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第三章 秋
3の10 変態炸裂中
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R15(念の為)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
バスで一時間かけて、町営墓地に到着。山肌に沿うように、段々畑風に墓地が存在している。
「はぁ、はぁ……」
斜面の上の方にあるから、まずはお墓到達までに一汗かく。荷物もお水も持ってだから、結構な重労働。はあ。
それで一通り掃除をして、お参り。
今年も来たよ、お母さん。ブラック企業は社内メンバーが代わって、仕事が少し楽になったよ。
あ、彼──恋人が出来たよ。
そんな感じで、とりあえず報告した。まぁ、私の交際情報なんてお母さんは聞きたくないかもだけど。
学校時代も、仕事が忙しいとかで授業参観とか懇談会とか来なかったもんね。その前から、私の友達関係とか興味ないだろうなと思ってた。
そもそも、『ねぇ、お母さん』『忙しいから後で』で終わりの家族の会話だったもん。後でなんて、存在しないって嫌でも知った。
お墓参りが終わって。バス停に行こうと、疲れた身体でてくてくしてたら。
キキッ、バタッ、ドシッ、ガツッ。
道路沿いを普通に歩いていた筈なのに、急に一台の車が横付けされた。
黒いワンボックスの開いた扉から、これ見よがしな覆面の人物が現れ。驚いた私は、そのまま軽々と突き飛ばされる。
肩に担いでいた荷物ごと、道路に横倒しになった私。痛みに顔を歪めながら、相手を見上げようとして。
ガツンと何かが頭に当たって──いや、殴られたのかな。そのまま暗闇に突き落とされたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ピチャピチャと、水の滴る音が聞こえてくる。
ううっ、何だか頭が痛い。あぁ──そういえば、殴られたんだっけ。
あれ、遠くで雷が聞こえるみたい。
ぼんやりとそんな事を思いながら、私は目を開けた。──あぁ、目を開けなければ良かったかも。
それでも私は見てしまった。
私の肘辺りから滲み出る血を、恍惚な表情で舐めている男。
あちこち白髪の混ざった髪。何日も手入れをしていないだろう、無精髭の生えた顔。それは濁った瞳の端を赤らめ、涎を垂らす変態さんだった。
ひっ──。
人間。極限の恐怖には、何の対応も出来ない。それは公園襲撃事件で身をもって知った。
本来ならば声を出せる口も。今時の誰もが持っている携帯も。本当に欠片も役には立たないのだから。
「礼香……礼香……俺の礼香……。あぁ~、礼香は血まで旨いなぁ」
ぞわぞわと鳥肌しか立たない、ざらついたその男の声。
そして私は礼香ではない。
あまりの気持ち悪さに、咄嗟に身体が逃げようとした。──けれども残念ながら、びくりと陸に打ち上げられた魚のように跳ねただけ。
どうやら、荒縄のようなロープで縛られている。手も、足も。身体でさえも。技がある縛り方ではなく、ぐるぐるして固結び。ぐるぐるして固結び、の繰り返し。完全に解く気がないやつ。
「くふふふふふ。びくびくしちゃって、かぁわいぃのぉ~。大丈夫だよぉ、礼香ぁ。俺は礼香の身体のこと、なぁんでも知ってるからねぇ?」
にやにやと気色の悪い笑みを見せる変態。口の閉まりが悪いのか、ずっと涎が垂れている。
しまりがない、といえば。その変態のボディ。運動をせず、食っちゃ寝生活をしてきたのだろう想像がつく。というか。何だか酸っぱい臭いがするんだけど。お風呂にすら何日も入ってないやつ?
あ、この変態。公園襲撃犯人だ。
押し付けてくる身体の熱と臭いが、私の中で繋がった。──最悪。最悪なんだけど。本当、最悪。
口にもロープが回っているから、喋る事も出来ない。
涙で滲む視線を周囲に巡らせるも、薄暗くて埃っぽい事しか分からない。お墓参り後に誘拐されたのなら、まだ日中の筈なのに。
「なぁにぃ?ここが何処だか知りたぁい?ぐふぐふぐふ。ここはねぇ。誰も来ないぃ、廃墟のラブホテルぅ。ほんとぉ、礼香がいきなり四国なんか来るからぁ。俺たちの良い場所を探すのぉ、すこぉしだけ手間取っちゃったぁ」
ぐふぐふ言いながら、楽しそうに嬉しそうに喋る変態。
『俺たち』って、おかしいでしょ。あんただけじゃん。私の意思はそこに入ってないでしょ。
はあぁ──廃墟のラブホテル、か。うん、誰も来なさそうだよね。終わったな、私。
「でも良い場所でしょお?あの時の再現してるみたいでぇ、俺もぅスッゴク興奮するぅ」
肉感のある頬に手を当てて、ぶりぶり身体を震わせる変態。
──あの時?再現?
嫌な感覚に心臓が鳴る。
「礼香とこうしてぇ、誰も来ない場所でぇ。半年も生活してたもんねぇ?」
青ざめた私にお構い無しに、ぶふぶふ楽しそうに思い出話炸裂中の変態。
ダメだ。聞きたくなくとも、縛られた身体では身動き一つ出来ず。お耳も留守に出来ない現状。
私はぼろぼろと溢れる涙を、どうする事も出来ずにいた。
「あれぇ?思い出して嬉しくなっちゃったぁ?礼香がそんなに喜んでくれるならぁ、もぉっと早くこうすれば良かったぁ」
あはあはっと笑う変態。完全に脳みそも変態菌で死滅してる。
ずきずきと痛む頭。じんじんと痛む肘。舐められて一度は止まった出血も、私の流す涙のように溢れ出てくる。
「ねぇ、礼香ぁ。……あの男とヤった?俺の礼香だろ?礼香は俺としかヤっちゃダメなんだ。約束しただろ?忘れちまったのか?あ?」
急にそれまでのとぼけた口調ではなくなった変態。
会話の内容がおかしい。本当に私を──『礼香』だと思っているのか。
初めて知った。肉体の痛みより、心が痛いって事。
そうか。
これは──父親だ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
バスで一時間かけて、町営墓地に到着。山肌に沿うように、段々畑風に墓地が存在している。
「はぁ、はぁ……」
斜面の上の方にあるから、まずはお墓到達までに一汗かく。荷物もお水も持ってだから、結構な重労働。はあ。
それで一通り掃除をして、お参り。
今年も来たよ、お母さん。ブラック企業は社内メンバーが代わって、仕事が少し楽になったよ。
あ、彼──恋人が出来たよ。
そんな感じで、とりあえず報告した。まぁ、私の交際情報なんてお母さんは聞きたくないかもだけど。
学校時代も、仕事が忙しいとかで授業参観とか懇談会とか来なかったもんね。その前から、私の友達関係とか興味ないだろうなと思ってた。
そもそも、『ねぇ、お母さん』『忙しいから後で』で終わりの家族の会話だったもん。後でなんて、存在しないって嫌でも知った。
お墓参りが終わって。バス停に行こうと、疲れた身体でてくてくしてたら。
キキッ、バタッ、ドシッ、ガツッ。
道路沿いを普通に歩いていた筈なのに、急に一台の車が横付けされた。
黒いワンボックスの開いた扉から、これ見よがしな覆面の人物が現れ。驚いた私は、そのまま軽々と突き飛ばされる。
肩に担いでいた荷物ごと、道路に横倒しになった私。痛みに顔を歪めながら、相手を見上げようとして。
ガツンと何かが頭に当たって──いや、殴られたのかな。そのまま暗闇に突き落とされたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ピチャピチャと、水の滴る音が聞こえてくる。
ううっ、何だか頭が痛い。あぁ──そういえば、殴られたんだっけ。
あれ、遠くで雷が聞こえるみたい。
ぼんやりとそんな事を思いながら、私は目を開けた。──あぁ、目を開けなければ良かったかも。
それでも私は見てしまった。
私の肘辺りから滲み出る血を、恍惚な表情で舐めている男。
あちこち白髪の混ざった髪。何日も手入れをしていないだろう、無精髭の生えた顔。それは濁った瞳の端を赤らめ、涎を垂らす変態さんだった。
ひっ──。
人間。極限の恐怖には、何の対応も出来ない。それは公園襲撃事件で身をもって知った。
本来ならば声を出せる口も。今時の誰もが持っている携帯も。本当に欠片も役には立たないのだから。
「礼香……礼香……俺の礼香……。あぁ~、礼香は血まで旨いなぁ」
ぞわぞわと鳥肌しか立たない、ざらついたその男の声。
そして私は礼香ではない。
あまりの気持ち悪さに、咄嗟に身体が逃げようとした。──けれども残念ながら、びくりと陸に打ち上げられた魚のように跳ねただけ。
どうやら、荒縄のようなロープで縛られている。手も、足も。身体でさえも。技がある縛り方ではなく、ぐるぐるして固結び。ぐるぐるして固結び、の繰り返し。完全に解く気がないやつ。
「くふふふふふ。びくびくしちゃって、かぁわいぃのぉ~。大丈夫だよぉ、礼香ぁ。俺は礼香の身体のこと、なぁんでも知ってるからねぇ?」
にやにやと気色の悪い笑みを見せる変態。口の閉まりが悪いのか、ずっと涎が垂れている。
しまりがない、といえば。その変態のボディ。運動をせず、食っちゃ寝生活をしてきたのだろう想像がつく。というか。何だか酸っぱい臭いがするんだけど。お風呂にすら何日も入ってないやつ?
あ、この変態。公園襲撃犯人だ。
押し付けてくる身体の熱と臭いが、私の中で繋がった。──最悪。最悪なんだけど。本当、最悪。
口にもロープが回っているから、喋る事も出来ない。
涙で滲む視線を周囲に巡らせるも、薄暗くて埃っぽい事しか分からない。お墓参り後に誘拐されたのなら、まだ日中の筈なのに。
「なぁにぃ?ここが何処だか知りたぁい?ぐふぐふぐふ。ここはねぇ。誰も来ないぃ、廃墟のラブホテルぅ。ほんとぉ、礼香がいきなり四国なんか来るからぁ。俺たちの良い場所を探すのぉ、すこぉしだけ手間取っちゃったぁ」
ぐふぐふ言いながら、楽しそうに嬉しそうに喋る変態。
『俺たち』って、おかしいでしょ。あんただけじゃん。私の意思はそこに入ってないでしょ。
はあぁ──廃墟のラブホテル、か。うん、誰も来なさそうだよね。終わったな、私。
「でも良い場所でしょお?あの時の再現してるみたいでぇ、俺もぅスッゴク興奮するぅ」
肉感のある頬に手を当てて、ぶりぶり身体を震わせる変態。
──あの時?再現?
嫌な感覚に心臓が鳴る。
「礼香とこうしてぇ、誰も来ない場所でぇ。半年も生活してたもんねぇ?」
青ざめた私にお構い無しに、ぶふぶふ楽しそうに思い出話炸裂中の変態。
ダメだ。聞きたくなくとも、縛られた身体では身動き一つ出来ず。お耳も留守に出来ない現状。
私はぼろぼろと溢れる涙を、どうする事も出来ずにいた。
「あれぇ?思い出して嬉しくなっちゃったぁ?礼香がそんなに喜んでくれるならぁ、もぉっと早くこうすれば良かったぁ」
あはあはっと笑う変態。完全に脳みそも変態菌で死滅してる。
ずきずきと痛む頭。じんじんと痛む肘。舐められて一度は止まった出血も、私の流す涙のように溢れ出てくる。
「ねぇ、礼香ぁ。……あの男とヤった?俺の礼香だろ?礼香は俺としかヤっちゃダメなんだ。約束しただろ?忘れちまったのか?あ?」
急にそれまでのとぼけた口調ではなくなった変態。
会話の内容がおかしい。本当に私を──『礼香』だと思っているのか。
初めて知った。肉体の痛みより、心が痛いって事。
そうか。
これは──父親だ。
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