流されて

まひる

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第三章 秋

3の12 杏梨と博嗣

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R15(念の為)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 気付いたら、白い天井が見えた。──あぁ、私は生きている。
 ぱちぱちとまばたきをして、自分の生存確認。カーテン越しに光が見えるから、日中ではあるのだろう。
 そうやって視線だけで周囲を確認していると、ムクリと右隣が盛り上がった。

「あ」
「……杏梨あんりさん。気が付いて良かった」

 それは博嗣ひろつぐさんで。若干くたびれているようだけど、イケメンは顔色が悪くてもイケメンだった。
 静かに私の頬にれ、指先だけでそっと撫でてくれる。

「すぐに医師が来るからね。杏梨さんはそのままでいて?」
「あ、うん……って、博嗣さん。どうして……」
「あ~……、それも後で説明する。ね?」
「う、うん。分かった」

 それだけの短い間しか会話出来なかったけど、とりあえず博嗣さんは現実だ。
 すぐにわらわらと現れた看護師やら医師が、私の周囲を取り囲んで来る。当然のようにそれらに押された博嗣さんは、私の視界から消えてしまった。──残念。

 そうして、私は警察と医師から説明を受ける。ストーカーから誘拐され、救出までに三時間程掛かった事。それで救出されてから意識を失い、今は翌日月曜日の昼であるらしい。
 私の状態は、殴打された事で右側頭部に三針の傷。脳波には異常無し。突き飛ばされた事で、左肘と左膝に裂傷他打撲。強姦はされていなかった為、全治二週間。
 犯人は仮釈放中であった為、今回の犯罪行為によりもう二度と出所する事はないだろうって事。

 そんな説明があって、また何かあれば連絡を下さいと言って帰っていった。
 とりあえず私は、事実を事実として認識する事にする。──思考はついてこないから。

「……杏梨さん?」
「博嗣さん、別れましょう」
「えっ?何でっ?俺が勝手にボディーガードをつけたからっ?」

 状況が状況で個室だった為、病室には博嗣さんと私の二人だけが残された。
 そこで私は博嗣さんに別れを告げる。それを聞いた博嗣さんは、当たり前のように慌てて理由を問いただしてくれるけど。
 これはあの時の私が、脳内にエンドロールが流れている時に思った事。

「違うよ。……私が、犯罪者の子供だから」
「……そんなの関係ない」
「関係ない、事ない。私が、私の……」
「杏梨さんは被害者だ。杏梨さんの母親も被害者だ。犯罪者の子供ではない。……万が一。億が一。仮にそうであっても、杏梨さんは杏梨さんだ。俺は杏梨さん以外の女性と結ばれるのは嫌だ」

 頭部を縫合している為、少しだけベッドの背を起こした状態の私。左腕には点滴があり、物理的に動けない。
 本当は取り乱して暴れてしまいたいくらい、心が悲鳴をあげている。肉体の痛みなんて、全然えられるもの。
 博嗣さんが全てを知ってしまった事が。私の発生源を知られてしまった事が、ショックだった。こんなにも自分が汚いものだと──知ったから。

「だって私はっ」
「杏梨さん。……俺は、杏梨さんに命を救われている」
「…………え?」

 何の話だか、急に博嗣さんがそう告げた。
 驚いて止まった私の。頬を伝う涙をぬぐう、優しい博嗣さんの手つき。

「俺は……十歳の頃。正確に言えば、十一歳になる前。自ら命を断とうとした」
「え……な、で……」
「………………はあぁ。こういうのは決心したと思っていても、いざとなると心が揺らぐものだな。……ふぅ。俺は……当時のお手伝いであった女性に、性的に襲われた」
「っ?」

 あまりの衝撃的告白に、私はそれまで流れていた涙が吹き飛んだ。

※ ※ ※ ※ ※

 当時の俺は、当然ながらまだまだ子供だった。そして四年生が終わり。五年生になる前の春休みに、それは起きた。
 その頃既に百五十センチを越えていた身長だったが、中身はまだまだ子供。両親不在が多い為、家事と育児は住み込みの家政婦がしていた。まだ若い方の年齢層だったと思うが。正直、消したい記憶すぎて──はっきりと人物の詳細は思い出せない。

 塾から帰った俺は、いつものように用意してもらった風呂に入っていた。そうしたら、が入ってきた。当然、真っ裸。
 困惑する俺に、身体を洗ってあげるとかなんとか。子供でも、触られれば反応するもので。まだ精通は迎えていなかったから、最悪な事態だけは防げたか。
 それでも、が終わってにこやかに出ていったそれを見送って──自分がけがされたと分かった。
 母親同然に思っていた存在だったが、まさか噛み付かれるとは。

 その後、俺は家を飛び出した。あれと一緒にはいたくなかったし、何よりも気持ち悪かった。あれも、自分も。
 当てなく歩き回り、最終的に小さな山に入っていった。もうその時には死ぬ事しか考えていなくて、そこらで拾った縄跳びを持っていた。

 適当な場所で、木の枝に縄跳びを引っ掛けて。さあ──ってところで、子供の泣き声が聞こえた。

「いたいぃ~……、かゆいぃ~……あぁあ~ん」

 初めは放っておこうと思ってたんだけど、あまりにも小さい子の声で。
 とうとう気持ちががれてしまって、仕方なく声の聞こえる方へ歩み寄っていった。

 そこにいたのは、小学校に入る前くらいの女の子。蚊や蜂に刺されたようで、あちこち赤く腫れてて。仕方なく一緒に歩いて、近くの薬局に行った。──薬なんて持ってなかったけど、お金だけはあったから。

「お母さんは?」
「おか、さ……あぁあ~ん」
「ま、迷子?」
「ちが、おか、さ、あんのこと、きらい、て……あぁあ~ん」
「あ、あん?え、と。お、お父さんは?」
「おと、さ?いない。あんのおとさ、いない。おかさ、だけなの、に……あぁあ~ん」

 とまぁ、何を聞けどもすぐ泣く感じで。
 何度も何度も慰めている間に。自分も限界がきて、結局一緒に泣いてしまったのだった。──この時、から初めて泣いた自分に驚いた。
 そうか、悲しかったのか。泣きたい程の事、だったのかって。
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