それじゃあ、俺の杏梨さんを想う気持ちが信じられない?」
「ふ、え……?」
私は、博嗣さんの言葉に硬直する。──『想う気持ち』なんて、実際に理解出来ている訳ではないからだ。
私は幼少期から愛されなかった子供で。人が人を愛するなんて事、現実として有り得るのだろうか。利害関係、損得勘定以外に存在するのか。
仮に成立したとしても。それは一時期の気の迷い的な、衝動的なもので。いずれは冷めて──覚めて消える、夢や幻のような不確実なものと考えている。
博嗣さんは──他の女性には触れられない。私なら大丈夫。だから、私?
思考の結果、そんな後ろ向きな思考が浮かび上がる。
「俺は杏梨さんが好き。以前俺は、杏梨さんに対して恋愛感情を抱いていると言ったよね。初めは、俺が嫌悪感を抱かない珍しい女性だと思った。触れられる事も……幼い頃を知っているからそうなのかとも思ったけど、そうじゃなかった」
「う、うん?」
何だろう。超絶真面目なお顔の博嗣さんなんだけど、無茶苦茶距離が近くないかな。今の私は、改めて自分の恋愛観を悟った訳だけど。
背後はベッド、左腕は点滴で。右側から上部にかけて、博嗣さんが占有しているこの状態。──に、逃げ場なし?
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